第979話 男騎士と男と女のいいこと
【前回のあらすじ】
男騎士の部屋を訪れた女エルフ。
戦いの疲れからかすっかりと寝こけていた男騎士は、不意打ちで彼女に起こされることになってしまった。
いつもは手玉に取る方の男騎士。そんな彼が、珍しく女エルフにからかわれる。
密室に二人きり、男女でベッドに腰掛ける。そんなムーディな環境がそうさせるのだろうか。なんにしても、男騎士は女エルフにからかわれるまま、彼女を呼び出した当初の目的である、アリスト・F・テレスへの不信感を語り出したのだった。
はたしてアリスト・F・テレスは人類を救うためだと言ったがそれは本当なのか。自分たちは何か、彼にとって都合の良いようにりようされているのではないか。
破壊神ライダーンは本当に今の人類を滅ぼすつもりなのか。以前に会った、からくり娘たちには、そんな素振りは少しも見られなかったがどうなのだろうか。
そのような疑念をぶつけるが、女エルフとて答えを持っている訳ではない。
とりあえず、今はアリスト・F・テレスの思惑に乗るべきではないか。そんな消極的な形で、話はいったん終わりを迎えた。
その矢先――。
「ねぇ、それよりも、今はゆっくりと休みましょう。せっかくこれだけ豪勢な寝所に入れたんじゃない」
「……モーラさん?」
なんと、この作品にしては珍しく女エルフが男騎士に色目を使ってきたのだった。
これはいったい何の風の吹き回しか。
いったいどうしたことなのか。
今まで、口では自分はスケベじゃないスケベじゃないと言い張ってきた女エルフだが、これは完全にスケベ。男を惑わす女のムーブ。
はたして女エルフはどうしてしまったのか――。
「……」
◇ ◇ ◇ ◇
ふふと怪しく笑う女エルフ。
白い肌の上に怪しく色づく紅色の唇を舐めずさって、彼女はそっと男騎士の肩を押した。とんとひと突き、柔らかいその振動で男騎士はすぐさまベッドの上に沈む。
あっと声を上げる間もなく、彼は信頼するパートナーに馬乗りになって抑え込まれていた。
男騎士の腹の上に跨がって女エルフが怪しく笑う。
線が細く肉の薄い彼女。その少しごつごつとした肉が男騎士の腹の上で転がる。
人によっては不快に感じるだろうそれだが、男騎士は満更でもなさそうに顔を赤らめさせていた。
待ってくれ、と、ようやく呟いたのは男騎士。
「モーラさんどうしたんだ? こんなことをしている場合じゃないだろう。俺たちは、人類を救う旅の途中じゃないか?」
「なに言ってるのよ? 英雄である前に、私たちは男と女でしょう? 旅の途中だからと言って睦みごとをおろそかにするのは、それこそどうかと思うけれど?」
「いや、睦みごとって……。確かにその、最近は何かと忙しくて、あと、モーラさんと別れて行動することが多かったから、ご無沙汰なのは間違いないけれど」
「そうでしょう? ねぇ、ティト、いいじゃない今日くらい? せっかくこんないい部屋で休むことができるんだもの。一日くらい、無茶しちゃって大丈夫だわ。貴方の筋肉は、何も敵を倒すためだけのものじゃないでしょう?」
そんな言い方をされてもと脂汗をかく男騎士。
なんということだろうか、本当にこれがいつもの男騎士だろうか。こと昼間は女エルフを圧倒するおちょくりぶりをみせている男とはとうてい思えない軟弱さである。
いったい何が起こっているのか。
寝起きだから弱っているのか。それとも、何か精神系の魔法でもかけられているのか。後者については、ゲルシーから貰ったアイテムによりかかるはずがない。
であれば、何故――。
「おい、ティト!! そいつから離れろ!! そいつはモーラちゃんじゃねぇ!!」
「エロス!?」
その時だ、部屋の隅に置いていた魔剣が男騎士達に話しかける。
途端、女エルフが驚くべき速さでベッドから跳躍する。そのまま、彼女は男騎士を飛び越えてベッドの端に降り立つと、魔剣に向かって手を伸ばした。
いけない。
咄嗟に男騎士が女エルフに手を伸ばす。
すんでの所でなんとかその足首を掴んだ男騎士は、そのまま力任せに女エルフを部屋の壁へとたたきつけたのだった。
カーンと、何か金属を床に落としたような音が響く。
魔剣エロスが滑り落ちた音ではない。
また違うものからその音色は発せられている。
なんの音かと疑うまでもない。それは男騎士が握りしめている女エルフ――その身体から伸びてきた音だった。
何がどうなっているのか。男騎士の低い知性では処理しきれない現象の連続に、彼が押し黙る。その前で、壁にぶつかった女エルフが、ぐるりと男騎士の方に顔を向ける。ただし、その顔は本来人間が動かし得ない方向、彼女の背中を向いていた。
「ティト、酷いじゃない。そんなエロ剣の言うことを信じるの」
「なっ……!! バカなモーラさん、いつの間にそんな身体に!!」
「違うぜティト!! こいつはモーラちゃんに似せて造ったからくり人形!! さっき俺たちをここに案内した、ダークエルフの野郎と同じ奴だ!!」
クククと壊れた人形のように笑う偽女エルフ。
彼女が笑い終わったかと思えば、その身体の関節があらぬ方向にぐるりと回る。
次の瞬間、それは人間と変わらぬ姿でそこに立っていた。
姿勢を直したのだ。
それも、人間にとてもできない方法で。
こんなものを見せつけられては、何かの見間違いや勘違いなどではない。すぐさまベッドから飛び起きた男騎士は、壁の魔剣エロスを手にして偽女エルフに向けた。
甘いやりとりから一転しての緊迫した状況。
男騎士の額を脂汗が流れ落ちていく。
「貴様、いったい何者だ!! モーラさんに化けて、いったい何をしようとしているんだ!! 事と次第によっては、ここでお前を切り捨てる!!」
「あら、問答無用で斬りかかってくるかと思ったら、意外と紳士的なのね?」
「……ティト、油断するなよ。あのダークエルフ野郎もそうだが、こいつも相当な手練れと見える。いやそれだけじゃない、おそらくこいつも神の使徒――」
「するとやはり、アリスト・F・テレスの手の者という訳か?」
さて、どうかなと偽女エルフが哄笑する。くそと男騎士が吐き捨てたその時、彼女の手が外れたかと思うと、彼に向かって飛びかかってきた。
うわぁという悲鳴と共に、その首元に偽女エルフの手が食らいつく。
離れた手と腕の間に伸びる灰色の縄。
どうやらこれで手を操っているらしいと察した男騎士、すかさず魔剣を振り回してその縄を断ち切った。麻縄にしては妙に固いそれを断絶すれば、金色の雷が走って男騎士の首からその手がこぼれ落ちる。
ほう、やるなと、手を失った偽女エルフがごちる。
「流石は当代の英雄という所か、まずは合格としてやろう」
「なにを!!」
「ティト、まだだ!! まだ、こいつの攻撃は終わっていない!!」
魔剣に言われて男騎士が気づいた時にはもう遅い。まばゆく偽女エルフの瞳が輝いたかと思えば、そこから緑色の光線が照射された。
レーザー光線。
凝縮された光の矢が男騎士を襲う。
すぐさま彼は身構える。この場では回避することは難しい。
「……南無三!!」
咄嗟に前に出したのは魔剣の刀身。男騎士は向かい来る緑の破壊光線に、咄嗟にその刃を合せたのだった。
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