第1072話 どエルフさんと新女王の道

【前回のあらすじ】


 このおとぼけ作品にしては珍しい、突如はじまった百合展開。

 サウナの中でくんずほれつ――ではないけれど、スタイリッシュかつムーディに時間を過ごす女エルフと新女王。


 女二人、サウナの中というちょっとない展開だが、そこはギャグ小説のヒロインとバイプレーヤー。そつなく画になる状況にまとめるのだった。

 と思ったら。


「……ほんと、すごいですねお義姉さまは。ちゃんとした冒険者だ」


「そりゃねぇ、それでご飯食べていますから」


「私みたいな中途半端な奴じゃない。ほんと、羨ましいな」


「……エリィ?」


 急に弱音を吐き出した新女王。

 昼間、攻カク○頭隊と戦ったのが、想像以上に彼女の精神に堪えていた。女エルフパーティのお荷物という現実を、まざまざと見せつけられた彼女の心は、思った以上に傷ついていたのだ。


 新女王の悲しみに、そっと寄り添うことを選んだ女エルフ。

 義姉妹の絆。冗談のはずが思いがけない本気のサウナ百合。とはいえ、違う意味で湿っぽくて熱い。


 自分の未来について思い悩む新女王の不安を受け止めて、女エルフと物語はしばしシックな流れへと向かって行くのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 昼間の経緯を女エルフに説明した新女王。

 攻カク○頭隊の少佐を前に一矢報いることもできなかったこと。そして、彼女からみすみす情けをかけられるどころか、なぞの助言とアイテムまで授けられたこと。

 それに深く傷ついたことを、新女王は女エルフに素直に話した。


 年長者ではあるが、もっぱら男騎士と一緒に冒険をしてきて後輩らしい後輩を持ったことのない女エルフ。さらに一人っ子。物心つく前に別れた兄こそいるが、姉妹への接し方など分かったものではない。義姉という風に敬ってもらってこそいるが、実際には新女王の方が、その手の経験は多い。


 どういう言葉をかければいいか。ちょっと迷う。

 ただ新女王を気遣う気持ちだけは見失わない。悲嘆に暮れる彼女をこれ以上悲しませないように、女エルフは優しくその背中をなで続けた。


「私、やっぱり冒険者なんて向いていないんです」


「……それを判断するのはまだ早いわ。私たちと冒険し始めて、まだ一年も経っていないじゃない。それくらいじゃ、才能のあるなしなんてはかれないわよ」 


「はかれますよ。結局、この世界は才能じゃないですか。どんなになりたくってもエルフになれないように、私はやっぱり冒険者にはなれないんです」


「……もう、根気がないわね。貴方らしくないわよ。白百合女王国の次の女王が、どうしてそんな弱気なの。貴方は自分の力で、国を取り戻したじゃないの」


「あれはお義姉さまや、妹たちの協力があったからです。私なんて、やっぱり、たいした人間じゃないんです」


 白百合女王国の第一王女である。それこそ、幼い頃から帝王学をたたき込まれ、人の上に立つための教育を受けて来た人間が、どうしてここまで自己評価が低いのか。

 あの苛烈なおババの下で育てばそうなるのか。


 いや違う。

 流石に長く彼女と接している女エルフにはなんとなく分かった。


 元々、新女王はこのような内気で自信のない性格をしていたのだ。

 王家に生まれたことや、家族との関係で、無理して強がっていただけ。そう気がつけば、女エルフは義妹に対してよりいっそう愛しさを抱いた。

 それが姉妹に対する愛情なのかは確証はない。

 ただ、母や愛しい男に対して抱くのとはまた別の、温かい感情に自然とその身体を引き寄せていた。


 肩と肩でふれ合い、ゆっくりとお互いの存在を噛みしめる。

 黙り込んだ新女王に優しく言い聞かせるように、女エルフは語り出した。


「私も、そんなたいしたエルフじゃないわよ。お養母さんのことがなかったら、きっと旅になんて出ず、ずっとあの村で暮らしていた。うぅん、きっと今頃奴隷にされてどこかの娼館で働かされていたかも」


「いや、失礼ですがお義姉ねえ様のその身体で娼婦は」


「だまらっしゃい。ええ話しとるとこじゃろうが」


 女エルフの貧相さで娼婦は無理だった。いくらシリアスファンタジーでエルフがよく陥る展開とは言っても、流石にその貧相さでは需要が無かった。

 奴隷商がノーサンキューを突きつけるツルペタすってんどん。

 もうちょっと、慰めの言葉を選んで欲しい。


 そんな新女王と読者の気持ちを無視して、女エルフは続ける。


「けどね、そんな私でもこうしてなんとか冒険者を続けていられる。自分の意思で、やりたいと思ったことをやれている。うぅん、それを遂げることが出来た」


「それってまさか……」


「うん。お養母さんを助けたいって。私のせいでぺぺロペの呪いによって居なくなってしまったお養母さんを、ずっと探したいと思っていたの。村に引きこもって魔法の勉強しながらも、いつかは旅に出ようと思っていたのよ。けど、いつか、よ。自分からそこに踏み出す勇気は、私にはなかったわ」


 何が言いたいのかと新女王が首をかしげる。

 女エルフの旅のはじまりが、どうしてここで出てくるのか。


 落ち込んでいる、自信を失っているとはいっても、聡明な新女王だ。ふと、彼女の語った話が、その頭の中でとある状況と重なった。

 と言っても、そんなものは一つしかない。


「……お義姉さまも、私と同じで、巻き込まれて冒険者になった?」


「そういうこと」


 女エルフも新女王と同じだ。

 いつかは旅に出ようとは思って居たが、冒険者になる気はなかった。

 それでもこうして、今は立派にパーティーのサブリーダーを務めている。


 後天的に性格を作り替えることは難しい。それはよく分かっている。

 けれど、それでも、努力や巡り合わせによって、今の自分を越えられないことはない。もっと自分を信じろ、そう、女エルフは言いたかったのだ。


「だから、エリィの気持ちもなんとなくわかるわ。最初の一年目は、私だってこんな感じだったもの。それこそ、すぐにお養母さんだってみつけて、冒険者なんてやめてやるって、そんな風に思っていたんだから」


 思えば、長くなっちゃったわねと、頭を掻く女エルフ。

 新女王を励ますためにはじめた話だが、そのため息は本心からくるものだった。旅をはじめた最初の頃、まさかここまで長大な話になるとは彼女も思っていなかった。

 そして――。


「まぁ、どっかのおせっかいが、そういうことなら一緒に冒険するといいって、パーティを組んでくれなかったら、こんなことにはなってなかったけれど」


「ティトさん、ですか?」


「言わせないでよ。まぁ、アイツの善意に甘えているうちにズルズルと……ね。本当は、こんなに真剣に冒険者なんてやる気なんてなかったのよ。けど、そんな私でもなんとかなっているんだから」


 だから大丈夫よ。

 そう言って、女エルフは新女王の肩を抱くと、優しく、けれどもちょっと力強く揺らすのだった。

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