第1009話 どエルフさんとムラクモ少佐

【前回のあらすじ】


 いざ旅立たん世界を救う冒険へ。

 試練を終えた男騎士達が熱帯密林都市ア・マゾ・ンから出撃しようとしたその時、都市にアラートが鳴り響く。


 襲撃。

 動揺と緊張が都市を駆け巡る。

 女エルフたちのいたフロアの壁が爆発と共に崩れる。

 かと思えばそこに現われる人影。


 都市に侵入してきたのは、レザースーツの女戦士。

 男ダークエルフ曰く『攻カク○頭隊』とやらに所属するその謎の女は、男騎士をも圧倒する身体能力であっという間に女エルフを拘束してしまった。


 行動不能の男騎士達。かろうじて意識はあるが、羽交い締めにされてなにもできない女エルフ。そんな彼女を人質に取って、謎の女は男騎士達にこの件から手をひくように要求するのだった。


 はたして彼女の目的は。

 そして、その正体は――。


◇ ◇ ◇ ◇


「でたらめを言うのはやめてください。ティトさんたち人類を滅ぼそうと、破壊神ライダーンは画策している。この戦いに敗れたら、今の人類に未来はありません」


「その正しさを、いったい誰が担保する。どの事象が裏付ける。限られた状況下で、一部の人間が言う正しさに振り回されることの愚かさなど、彼らも当然知っている。そうだろうモーラさん」


 そう問いかけられてはっとした顔をする女エルフ。

 自分の名前を謎の女が知っているという違和感さえも頭からかき消して、その言葉は女エルフの頭の中を駆け巡った。


 言われるまで疑問にも思わなかった。

 男騎士が彼らに与すると決めた瞬間、女エルフはそこで納得をしてしまった。

 男ダークエルフ達に少なからず敵対心を持ちながらも、それでも、自分たちを良いように利用することはないだろう――と、いささか甘いことを考えていた。


 謎の女の言うとおりだ。限られた情報下において、盲目的に目の前の人間を信じることは危険だ。男騎士は、過去に散々手痛い経験をしてきたおかげで、その手のことに自然と鼻が利くけれどそれも万能ではない。


 もしかすると自分たちは騙されているのではないか。

 利用されているのではないか。


 ふつふつと浮かび上がった疑念に思わず女エルフの表情がこわばる。そんな彼女を腕に抱いて、謎の女はさらに語気を強めた。


「お前達がやろうとしていることも破壊神とそう変わらない。結局の所、自分たちにとって都合のいいように、物事を推し進めたいだけだ。さもこれが人類のためだと言い含めてモーラさんたちをたぶらかし――」


「そこまでにしてもらおうか!!」


 剣閃が走る。

 大上段、振りかぶりからのそれは強烈な一撃。バイスラッシュ。男騎士の得意技が稲光のように謎の女に降り注ぐ。


 咄嗟にその剣戟合せて腕を出す謎の女。本来であれば、肉であろうと鉄であろうと軽く両断する必殺の一撃。しかしながら、今回の一撃は精彩を欠いた。

 謎の女の言葉や、この前に食らった目くらましが、男騎士の体調を狂わせていたのだろう。万全の状態ではないバイスラッシュは、謎の女の腕をほんの少し切り込んで止った。


 腕から血が吹き出ない。

 何故もへったくれもない。驚きはしたが先ほどまでのやりとりで、この土地に住む者達が、人間のようで人間でないことは嫌というほど思い知った。つまり、彼女もそうだというだけのこと。


 しかしながら腕が一本使えなくなったのは大きい。女エルフを縛めるそれが一つ少なくなったのだ。すかさず、女エルフは大きく身を捩ってその腕から飛び出すと、床を転がって謎の女から離れた。


「ちっ!! まだそんな余力が残っていたか、偽冒険者め!!」


「黙れ!! なんの目的か知らないが、これ以上俺たちの心をかき乱すな!! 俺たちはアリスト・F・テレスを信じると決めたのだ!! 騎士が一度決めたことを、簡単に覆すことができるか!!」


「……ティト」


 男騎士の啖呵と時を同じくして、部屋の中に多くのELFがなだれ込んでくる。どれもこれも手には禍々しい武器を手にしている。どのようにそれらを使うのかは分からないが、多勢に無勢は目に見ていた。


 ちっと、また、謎の女が舌を打ち鳴らす。

 彼我の戦力差を正しく理解できないほど彼女も愚かではなかった。


「まぁいい、今日の所は様子見だ。ここで立ち去らせてもらおう」


「ほざけ!! ここから逃げられると思うてか!!」


「……逃げられるさ」


 不敵に謎の女が微笑む。それは明確な勝ち筋を頭の中に描いているからこそできる表情だった。しかしどうやってと考える間もなく、またしても轟音とともに女エルフ達がいる部屋の壁が割れた。


 その闇の中から飛び出してきたのは――。


「少佐!! 迎えにきたぜぇっ!!」


「遅い!! 急げ、すぐにここを離脱するぞ!!」


 蜘蛛のようなシルエット。ワシャワシャと六つの脚を動かして動く、メタリックな人形であった。多脚が据え付けられた本体とおぼしき丸い筐体。さらにその後ろに円筒状のバックパックが備え付けられている。


 カラーリングは赤。バックパックには白のストライプ。

 微妙に上を向いている部分が膨らんでいる。


 どう見ても――この作中でさんざんネタにしてきた、それはジョークグッズだった。でかいでかい、ジョークグッズを背負った蜘蛛のおばけだった。


「勃チ○コマ!!」


「うぉーっ!! 過去に例がないほど失礼かつ、ヤバいパロディやめろ!!」


「合点承知!! 少々激しくなっちまうが、我慢してくれよ!!」


 にょろり飛び出すワイヤーアーム。謎の女に向かって飛ぶ赤い機械蜘蛛の腕。押し寄せていたELFを何人か弾き飛ばしたそれに、謎の女がつかみかかる。

 すぐさま機械蜘蛛はワイヤーを巻き取ると、大きく腕を振り回して謎の女ごと腕を空中に舞い上げた。


 荒っぽいにもほどがある。無理矢理な敵陣突破。けれども、なんでもないようにそれをこなして謎の女は、赤い機械蜘蛛の本体の上に着していた。

 おそるべき身体能力。男騎士が組み負けるのも納得だ。


 そんな彼女が終始付けていたバイザーを外した。

 仮面の下から現われたのは、女性にしては雄々しい戦士の顔。女ゴリラとでも言うべきだろうか、強い信念の宿ったその顔立ちに、女エルフ達は思わず唸った。


 黒い髪を機械蜘蛛の排気に揺らしながら彼女は女エルフ達を見下ろす。


「私の名前はムラクモ。仲間達の間では少佐で通っている」


「……ムラクモ」


「仲間達?」


「だぞ、どこかで聞いたことがあるような。ないような」


「黒髪のエルフ!! なんてレアな!! いや、けど、私にはお義姉さまが!!」


「今回は私の方が退こう。しかし覚えておけ。お前達が、破壊神の勢力にちょっかいをかけようとするならば、私と、私が率いる攻カク○頭隊が、お前達の行く手を遮るだろう。アリスト・F・テレスの思い通りにはさせない」


 さらばだ、そして、また会おう。


 機械蜘蛛が猛烈な排気をはじめたと思えば、バックパックから発煙弾を乱射する。白い煙幕に覆われて、四方八方見えなくなる中、地面をホイールが抉る音だけが辺りには木霊していた。


 まんまと女エルフたちは、謎の女こと少佐に煙に巻かれた。

 どうやらこれからの冒険。ただ笑わないだけでは、済まなさそうだ――。


「なんだか大変なことになって来たわねえ」


 そう言いながら女エルフは、少佐に捕らえられながらも感じた妙な親近感と安堵感に、人知れず首をかしげた。

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