第978話 男騎士と訪問者
【前回のあらすじ】
女エルフと新女王。義理の姉妹、水入らずの入浴タイム。
熱帯密林都市ア・マゾ・ンの居住施設にて疲れを癒やす女エルフたち。二人ずつに分かれて個室に移動した彼らは、思い思いに激戦の疲れを癒やす。そんな中、女エルフと新女王は、部屋の中にあった個室風呂に入って疲れを溶かしていた。
この作品にしては珍しい安直なサービスカット。
しかしながら、実際、疲労困憊だったのだから仕方がない。そこに加えて、居住施設で提供された寝室は、女エルフはもちろん新女王も経験したことのないようなVIP待遇。ついつい食指を伸ばしてその気が緩むのも仕方なかった。
男ダークエルフこと人類の祖先たちを管理していたELF、及びア・マゾ・ンを統括するマザーコンピューターに怪しい所はあれども、まずは小休止。
彼らから請け負った仕事を完遂するにせよしないにせよ、疲れていてはなにもできない。女エルフはそう割り切って身体の回復に努めるのだった。
はたして、腹黒い陰謀が垣間見える熱帯密林都市ア・マゾ・ン。
本当にアリスト・F・テレスは男騎士たちの味方なのか。それとも、男騎士が睨んだ通り何か企んでいるのか。破壊神ライダーンは本当に今の人類を滅ぼそうとしているのか。そもそも、なぜ今も人類創造の争いは続いているのか。
いよいよ深まってくる新章の謎。
はたしてこの章で男騎士達を待ち構えている苦難とは。
今週もどエルフさん、はじまります――。
◇ ◇ ◇ ◇
「ティト、起きて。起きてってば、ねぇ」
「……んあ?」
男騎士の身体を何者かが揺する。
胸板に手を当てて彼の身体を揺すっていた彼女は、男騎士が腕を動かすとすぐにその身体を引いた。寝ぼけた男騎士の視界にゆっくりとその姿が露わになる。
白い肌、金色の髪、青いローブを身に纏った彼女。
耳は尖り瞳は翡翠のよう。それは彼にとって見慣れた顔で、ともすればもっと近くで見たことのあるものだったが、それでも寝起きに見れば思わず生唾を飲み下すような魅惑的なものだった。
その白い頬をうっすらと上気させて、彼女はその長い耳の前に垂れた金色の房をかきあげる。
その仕草にはっと眼を覚ました男騎士。
彼は手の甲で瞼と口元を拭うと、すぐにその場に起き上がってあぐらを掻いた。
「……すまん、モーラさん。どうやら寝てしまっていたようだ」
「疲れていたのね。無理もないわよ、連戦に次ぐ連戦だったんだもの」
そう言って男騎士の隣で女エルフはくすくすと笑う。
彼女を部屋に呼び出したのは男騎士。呼び出しておいてその当人が寝こけていたとは、なんとも締まらない話である。すまないとすぐに頭を下げるが、いいわよいいわよと女エルフは優しく彼を許した。
女エルフが男騎士の隣に腰掛ける。肩が触れあう距離。まるでそれが自然という感じに男騎士の隣に収まった彼女は、その翡翠色の瞳を彼へと向ける。
ここ最近とうもの、冒険に次ぐ冒険、戦いに次ぐ戦いで、ついぞこのように彼女と接する機会のなかった男騎士は、どうしていいのか分からないという感じで、むず痒く鼻先を掻いた。その頬は、女エルフよりも分かりやすく赤らんでいた。
そんな彼をからかうように女エルフが歯を剥いて笑う。
「天下の大英雄も寝起きには弱いみたいね。やだ、そんな可愛らしい顔しちゃって」
「可愛らしいって。よしてくれよモーラさん。俺はそんな年齢じゃない」
「あら、エルフと年齢を比べるつもりかしら。アンタなんて、私から見たらまだ子供よ子供。さっきもあんな無防備な寝顔をみせちゃってさ」
「人間なのだから寝ている時くらいは無防備になるだろう!!」
「はいはい、そういうことにしておいてあげますよ」
女エルフが膝をベッドの上に載せる。体育座り。膝の中に顔を埋めるようにして身を寄せる。ローブの中にもう一つ衣服を着ている彼女だが、そのスカートの裾から伸びる生足が露わになる。それを見てはっと男騎士、慌てて眼を逸らした。
あら、何を意識しているのかしらと女エルフが意地悪にまた笑う。
そういうことをしている場合じゃないだろうと咳払いと共に男騎士が注意する。
しばらく沈黙が部屋を支配する。
それを破って本題に切り出したのは、やはりというかなんというか、どうやら話の主導権を握ったらしい女エルフのほうだった。
「それで何かしら話って? なにか危急のことなの?」
「あぁ、そのことなんだがな」
寝こけていたが男騎士はすぐに自分を持ち直した。女エルフを部屋に呼んだのは、何も久しぶりに逢瀬を重ねるためではない。この神の試練を前にして、彼女に相談するべきことがあったからだ。
信頼するパートナーである。
男騎士は今回の件について、自分が抱いて居る懸念事項を包み隠さず話した。
もっとも、大神バブルスとのやりとりについては流石に伏せたが。
「どうも妙だと思わないか? さきほどエロスにも聞いたが、このやりとりは彼が訪れた時にも行っているらしい。百年の歳月が経っているのに、なお状況が変わっていないというのもだし、それを俺たちに変わらず依頼するというのも。何かしら、彼らはまだ事情を隠している気がする」
「……そうねぇ。確かに何か考えがありそうね」
「それに加えて破壊神についてもだ。センリたちからくり娘たちと会った手前、どうも彼が人類の敵だとは考えられない。もし本当に、破壊神が現在の人類を滅ぼそうとしているのなら、もっとセンリたちも攻撃的なんじゃないのか?」
「各地の神々の元に封印されていたにしても彼女達は人間に友好的だったものね。天地創造に関わった破壊神の使徒達。今も尚、ライダーン様とつながりがあるのだとしたら、彼らが人類に敵対するという可能性はあり得る話だと思うわ」
女エルフも男騎士の推測に同意する。
彼の語った違和感は彼女にも理解可能なものだった。静かに男騎士に首肯して、彼女は深刻な顔を向ける。
もっとも――。
「だからと言って、何をどうするとまでは判断できないのが歯がゆいわね」
「……あぁ、せいぜい気をつけるくらいのことしか、出来ないのがなんともな」
「結局、もうちょっとアリスト・F・テレスを泳がすか、あるいはライダーン様側の者と接触する必要があるのよね。ここに居ても、何も判断することはできないわ」
「情報が少なすぎる。後手に回るのは気分が悪いが、そうするより他に手はないな」
怪しいということは分っても、何も手出しのしようがないというのが結論。
疑問を共有することしかできないのだったが。
まぁ、そのように警戒しているだけでも話は違ってくる。
流されるままに、なにかしらの片棒を担がされるということは、おそらくなくなってくるだろう。
そういう意味では話をできたのは良かった。
ただ――。
「モーラさんなら、何か良い案や切り口を考えてくれるかと思ったのだが」
「期待してくれて嬉しいけれども、こればっかりはね。今の状況で動いても、私たちにできることなんてたかがしれているわ」
もう少し、男騎士としては女エルフに期待していた。
彼に足りていない頭脳働きを、主に担当している女エルフだ。
情報を集めれば、なにかしら新しい切り口を見つけてくれるかと思ったが――それにしても情報が少なすぎるようだった。
これならば黙っていた方がよかったか。
男騎士がそう思ったその時、ふと彼の肩に女エルフの体重がのしかかった。
「ねぇ、それよりも、今はゆっくりと休みましょう。せっかくこれだけ豪勢な寝所に入れたんじゃない」
「……モーラさん?」
そう言って上目遣いで男騎士を眺める女エルフ。
いつになくその顔は、怪しくそして艶めかしく赤らんでいた。
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