第962話 ど男騎士さんと冥府神の遠謀

【前回のあらすじ】


 ついに冥府神ゲルシーと面会した男騎士。

 神というにはいささか覇気の足りない冥府の主。そんな驚きにつけこまれるように、彼はいかにも面倒くさいという感じの神にいいようにあしらわれる。


 なにやら冥府神が思い出話に興じようとしたその時、左手が男騎士に触れるやその顔色が変わった。


『大神バブルスに出会いなさったか。なるほど、そして託されたのだな。我々の世界の裏側への旅を』


『これは!? 頭の中に声が!?』


 冥府神が男騎士の頭に直接語りかける。

 それは、他の神々にその会話を察知されないため。


 そのまま自然な素振りで頭の中での会話をするようにと冥府神は男騎士に告げる。同時に、他の神々と違って自分は味方だとも。


 はたして、冥府神の思惑はなんなのか。

 さっそく大神との約束を破ってしまった男騎士。

 彼はいったいどうなってしまうのか。


◇ ◇ ◇ ◇


『まず、この状況についての説明をせんといかんですな。私の左腕は、実は一度失われておりましてな。バブルス様の権能により、復活させてもらったんです』


『……そうなんですか』


『それ故に、この腕は魂の輪郭に触れることができるんです。そして魂に触れれば、私は冥府神の権能でその人の過去の全てを見通すことができるのです。すみませんな、実は先ほどまでのやりとりも、君の魂に触れようとしてのことなのです。口ではなんとでも言えますからなぁ。こうして、人の心根の深い所を、こっそりと覗いてしまうのは、私の悪い癖です』


 いいえそんなと男騎士が首を振る。

 神を相手にしてはそうとしか返答しようがなかった。


 はたして冥府神は、男騎士のその反応にどこか納得するように頷く。


 心の会話はさておき、男騎士に酒を勧める冥府神。

 押し切られる感じで杯を受け取った男騎士は、それを唇に運ぶとくぴりと呷る。でたらめに酒に弱い彼だが、どうしてそれは口に含んでも意識を失うことはなかった。


『君の体質も分かっている。酒は偽物です、まぁ、寝たふりでもしなさい』


『……それはそれで難しいような』


『気を失ったように倒れればよろしい。そのまま、私が介抱しますので、頭で会話だけを続けてください』


 言われるまま、酔ったふりをして倒れる男騎士。

 こりゃいかんと冥府神が声を上げて、取り巻きの神たちに布団を持ってきてくれと頼む。なにやってるのよと、少し離れた所で女エルフが怒る声が上がった。


 まぁ、男騎士の旅路ではよくある一幕と言えば一幕だった。

 これならば他の神々も怪しむことはないだろう。しかし、なぜここまで、冥府神も気を遣うのだろうか。


 意図が分からず少し疑問を抱いた男騎士。

 心で会話しているため、そんな感情も伝わってしまうのだろう、すぐにその疑念に冥府神は答えた。


『すまないね。なにせ、ここには他の神の内通者がいる』


『他の神の内通者が?』


『あぁ。まぁ、いろいろと神々の間にもあるんだよ。私はそういうのは面倒くさくてしないんだがね。いかんせん、神の中にも序列争いというのがあり、常にその頂点に君臨しなくては気の済まない者というのもいるということさ』


 それも神の性というものだがねと、冷めた口ぶりで流すゲルシー。


 男騎士にとっては驚き以外の何物でもない。

 一枚岩と思われた神々の間に、思いも寄らない溝があったとは。それこそ、七つの神々の一柱が、魔神の一味だったというのと同じくらいにそれは衝撃だった。


 あるいはもしかすると、大神が言っていた魔神の正体とは、そのスパイを送り込んだ神ではないのだろうか。


『それについては答えかねますな。君の記憶を読ませていただいたが、バブルスが伏せたのに私がペラペラと喋ることはできませんよ』


『……そうですか』


『神から人の時代を取り戻すですか。私も、それがこの世界の正しいあり方だと思います。七つの神々と共に、去るべきではないとこの世界に残ることを選んだ私だが、バブルスのようなあり方を心のどこかで望んでいた節もある。大神の彼の意思ではなく、私の意思で、その試みに協力しようではありませんか』


『本当ですか、ゲルシーさま?』


『まぁ、そう言っても、バブルスと同じく君の行く末を見守ることしかできないんですがね。しかし、このタイミングで割り込んできたことを考えると、バブルスも私が君に味方することを見越していたのでしょうな――』


 冥府神にはこの出会いに得心する所があるらしい。

 少し、何かこの出会いに思いを馳せるような間が開いた。


 すまないねと再び彼の頭に冥府神の声が響く。

 沈黙を契機に冥府神はなにやら思い切ったらしい。


「さて、そういう訳だから、他の神々に気取られないよう、私が君たちをサポートしよう。これから先、何かと神の力を借りねばならぬこともあるだろう。その時には、私かマーチのどちらかを頼りなさい。他の神々は――あまり信用してはいけない」


「……マーチどのはいいんですか?」


「彼女はバブルスに大恩がありますからな。彼の意思と知れば協力は惜しまんでしょうよ。バブルスが話しているにせよ、しないにせよ、彼と同じ結論に至ると思いますよ。なにより、海母神という性質上、争い毎には向いておりませんよ。まぁ、私も冥府神なんていうおっかない役割を担っておりますが、ほれ、この通りあまり仕事熱心ではありませんからなぁ」


 相変わらずのくだけぶりに、また苦笑いが男騎士の脳裏をよぎる。

 この親しみやすさは美徳なのか、それとも悪徳なのか。

 ただ、なんにしても、頼りになる助っ人には違いない。


 もとより、神をこの世界から追い出そうとしている男騎士だ。そんな彼に、敵対することなくその思いを受け入れるとは。

 追い出される神という立場を考えればなかなかできることではない。

 なによりそれに激昂しないあたりに、得体の知れない底の深さを彼は感じた。


 流石は人の生死を司る神。

 古来より、死は人間の畏敬が最も集まる事象。それを司るというのは、逆に言えばそれだけ強大な力を持っているということ。また、妖怪のような、正体不明の恐怖を傘下に収めているのも、その力あってのことだろう。


 冥府神ゲルシー。

 もしかすると、自分たちは神々の中で、一番頼りになる存在に最初に謁見したのではないだろうかと、男騎士は思わず考えた。


 おっとやめてくださいよと、冥府神がすぐにその尊敬に茶々を入れる。


「私はね、ただ自然の成り行きに任せることが好きなだけのぐーたらですよ。そんな人様に尊敬されるような神様じゃない」


「いや、そんな」


「ただまぁ、こうして人生を懸命に生きた人間たちと会うのは嫌いではありません。ですからね、思うのですよ。そろそろ、我々の掌の上から、貴方たちを自由にさせてあげるべきなんじゃないかなって」


 そう思いながらも、ついつい楽な流れに流されてきた、そんな神なんですよ。

 そう言って冥府神は、少ししめっぽい笑いを男騎士の頭に響かせた。

 本当に自分を情けなく思っているような笑いを。

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