第1083話 どエルフさんと偽男騎士

【前回のあらすじ】


 男騎士と新女王に合流した女エルフ。

 別行動している女修道士シスターとワンコ教授と合流するべく、知恵を巡らした彼女は、エレベーターの現在位置表示から、女修道士シスター達が一階にいる可能性が高いと導き出した。


 エレベーターは停止しており移動不可能。

 すかさず、ウォーターカッターの魔法で鋼鉄製の扉をこじ開けると、エレベーターの通路を飛翔魔法で下に降りることを女エルフは提案する。


 そんな急展開に、少しひるんだ表情を男騎士は見せた。


「……なかなかの高さだな。モーラさん、飛翔魔法は使えたな?」


「なに言ってるのよ。そんなの魔法使いにとって基礎の基礎よ。聞くまでもないわ」


 そんな折り、新女王が目を覚ます。


 先ほどのデビルほにゃンダムとの戦闘の余韻覚めやらぬ彼女は、まだ恐怖が抜けていないのだろう、とてもすぐに行動出来る様子ではない。見かねた女エルフは、彼女に近寄るとそっとその肩を抱いた。


 迫る銀色のスケルトンの影。

 響くデビルほにゃンダムとキングエルフ達の戦闘音。

 一刻の猶予も女エルフ達にはない。


 すぐに状況を察した男騎士が、自分が先に行くとエレベーターの洞へと近づく。そんな彼の背後に、飛翔魔法をかけてあげると近づいた女エルフだったが――。


「……所で、ティト?」


「どうした、モーラさん」


「あなた、いつからエリィのことをエリザベートじゃなくてエリィって呼んでいたの? 律儀で融通が利かなくて、人に対して馬鹿馬鹿しいくらいに敬意を払う、貴方らしくないけれど?」


 突然、そんなことを言い出したかと思えば、その背中に衝撃魔法をぶつける。

 どうしたことか、男騎士は女エルフに突き飛ばされて、洞の中へと落ちていった。


◇ ◇ ◇ ◇


「お義姉ねえさま!! いったい何を!!」


「いいから、エリィ!! さっさとここから逃げるわよ!! たぶん、あの程度じゃあいつ死なないわ!! その前に、早くここから移動して、コーネリア達と合流しなくっちゃ!!」


「死なないって!! ティトさんは生身の人間なんですよ!? こんな高さから落下して無事な訳ないじゃないですか!! 飛翔魔法だって使えないのに!!」


「まだ分かっていないのねエリィ」


 女エルフが振り返った先には、蹲った新女王が青い顔を浮かべていた。

 そんな彼女に近づいて、その身体を引き起こすと彼女はじっとその瞳を覗き込む。


 この都市潜入作戦の狂気についに当てられてしまったのか。その気持ち、行動の動機を感じ取ることができず、新女王が戦慄したのは無理もなかった。

 けれども、そんな彼女をまた女エルフは温かく包み込む。

 大丈夫よとその肩を撫でる仕草の中に、言葉にできない悲しさを新女王が感じ取った時、ようやくその身体から震えが消えた。


「どういうことなんですかお義姉さま。いったい、どうしてこんなことを」


「答えは簡単よエリィ。さっき、私がその穴に突き落とした男――あれはティトじゃなかったから。ティトは何者かに入れ替わられていたのよ」


「……どうして? 何が証拠でそんなことを言っているんです?」


「証拠は貴方たちの呼び方よ。さっき説明したでしょう?」


 言われて、はっとした顔を新女王は浮かべる。


 確かにそうだ。


 よくよく注意して聞いてみれば、男騎士の新女王の呼び方がいつもと違っていた。女エルフが指摘した通り、男騎士はことさら人を敬ったような呼び方をする。それは自分がリーダーを務めるパーティーのメンバーに対してもだ。


 女エルフはもちろん「モーラさん」。

 女修道士シスターは「コーネリアさん」。

 あきらかに少女然とした見た目のワンコ教授も「ケティさん」と呼ぶ。


 常に相手を「さん」付けで呼び、かつさらに丁寧な言葉使いを徹底する。

 粗暴なように見えて実は人一倍、言葉使いには気をつけている男騎士が、そのような言い間違いをするはずがなかった。


 そこに加えて――。


「エリィは、私が付けた愛称。使っているのは少ないわ。それは、貴方も気がついて 居たはずでしょう、エリザベート?」


「それは。コーネリアさんは、教会の人間ですからそういうのはしっかりしているものだから。けど、その、ティトさんは確かに。あれ、まだ私がパーティーメンバーだと認められていないからだと思っていたんですけど」


「違うのよ。アイツは色んな意味でバカだから、そういうのができないの。年下でも初対面の女性には律儀にさんを付けるし、そう呼んでくれと請われない限り、自分から女性の名前を呼び捨てにしたりなんかしないわ」


 男騎士は勝手に人の愛称を呼ぶような男ではない。


 故に、新女王は女修道士シスターと同じく、律儀に「エリザベートさん。エリザベートどの」と呼ぶのだ。

 あまりにも些細な変化。けれども、男騎士のことをよく知っているからこそ分かる、その細やかな違和感。誰よりも男騎士のことを知っている女エルフだからこそ気がつくことが出来た洞察だった。


 この説明には新女王も言い返すことができない。

 いや、むしろ、そう説明されれば彼女の中で怪しいシーンがいくつも浮かび上がってくる。確かに男騎士の言動に違和感を感じる部分は多々あった。


「コーネリアさんやケティさんの呼び方に、何か妙な感じを覚えたことはありました。そういえば、あれはいつから」


「おそらくだけれどアリスト・F・テレスの所に泊った時からよ。あの時から、ティトの様子は変だった」


「何か心当たりがあるんですねお義姉ねえさま?」


「えぇ。妙だと思ったのよ。アイツ、どんなに忙しい時でも、こっちから誘ったら相手をしてくれるのに、あの日はなんか紳士ぶっちゃって。いつもは、少しだけだぞって言いながら、きがついたら甘えてくるのにどうしたんだろうって。腹が立つわ、嫌になるわ、なんであんなことしたのかしら」


「……お義姉さま?」


 話しているのは昨日の夜のこと。


 新女王を部屋に残して、男騎士の所に女エルフが訪れた時の話だ。

 たしかに、あの時女エルフはけんもほろろに男騎士に誘惑をかわされて、とぼとぼと部屋に戻ってきた。


 あの時から既に、男騎士が入れ替わっていたのだとしたら、筋は通る――。


 だが、その前にいろいろと言いたいことがあった。

 言いたいことが新女王にはあったが、なんか女エルフが止まらなくなっていた。


「ほんとにもう!! もし入れ替わってなかったら、こんなにいろいろ持て余すことなんてなかったのに!! だいたいね、こっちは既に感情的にはできあがっていたのよ!! 身体だってしっかりケアして、回復魔法と支援魔法で体調も底上げして、臨戦状態だったのに!! なのに、こんな肩透かしってあるかしら!!」


「あの、お義姉さま。今、いろいろ大変な状態ですので、そのくらいで」


「しかもあんなふかふかのベッドを使えるなんてそうそうないわよ。宿屋に置いてあったって、下手に壊したり汚したりするといけないから、躊躇するのに……」


「お義姉さま!! お義姉さま!! お願いです正気に戻って!!」


「そもそも何を入れ替わられてるのよあのバカ!! 入れ替わられてもいいけれども、そういうのは私と会ってからにしなさいよ!! ほんと、気が利かないんだから。いっつもこっちから誘ってるけれど、たまにはお前からも来なさいよね。ほんと男としてどうなのよ……」


 暴露される女エルフと男騎士のただれた関係。

 慌てふためいてそれを止めようとする新女王だが、いろんな意味で溜まっているのだろう、暴走特急と化した女エルフを止めるのは難しかった。


 うぅん、今回はもう何の誤解も語弊もなく、流石だなどエルフさん、さすがだ。


「だいたいアイツはいつもそうなのよ。エッチな下着を穿いていっても、そういうのはちょっととか言って恥ずかしがるし。その癖、いざそういうことになったら、じっと興味深そうに」


「ストーップ!! ストップ!! ストップです!! もうやめーっ!!」

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