第1071話 どエルフさんとサウナ百合

【前回のあらすじ】


 女エルフ、サウナ、むくつけき男達。

 なにも起きないはずが――ないはずなのになにも起きなかった。


 トラブルの気配を爆発魔法で吹き飛ばす、高火力系ヒロインの女エルフ。流石としか言いようのないお色気回避。ヒロインの面目躍如のおいしい流れをガン無視すると、彼女はさっさとおっさん達を追い出すのだった。


「……いや、エロ漫画の展開やないか。なってもお前、ラッコ鍋とかバーニャとかそういう流れやないかい。やるかそんなもん」


 そんな訳で、広いサウナ室を独り占め。

 お風呂に続いてサウナにもどっぷりと骨を蕩けさせる女エルフ。随分と現代文明に毒されてしまったものである。


 おまけに、なんとか向こうの大陸にお風呂の技術やサウナの技術を持って帰れないかといい出す始末。


 それは貴方、違う現代転生モノよ。

 危うくファンタジーから親近感溢れる温泉物語に変わってしまいそうになる。


 そんな所を、なんとかギリギリ救ったのは、彼女の義妹こと新女王。

 ワンコ教授を部屋に送り届けて、手持ち無沙汰になった彼女は、湯冷めした身体を元に戻すべく、再び大浴場にやって来たのだった。


「この部屋はこの部屋で、またお風呂と違った良さがありますね」


「そうね、なんかこう、ダメなモノが排出されているような感じよね」


 はたして、始まる異世界サウナ百合。新境地をこの二人は開くことができるのか。

 女エルフに新女王。作中屈指の百合キャラが、密室に二人。なにも起きないはずがない――!!


◇ ◇ ◇ ◇


 新女王が入って来てから少しして。

 女エルフとその義妹は、涼しい顔をしてサウナの中で談笑していた。


 心頭滅却すれば火もなんとやら。サウナもなんとやらということだろうか。それとも、女エルフとサシで話せるのが嬉しいのか。普通の人間にもかかわらず、けろりとした顔で新女王は女エルフに話を合わせていた。


「いやぁ、なんかこの大陸に来てからというもの、ずっとこんな感じでだらけきってる気がするわ。所変わればなんとやらだけれど、ダメになっちゃいそう」


「本当ですね。私もなんていうかダルダルですよ。緊張感が抜けちゃう」


「大事な世界を救う旅の途中だっていうのにね。いいのかしら」


「いいですよ。たまにはこうしてちゃんとリフレッシュしないと。ただでさえ、旅に出てからこっち休む間もない強行軍だったんですから」


 そんな会話、昨日もしなかったかしらとほほえみ会う二人。

 驚異が去ったこともあるだろう。すっかりと気の緩んだ義姉妹は、スチームの熱に身を委ねてしばしリラックス。

 柑橘系のアロマを胸に吸い込み鼻歌を鳴らす。


 くんずほぐれついやんばかんではないけれど、これはこれでゆったりとした大人のサービスタイム。


 ちょっと熱が身体にたまってきたのか、脚を椅子の上に上げて横臥するようなポーズをとる女エルフ。対照的に、まだまだ大丈夫という感じに、伸ばした脚に指を這わせて悪戯っぽい表情をする新女王。

 思いがけず、画になるポーズを二人は決めるのだった。


 ただし、水蒸気がもくもくと出る。


 ギリモザならぬギリスチーム。

 温泉回ではお約束。どこからともなく立ちのぼる湯気に隠されて、女エルフ達の裸体はなんとか健全状態を保っているのだった。


 女エルフが肩をならす。なんだかんだで一日中街中を歩き回って身体はくたびれていた。お湯につかっているときは水に吸収されるが、サウナではよく響く。


 その音を聞いてすぐ、心配そうに女エルフに新女王が視線を向けた。


「おつかれですね、お義姉さま」


「うん? まぁね。とは言っても、こんなの一番ひどい時と比べたらだいぶマシよ。コーネリアがパーティに参加する前の話だけれど、三日三晩、寝ずに街の中をかけずり回ったことだってあるわ。あの時は、ほんともう地獄だったわよ」


「そんなことが……」


「依頼主に裏切られてね。その依頼主が街の有力者で、門番抱え込んで街の中から逃げ出せなくされたの。結局、下水道を通って逃げたわ。今はその依頼主、他の冒険者に刺されてこの世に居ないんだけれど、未だにその街だけは私たちも近づけないわ」


 けっこうなエピソードである。

 まぁ、冒険者を長いことやっていれば、そういうハプニングエピソードの一つや二つはあるだろう。そこに加えて、あのお人好しがパーティーリーダーでは、苦労もひとしお。なんとなく、新女王にもそうなった経緯というか、その当時の光景が想像できてしまった。


 笑い話。

 自分の恥を晒して話題にするつもりだった女エルフ。

 人に歴史有りですねなんて新女王が返してくれるのを期待していたが、その思惑はちょっと外れた。女エルフのその話を聞いた新女王は、なんとも言えない表情でその場に膝を抱えてこんでしまった。


 ワンコ教授に次いでパーティーでは元気な新女王。

 そんな彼女の落ち込みに、彼女の姉貴分の女エルフもちょっと気になって見返してしまった。

 心配する視線が注がれる中、気づきながらも新女王は顔を上げない。


「……ほんと、すごいですねお義姉さまは。ちゃんとした冒険者だ」


「そりゃねぇ、それでご飯食べていますから」


「私みたいな中途半端な奴じゃない。ほんと、羨ましいな」


「……エリィ?」


 新女王が卑屈になったのは他でもない、昼の甲カク○頭隊の遭遇が原因である。

 みすみす敵のボスと遭遇しながらも、何もすることができず、あまつさえ情けをかけられる。いや、そもそも今回のミッションにおいて、宿場探しというさほど難易度の高くない仕事を任されたことも、今になっては情けない。


 肉体的な疲れは目に見えて分かるモノだが、精神的な疲れはわかりにくい。

 女エルフはようやく、自分の義妹が見た目以上に疲労していることに気がついた。

 再び大浴場にやって来たのは他でもない。ワンコ教授や女修道士シスターに、自分の弱い所を見せたくなかっただろう。


 女エルフは身体を起こすと、新女王の近くにそっと身を寄せる。

 これだけ暑いサウナの中で小刻みに震えているのに気づいた彼女は、何もいわずその肩にやさしく自分の手を添えた。


 水蒸気とは違う、女エルフのしっかりとした熱を感じ取って、新女王が少しそちらに自分の体重を預ける。


「……ごめんなさいお義姉さま、私、ダメですよねこんなことで」


「いいのよ。冒険者が泣いていけないなんて、そんなの嘘っぱちよ。私だって、駆け出しのころはよく失敗して、そのたびにティトに慰めてもらったもの」


「……嘘です、そんなの」


「本当よ、誰だってそんなものだわ。だから、貴方もそんな思い詰めなくていいのよエリィ。何があったかは知らないけれど、貴方はよくやっている方だわ」


 その背中を優しく女エルフの手が撫でる。

 ついに声を漏らして泣き始めた新女王。しかし、煙濃いサウナルームの中では、煙がそんな彼女の悲痛な表情も隠してしまうのだった。


「……大丈夫よ。今は、ほら、私に甘えておきなさい」


「……お義姉さま。ありがとうございます」


 隙あらば百合ネタを差し込む新女王。どんな時でも、どんなピンチでも、女エルフとの親睦を深める材料にしてしまう彼女が、今日はそういう駆け引きをしない。

 それほどショックなことがあったのだろう。


 これまでの付き合いで、ようやく新女王のことが分かって来た&仲間としての情も湧いてきた女エルフは、彼女の悲しみを年長者らしく黙って受け止めた。


 満を持してのサウナ百合は思った以上に湿っぽく、熱い展開になってしまった。

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