第1064話 どエルフさんと大衆浴場

【前回のあらすじ】


 女エルフ達、ふかふかベッドに陥落する。


 カプセルホテルという特殊な宿屋に困惑する女エルフ達。部屋で雑魚寝をするよりも、狭い棺のような空間で寝起きすることに忌避感を持っていたはずなのに――清潔でふかふかのベッドを見るなり即てのひら返し。

 彼女達は揃ってその寝心地にオーバーキルされてしまうのだった。


 冒険者にとって疲労回復に直結する寝食はもっとも大事な要素。

 本当に些細な環境の変化でも嬉しいモノがある。女エルフ達がベッドに敵うわけがなかったのだ。


 頑張ってみたけれどお布団には勝てなかったよ。


「……スヤァ」


「……スヤァ」


「……スヤァ」


「……ちょっとこれ止まらないんだけれど!! やだやだちょっと、なにやってんのよ!! そんなの人前ですることじゃ――って、うわぁそんな、えっやだ、そんなことしちゃうんだ……」


 とまぁ、他のパーティが順調にカプセルホテルの安眠の罠にはまるなかで、一人だけエロトラップを発動させた女エルフ。備え付けのテレビをつけたら、いきなり有料チャンネルとかよくある話ですよね。


 けど、それに思わず魅入っちゃう辺り、流石だなどエルフさん、さすがだ――。


「……ハッ!! やだ、誰かホントこれ止めてよ!! 変な気分になっちゃう!!」


 そんな感じで、なんやんかんやありつつも、女エルフ達はこの近未来の宿に順応するのだった。


◆ ◆ ◆ ◆


「なんか、思っていたよりマシな宿泊施設ね」


「ですねお義姉さま。あんな狭いスペースなのに、モノさえちゃんと用意すれば快適に過ごせるなんて驚きの発想です」


「だぞだぞ。むしろ寝たままでいろんなことができるから快適なくらいなんだぞ。僕もこんな部屋に住めるものなら住んでみたいんだぞ」


「ただ、神の愛をお教えするには少し狭い部屋ですね。あんなベッドしかない部屋ではすぐに神の愛を挿入することに」


「はい、そこまで。コーネリアそこまで。子供もいるんだから」


 部屋の確認を済ませてロッカールームに荷物を預けた女エルフ達。寝床は十分合格点ということが分かったので、次は身体の汚れを落としに行こうと、誰ともなく大浴場へと向かう運びとなっていた。


 これまた、冒険の中で身体を洗うことができる場面は貴重である。

 二日連続(こちらの世界ではかなりのハイペース)ではあったが、ベッドと同じでこんなのは入れる時に入っておくのが吉。

 女エルフも女修道士も、新女王もノリノリであった。


 唯一、ワンコ教授だけが亜人種の血の性だろうかテンションが低い。


「だぞ。みんなそんなに毎日お風呂に入って疲れないのかだぞ。僕は昨日入ったから、もう十分なんだぞ」


「ダメですよケティさん。ケティさんも女の子なんですから、身体はちゃんと綺麗にしておかないと。いざという時に恥をかくのはケティさんなんですからね」


「コーネリア。子供にそんな艶めかしいこと言わないの」


「まぁまぁお義姉さま。ケティさん、恥かどうかはともかくとして、この先いつ入れなくなるか分からないんですから入っておかないと損ですよ。それに、部屋にケティさんだけ残して、私たちだけ入るのもなんですし」


「……だぞぉ」


 ぺたりと尻尾を垂らしてしょぼくれるワンコ教授。

 冒険者の誰しもがお風呂が好きとは限らない。彼女のようなケースもまた異世界の冒険者としてはよくあるものだった。


 そんなこんなで女エルフ達は、宿の最上階にある大浴場へとたどり着く。

 男女で別れた浴場。その両開きの扉を開けば、宿のエントランスと同じくらいの広い空間。よく分からないつるつるとした材質の床に、木で作られた衣服を納めるための棚。そして、磨りガラスにさらに水蒸気が付着して向こうの見えない扉。


 ちょっと異質ではあるが、女エルフ達が拠点にしている街にもあった大衆浴場とそう構造は変わりない。部屋から持って来たバスタオルと部屋着を籠に置き、するりと着ている衣服を脱ぐと四人はさっさと浴室に向かった。


「やだ、お義姉さまってば、みかけによらず胸が――」


「ダメですよエリィさん。そんなサービス回みたいなことをしようと思っても。ゼロは何をやってもゼロなんですから」


「はい、もう今日はそういうの無し!! 昨日サービス回は済ましているから、今日は粛々とお風呂に入って休むわよ!!」


 せっかくのお風呂シチュエーションも色気のないヒロインでは意味もなし。

 とまぁ、そんなこんなで、さっさとかけ湯をして湯船に浸かる女エルフ。


 宿泊客がそもそも少ないのか、二十人は余裕で入れる浴槽には彼女達以外に入る者はいない。ここぞとばかりに手と脚を伸ばすと、ぷはぁーと気持ちの良い声を女エルフはあげた。


 ガラス張りの窓からは光輝く夜の街の景色が見える。

 山もなければ川もなく、海もなければ大草原もない。どこまでも電気とコンクリートの続くその景色だが、異邦の景色というこもとあってか意外と女エルフは見ていて悪い気はしなかった。

 満天の夜空を見上げてご機嫌に彼女は微笑む。


「昨日の個室風呂もいいけれど、やっぱりお風呂は広くなくっちゃね。うーん、最高じゃない」


「いいですね、これくらいゆったりとした湯船につかるのは。胸がつかえません」


「……いやみかこーねりあ?」


「だぞー、貸し切りなんだぞ!! お風呂もそこまで熱くないんだぞ!!」


「こら、ダメですよケティさん!! そんな湯船で泳いだりしたら!! もうっ、ついさっきまで嫌がっていたくせに、こういうのですぐはしゃぐんだから!!」


 かっぽん。

 お湯につかってリフレッシュ。


 女エルフ達は今日一日の疲れをとろとろとお湯の中に落とした。

 そっとその肩甲骨を撫でながら肩までお湯につかれば、ふあぁぁと気の抜けた声も出る。ほくほくと湯船から昇るお湯で頬を湿らせながら、ふにゃりと女エルフが目元と口元を歪ませる。


 あぁ、いい湯だな。

 もうこのまま冒険や神々の思惑など忘れて、ずっとゆっくりしていたい。

 そう思った時だった。


「あら。なかなか立派な浴場ではございませんこと。ほらほら、朝倉さん見てみなさいな」


「はしゃぎすぎだ南条。ったく、急な視察で疲れてんのによく動けるな」


「久しぶりの姉妹弟子水入らずの旅行ではありませんの。何を遠慮しておりますの」


「えぇい、引っ張るな。やめろ鬱陶しい」


「まぁ、照れていますのね。今日は誰も見ていないのですから、姉弟子に遠慮せず甘えていいんですのよ?」


「甘えんわ!! ったくもう、なに言っているんだよ……」


 脱衣室から入って来たのは、黒髪ロングの断崖絶壁に金髪縦ロールのデカメロン。驚異の格差社会を思わせる女二人組。

 しかしながらなぜだろうか――。


「どうしよう、なんだかとんでもなく他人の気がしない」


「奇遇ですねモーラさん。私も、あの大きなお胸のお方に、なみなみならないシンパシーを感じてしまいます」


 その二人組の関係性というか、立ち位置に女エルフ達は自分に似たモノを二人は感じずにいられないのだった。

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