第968話 ど男騎士さんとFの未来都市

【前回のあらすじ】


 男ダークエルフから語られる熱帯密林都市ア・マゾ・ンの真実。

 この都市は、七つの神々の一柱であるアリスト・F・テレスが人類を造るために建造した製造拠点であった。人類はこの地で誕生し、男騎士達が暮らす中央大陸へと伝播していったのだ。


 そう、海が母なる存在ならば、ここは人類という種が撒かれた父の地。

 人類発祥の土地だった。


 人の身に余るオーバーテクノロジーが存在しているのはそのため。男ダークエルフの身体がメカメカしいのもそれが理由。

 男騎士達は冥府に続いてまたしても、神の領域へと足を踏み込んだのだった。


 さて――。


「だぞ、だぞ。それで、人々がこの大陸から出て行った後も、君たちは壊れることなく、ここで生活していたと。そういうことなんだぞ」


「はい、でありますが、一部いいえです。私たちは、未だに人を作り続けている最中なんです」


 男ダークエルフが男騎士達に接触したのは偶然ではない。

 彼は、偶然を装って彼らをこの都市に導くためのメッセンジャーであった。

 そうこの大地を開き、都市を造った七つの神の一柱――。


「それでは向かいましょう。皆さんが会うべきお方――アリスト・F・テレスさまのところへ」


 アリスト・F・テレス。

 かつて北限の地で会った、アリスト・Ⓐ・テレスと並び称される神が男ダークエルフの背後には潜んでいた。


◇ ◇ ◇ ◇


「だぞ、見れば見るほどすごいんだぞ。いったいどういう技術で造っているんだぞ」


「建造物は元はゴーレムなんですよ。建築素材に意思を持たせて移動させて、自立して建造物を建築させるんです。なので、建築素材を手元で成形することができ、あのような複雑な形状も造ることができるんですよ」


「似たような建築魔法は考案されているし実際に使われているけれど、ここまで大規模なのはちょっと久しぶりに見たわね」


「なんていうか、現実感がありません。お姉さま、これ、大丈夫なんでしょうか」


「これは神への冒涜――いえ、神が造りし都市なのですから、そんなことを問うのはそもそもお門違いですか。うぅん、しかし、人の身には余る土地です」


「密林の果てに隠された神々が造りし都市か――」


 すごい所に来たものだと、流れゆく景色をながめて呟く男騎士。

 彼らが乗っている鉄の船は、銀色をした建造物の合間を縫って街をかけていく。青空の光を反射して輝く街並みに、男騎士は目がくらみそうだった。


 気がつけば、さきほどまで男騎士達の身体にまとわりついていた熱気もどこかに消えている。都市の気温もコントロールされているのだ。それに気がついた時、女エルフは、この都市が冗談でも何でもなく人を越えた存在が造ったものだと理解した。


 驚嘆に揺れる男騎士達。

 彼らを乗せた鉄の船が地面にぽっかりと開いた穴へと入っていく。


「地上部は、ELFたちによる生態シミュレーション区画です。ここで私たちELFを使って人の営みを再現することで、人の進化に必要な要素を洗い出しているんですよ。肉体的な構造はもちろん、知識や思想といったものまでね」


「……それにしては、俺たちの生活と剥離した世界のようだが」


「データを取るだけですから。完全な人を作り出すという目的と、人の歴史を作り出すというのは必ずしも一致しません。神々は、やがて貴方たちがたどり着く、完成された人間としての姿を追い求めているだけで、貴方たちの歴史まで正確になぞりたい訳ではありませんから」


「……どういう意味なんだケティさん?」


 男騎士の頭では考えられない話に、すぐさま彼はボールをワンコ教授に投げる。

 いくらパーティの知恵袋とはいえ、こんな驚天動地の展開は初めてのワンコ教授。先ほどの、男ダークエルフとのやりとりでもてんやわんやだったが、あたふたと彼女は思考をまとめだした。


「えっと、その、あのなんだぞ。つまり、神々は何かこう、僕たちじゃない僕たちを造ろうとしているというか。今の僕たちをよりよくしようとして、まだこの都市で人を造っているということなんだぞ?」


「はい、そして、いいえです。そもそも人間たちは、神々の予定ではまだこの世界にこれほど蔓延してはいなかったのです。楽園の扉は閉じられ、来るべき人としての完成の時を待っていた」


「だ、だぞ? つまり、どういうことなんだぞ?」


「……つまりだ、今の人類ってのは、神々も予期しない形でこの世界に広まっちまった。そういう存在ってことなんだよ」


 男騎士パーティの知恵袋が理解できずにぐるぐると目を回す中、突然男騎士の腰から声がする。まったくようとため息を吐き出したのは魔剣エロス。


 なるほどそうかと男騎士。


 かつて神々と謁見した魔剣である。

 当然、この都市にも訪れたことがあるのだろう。回りくどいことをせず、最初から聞いておけばよかったと、彼は腰に結わえた愛剣をひょいとかかげた。


 こうなってしまっては自分が説明した方が早い。

 そんな感じで魔剣が息を吐く。そうして彼は、かつて自分が旅路の中で知った、人類の歴史の真実について語りはじめた。


「元々、神々は人造神オッサムが引いた人の設計図を元に、完成された生命体として人間を造ろうとしていたんだ。ただ、何事も思惑通りに進むなら苦労はしねえ。そこのダークエルフに似たゴーレムたちを使って、この都市で設計書通りに造った人間に問題がないか、神々はずっと実験を繰り返していたんだ」


「それは分かっているんだぞ!! けど、人間はもう完成してるんだぞ!!」


「いいや、完成していない。完成する前に、神に実験のために造られた人の試作品が、この都市から脱走したんだ」


 男騎士を除いたパーティーメンバーに戦慄が走る。

 なるほどそれならば話の筋は通る。そして、世界に人類が蔓延した現在も、神がまだ人を造ることをやめていないのも。


 そして、それは知るべきではない事実。

 知ってはならない神代の暗部に間違いなかった。


 神は信じていないが、魔法の道に通じて神秘を知る女エルフが汗を握る。

 神を奉じている女修道士シスターが戦慄する。

 そして、人類の歴史を詳らかにせんとするワンコ教授が、その頭脳と知識を持ってしても考えられなかった人類誕生の話に愕然とする。


 まさか、そんなと震える彼らの前で、男ダークエルフが微笑んだ。


「そうです。今、この世界に満ちている人類は、人造神オッサムが設計した完璧な人類とはほど遠い、失敗作の人類なのです」


「だぞ!! そんな!! それじゃ僕たちは、この世界に存在しちゃいけないってことなのかだぞ!」


「冗談じゃないわ!! 何が完成された人間よ!! そんなのくそ食らえよ!!」


「……神の御心に背くことになりますが、これはしかし」


「そうです!! そんなの間違っています!! 人の命を失敗だなんて――」


「えぇ、そうです。ですから、アリスト・F・テレスは、事故を装ってこの都市から人類を脱走させたのです。神々に細部まで作り込まれた生命体よりも、自らの力により必要な力を獲得する生命体――失敗した人類こそが正しいあり方だと信じて」

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