第1049話 ど少佐とダブルスパイ
【前回のあらすじ】
ダイナモ市の娼館で偶然会敵した新女王とムラクモ少佐。
パーティー内のお荷物の負い目はあるとはいえ、新女王も世界を救わんとする冒険者だ。負けてたまるかと少佐に彼女は剣をつきつけた。
とはいえ相手が悪い。
たった一人で敵地に潜入して、さらに華麗に脱出してみせた女傑を前に、手も足も出ない新女王。あっという間に武器を落とされて無力化されてしまった彼女は、くそうと下唇噛んだ。
そんな彼女を倒すでもなく、侮蔑する訳でもなく、あえて見逃そうとする少佐。
さらには女エルフを守るためのアイテムまで彼女は取り出した。
「それと、もう少し楽な話し方で良い。ここはアリスト・F・テレスはもちろんライダーンも会話内容を聞き取ることが出来ないセーフハウスだ。安心したまえ」
「ムラクモ少佐、貴方はいったい……」
敵か味方か。いったい彼女は何者なのか。そして、その目的はなんなのか。
この章に入ってからというもの、ギャグとエロの怒濤の展開ばかりと思われたが、思いがけずここにシリアスにストーリーが振り切れる。
はたして、この女サイバーソルジャーはどのような波乱を物語に呼び込むのか。
◆ ◆ ◆ ◆
アクセサリーと共に、少佐は紙切れを新女王に差し出す。
パピルスで出来た紙にしてはやけに白い。そして、繊維が残っていない。これもまた、この文明特有のアイテムかと思いながら新女王はそれを受け取る。
しかしながら、書いてある文字自体はありきたり。急いでペンを走らせたもので、所々インクが切れている所があった。
訝しみながらもそれを受け取れば、書いてあるのは何やら住所らしい。
いったいなんなのかと紙から視線を少佐に向ければ、相変わらず彼女は憮然とした顔と視線を新女王に向けた。
「宿屋についてはこの住所に行くといい。分からなければ、辻に立っている青い服を着たELFに尋ねてみろ。親切に教えてくれるはずだ」
「なっ!! どうして私たちが宿を探していることまで!!」
「冒険者なのだろう。街に入れば宿を探して拠点にするのは当たり前だ。まぁ、それくらいは偽物でもそうすることだろう」
癪に障る言い方だと新女王が睨む。
それを涼しい顔で躱して少佐は彼女に背中を向ける。もう用は済んだという感じに彼女は店の奥の部屋へと手をかけた。
待ちなさい、そう叫んだ新女王だが、彼女の方を少佐は振り返りもしなかった。
「どういうつもりです!! 私たちに情けをかけて!! これで何か大切な局面で私たちが貴方に遠慮するとでも思ったんですか!!」
「……いや、そんなことは思っていないさ」
「だったらなぜ!! 貴方が私たちにこのように肩入れする必要はないはずです!! 私たちはそもそも、相容れない存在――人類の未来を賭けて反目している相手のはず!! なのに、なんで貴方はこのようなことをするんです!!」
沈黙する少佐。
答えずに部屋の奥に消えようとした彼女に、逃げるなと新女王が怒気の籠もった声を浴びせかけた。少し思う所があるような感じに肩を落とし、ようやく彼女は振り返ると新女王にどこか生ぬるい視線を向けた。
なんというかそれは、敵対する相手を見るような視線とは違う、どちらかといえば出来の悪い妹を見るような視線だった。
「なぜこんなことをするのか、か」
「そうです!! ティトさんもいない、お義姉さまもいない、今この場で貴方は私とケティさんを倒そうと思えば倒せる状況のはずです!! なのに、なぜそうしないんですか!? それどころか、こんな助けるようなことをして――」
「……分かっているじゃないか」
「助けるつもりですか、私たちを!! 随分と余裕ですね!! 知恵の神にも破壊神にも敵対しておきながら、どうしてそんな敵に塩を送るようなことを!!」
「ひとつ、大きな勘違いをしているようなので訂正しておく。私は君たちを敵だとは思っていない」
気炎を上げてまくし立てていた新女王が思わず口ごもる。
敵だと思っていないとはどういうことだ。
今さっき、まさに彼女達を強襲したのは彼女ではなかったのか。熱帯密林都市に単身で乗り込み、破壊工作を行い、甚大な被害を与えたのは記憶にも新しい。
あれだけのことをしでかしておいて、敵ではないだなんてどの口が言えるのか。
ふざけたことを言うなと新女王が再び食ってかかろうとする。
しかし、彼女が脚を踏み出すより早く、射すくめるような少佐の瞳が彼女の方を向いていた。紅色、血のように赤い瞳に睨まれて、あっと新女王はまた黙り込んだ。
「はっきり言おう。私は君たちのことを仲間だと思っている」
「……仲間? いったい、何を言っているんです?」
「確かに、我々は知恵の神と表立って敵対している。そして、君たちは知恵の神に雇われたエージェントだ。これから、三つの都市に潜入して彼らの野望の走狗となることだろう。私としても、それはなんとかして止めたいとは思っている」
「だったら、なんでそんな戯言を」
「しかし、我々が敵対しているのはあくまで知恵の神だ。彼らに操られている君たちではない。冷静になって話し合えば、君たちと我々は協調路線を取ることができると私は考えている」
冷静になど考えられるモノか。
どう考えても、こちらをバカにしているような物言いに、ついに新女王が咆哮を上げた。用心のためだろうか、入り口近くの壁に立てかけてあった刃を殺した両手剣を手に取ると、彼女は絶叫と共に斬りかかる。
上段唐竹割り。
彼女が所属している冒険者パーティー。そのリーダーが最も得意とする必殺の太刀。それを彼女は見よう見まねで目の前の女戦士に向かって放っていた。
破れかぶれの状況で出たそれはしかし、先ほどのレイピアの一撃と比べるまでもなく。荒っぽく、繊細さもなければ勢いだけ、おおよそ彼女たちのリーダーが繰り出す必殺技とはほど遠い荒々しい一撃だった。
避ける価値もないとばかりにそれを額で受け止める少佐。
鋼のボディを、十分に重さがのっていない剣の刀身は引き裂けない。
情けない衝撃音と共に跳ね返ったそれに振り回されて新女王は尻餅をついた。
はっと我に返った新女王が構え直したがもう遅い。
「分かっただろう。君には剣の才覚がない。誰もそれを君に遠慮して言ってこなかったが、この際だはっきりといおう。今のままでは、君はあのパーティの中に置いて戦闘で何もできないだろう」
「……そんな、そんなことって」
倒れた新女王を見下ろして、少佐がどこか物悲しい表情をする。
自分の実力不足に打ちひしがれる少女に、彼女は哀れみの視線だけを与えなかった。どこからともなく、彼女はまた謎のアクセサリーを取り出すと、今度はそれを震える新女王に手渡した。
アクセサリーを握り込まされる新女王。
悲しみにくれながらも、少佐を睨みつけて精一杯の虚勢を張る。そんな彼女に微笑んで、少佐は優しい声音で告げた――。
「先ほど言ったように私は味方だ。いずれ、君たちとは手を取り合って共に戦うことになるだろう。そして、その言葉を信じてくれるなら、このアクセサリーをどうか使って欲しい」
「……使うって」
「これは小型のホログラム投影機。中には、今の貴方に必要な映像が入っている。どうかこれを役立てて欲しい。おそらく、パーティの中で一番力を持っていないエリザベートどのこそが、このミッションを完遂するための鍵になっているはずだから」
そう言い残すと、少佐は再び立ち上がる。
そしてそのまま二度と新女王の前に戻ることはなかった。
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