第1074話 どエルフさんとホログラム

【前回のあらすじ】


 新女王に冒険者になりたての頃の話をする女エルフ。

 敬愛する義姉に慰められて新女王もようやく自信を取り戻した。


 冒険者としての才能の無さに絶望するには、まだ一年もやっていない自分には早いかもしれない……。


「けどまぁ、ジョブチェンジはいいかもしれないわね」


 などと思った矢先に、女エルフの鋭い切り返し。

 大丈夫じゃなかったのかと狼狽える、そしてジョブチェンジを無理だと否定する新女王。そんなどうにも保守的なお嬢様に、しょうがないわねと女エルフはまた一つ、新しい秘密を開示するのだった。


「まぁ、そうね。これも私の話だけれども、冒険者になってから自分でも予想外の才能に気がついたことはあるわ」


「お姉さまもですか?」


「やっぱり私の場合はこれよね。炎魔法」


 今でこそ、バンバン撃ってる火炎魔法。

 女エルフの得意魔法のそれは、実は冒険者になってから習得したものだった。

 村で平穏に暮らすエルフだった彼女には攻撃魔法の心得は無く、冒険者になってあらためて修めたのだ。


 そして、それが今では彼女の得意魔法になっている。


 人間どのような才能が埋もれているか分からない。いざやってみると、自分に思いがけない才能があったりするものである。そんな可能性をどうか潰さないで欲しいと、女エルフは新女王に訴えかける。

 はたして新女王はその言葉を正面から受け取り、これまでにこだわらず新しい自分に挑むことを決心するのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「あ、そうだ。すっかり忘れていました。お義姉ねえさまにアイテムを預かっていたんです」


「あぁ、さっきの話で攻カク○頭隊から預かったって言ってた奴ね」


「ホログラムがどうとか言ってましたけれど。どうします? 受け取りますか? 正直、怪しい気がするんですけれど……」


 少し悩む女エルフ。

 敵から贈られたアイテムをみすみす開くバカはいない。ミミックか、それとも呪いの品か。ちょっと女エルフもそこは考えた。


 ただまぁ、新女王もアイテムを贈られたのを女エルフは聞いている。

 この流れなら新女王はアイテムを使うだろう。怪しいモノではないか確認する意味でも、自分が先んじて使った方がいいかもしれない――。


 パーティーのリーダーとして、新女王の姉貴分として逃げられそうにない。

 女エルフはアイテムを使うことを決心した。


「そうね、ちょっと確認してみようかしら」


「よかった。では、これがそのアイテムなんですけれど」


「ちょっと待って、今どこから出したの」


 全裸状態。

 隠す所などないはずなのに、ひょっこり出てくる攻カク○頭隊からのアイテム。

 不安そうに女エルフが顔を青ざめる前で、照れ照れと新女王が鼻を掻く。


「決まっているじゃないですかそんなの。女の子の大事な所ですよ」


「ちょっとまってそんなところからでたのつかいたくない」


「おだんごにまとめた髪の中ですよ」


「たしかにだいじなところだわ」


 女の命とも言うべき髪の中ならまぁ納得。

 とはいえ、べっちょりと汗にまみれた四角いキューブ状のそれに、大丈夫かこれと不穏な気持ちになるのは仕方なかった。


「しかし、いったい何かしらね。私たちに何をさせたいのかしら」


「そうですね。ちょっと気になりますよね」


 新女王からアイテムを受け取る女エルフ。白いキューブ状になったそれを、彼女はじっと覗き込む。見た目からはさっぱりと使い方は分からない。

 何か魔力を必要とするモノかしら。

 ふと、彼女は魔法道具を使う要領で魔力を流し込んでみる。

 しかしうんともすんとも動かない。


 壊れているのか。そう思い、腰掛けの上に置いたその時――青白い光が、突然照射されたかと思うと、彼女達が座っているベンチの真ん前に映像が映り込んだ。


 映っているのは、紛れもなく新女王に接近してきた女。


『久しぶりだなモーラさん』


「……ムラクモ」


「まぁ、想像はしていましたが」


 暗い部屋、青白く光る家具に囲まれて立っていたのはムラクモ。映像とはいえ、あまりにも早い再会に女エルフが口を噤む。

 いや、それよりも気になったのは呼び方だ。


 どうしてこうも親しげに、ムラクモは自分のことを呼ぶのだろうか。

 この大陸にやって来てから知り合った相手である。過去になにか因縁があった訳でもない。なのにこの親しげな感じは何だ。そして、それに女エルフ自身も、なんの疑いもなく応えているのはどういう理由だ。


 どうにも調子が狂う。

 つい頭を振りそうになるところを、大事な話の途中ということを思いだし、女エルフは顔を振る。とりあえず、罠ではないことは分かった。

 少し腰を据えて見てみるかと、彼女は深くベンチに腰をかけ直した。


『まずは無事でなによりだ。君が無事にみんなをまとめあげてくれていることを嬉しく思う。同時に、こんな形でのやりとりを許して欲しい』


「許すも何もないわよ」


「あの、ずっと気になっていたんですが。もしかしてお義姉ねえさまとムラクモはお知り合いなんですか?」


「知らないわよこんな奴。初めて見るわ」


『この状況では、俺の言うことも信じられないかもしれない。それはそれで構わない。賢い君ならば、情報さえ与えれば正しい選択をしてくれると信じている』


 随分と頼られたものだなと、女エルフが眉を顰めた。

 昼間のイカスミ怪人工場での話もそうだったが、どうしてこうも自分は周りに過度に信頼されるのだろうかと、柄にも無く自己嫌悪に陥る。


 これ以上押しつけられるのか勘弁と思いつつも逃げ出さないのが彼女だ。染みついた苦労人の気質は、意識的に落とそうと思ってもなかなか落とせなかった。


『まずはじめに。知恵の神は危険だ。あれは、君たちを騙している。同様に、破壊神ライダーンもきな臭い。この大陸にはびこっているなにやらよからぬ気配に、十分注意して欲しい』


「……こいつ!?」


「どうしたんです、お義姉さま?」


 ムラクモが口にしたのは、間違いなく女エルフが知っている情報。

 昼にイカスミ怪人工場にて彼女が仕入れてきたものだった。


 口ぶりから、攻カク○頭隊はまだ、この大陸に蔓延している謎の雲については気づいていないらしい。だが、女エルフ達と同じ方向を見ている。

 となると――。


「もしかして、攻カク○頭隊は敵じゃない……?」


 予想もしなかった新しい推測が頭に浮かぶ。

 はたしてその予想は正しいのか。迷う内にも、少佐の話は進むのだった。


『とにかく、どちらの神々も信頼するな。俺とのこのやりとりも一旦忘れてくれて構わない。しばらく様子見を続けて、必要な時期が来ればこちらから連絡を入れる。頼むぞ、人類の未来を守るためだ、耐えてくれ』


「……ムラクモ、貴方はいったい」


『そしてもう一つ。これだけはどうしても言っておきたかった。君たちのことが、いや、君の事が心配でどうしても伝えたかったんだ』


 なに、と、女エルフが聞き返す。

 ホログラム。既に録画された映像を流しているだけに過ぎない。

 そこに会話は成立しない。


 しかし、まるで対話しているかのように、絶妙な間を発生させるとムラクモは、顔に明らかな殺意を浮かべて言い放った。


『君の傍に居る男、ティトを決して信頼するな。アレはすでに、アリスト・F・テレスの手に陥ちている』

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