第924話 ど壁の魔法騎士とセントラルドグマ

【前回のあらすじ】


 双魚宮を無事に突破した壁の魔法騎士と魔性少年たち。

 邪神の力を身につけて深海からやって来た邪神マンくん。しかしながら、チート級の戦闘能力を持つデビちゃんには敵わない。スミで作った彼女の分身にタコ殴りにされた彼は、爆発四散して双魚宮の塵と化すのだった。


 ここに怪奇メフィス塔に配置された○金闘士の試練全てを彼らは突破した。


 長いようで短かった闘い。

 出てくる○金闘士がみんなトンチキ。

 どうにもしまりのない闘いではあったが、冥府神ゲルシーの試練はここに一つの区切りを迎えた。


 あとはその冥府の底へと続く、セントラルドグマの虚の中に身を投じるだけ。


 とりあえず、頂上に行って他の皆が合流するのを待とうと双魚宮を後にする壁の魔法騎士達。もはや全ての闘いはここに終わったかに思えた。

 しかし――。


「どれ、では。かき乱しに行くか。その身体、奪わせてもらうぞセイレーンの娘よ。我が司るは混沌の力。その力でお前に触れたとき、いったい何が現れるのか」


 その背後に、邪神マンくんとはまた違う、不気味な影が蠢いていた。

 そしてその影は邪神の力を持った○金闘士を、いとも容易く倒したデビちゃんへと向けられていた。


 はたしてこの影の正体は。

 そして、デビちゃんを狙うその理由とは。


◇ ◇ ◇ ◇


「ここがセントラルドグマ。永遠の虚」


「……すごいですね。本当にどこまで穴が続いているようだ。冥府の底まで通じている永遠の虚とはよく言ったもの」


「ゲソ。これはちょっと、のぞき込むと脚が震える奴じゃなイカ」


 壁の魔法騎士、魔性少年、そしてデビちゃんはバビブの塔の頂上に来ていた。

 それまで、バビブの塔の中の壁沿いに造られた螺旋階段を駆け上ってきた彼ら。各フロアこそあるが、基本的に塔の真ん中は中空。それをこれまでの経験から身をもって知っているだけに、頂上から延々と真ん中を突っ切って深淵へと伸びるセントラルドグマ――その構造を信じる事ができなかった。


 このような穴が空いていたならばもっと気がつくはず。

 それに気がつかなかったということは、この底が見えない深淵が、おそらく魔術的な技術によって形成されているということ。


 流石に神が造りし塔。

 そのような魔術が施されていても不思議ではない。

 だが、あらためてその力の偉大さに、壁の魔法騎士達は息を呑んだ。


 人間世界の条理をねじ曲げた現象を引き起こす存在。

 そんなものに、男騎士達はこれから謁見しようとしている。


 世界を救うために必要なこととは壁の魔法騎士達も理解していたが、この現象を前にしてはさらに一段意識が変わる。このようにいとも容易く世界を変容するような超常の存在に対して、はたして人間の身で相対して大丈夫なのか。


 おそらく旅を続ける限り、そして神と謁見しようとする限り、男騎士達はこのような困難に何度でも挑むことになるのだろう。

 そう思えば、その苦労あるいは苦難な道のりに思わず喉が鳴った。


 壁の魔法騎士がサングラス外して瞼を擦っていた。


 これまでの闘いも壮絶なものだった。

 出てくる○金闘士が少しマヌケな感じは否めないが、リーナス自由騎士団という大陸の危機に挑む者達の長をしても、なかなかその心身を手ひどく疲労させる、極めて困難な旅路だった。


「……ティトたちは、とても困難な旅路の途中に居るのだな」


「この世界を救うための旅路ですからね。大変なのは間違いないでしょう。けれど、ティトさん達ならきっとできるはずです」


「……そうだな」


 まぁ、その肝心の男騎士と女エルフは死んでしまったのだが。


 出てくる○金闘士もマヌケだが。

 挑む方もマヌケだ。そして、そんなマヌケに人類の未来を託すことを思うとさらに頭も痛む。よくぞここまでと思う反面、こいつらにこの調子で任せていいのだろうかとも思ってしまう壁の魔法騎士。

 いや、そんなことに嘆いている場合ではないなと彼は首を振ると、おもむろにその手を地面に向けた。


 指先に魔力が集まり放たれる。

 壁魔法、造りだしたのは仮設の椅子。横たわることもできる、横長で背の低いそれを仲間達の前に出現させると、壁の魔法騎士はそれに座るように促した。


 各々、疲れ果てて倒れたとはいえ、充分に休憩ができていない。

 既に○金闘士は全て倒した。先にも言ったように、冥府神に謁見する前に、まずは仲間を待つ。その間に、ここに居る人間だけでも体力を回復しておきたい。

 それは壁の魔法騎士なりの気遣いだった。


 すぐさま飛びつくようにその上に転がったのはデビちゃん。


「ゲソー。助かるゲソー。この塔に入ったはいいものの、連戦につぐ連戦でちょっと息を吐くタイミングがほしかったでゲソよ」


「デビちゃん、ほんと救援ありがとうね。助かったよ」


「いいでゲソよー。コウイチがいないと私たちも生きて行けないゲソから。そこはもう持ちつ持たれつという奴でゲソよ」


 そう言って、ごろりと石の椅子の上で仰向けに倒れるデビちゃん。

 早速彼女に一つ椅子を占拠されてしまったので、壁の魔法騎士が急いでもう一つ椅子を作り出す。デビちゃんが眠る椅子の隣に、ちょうど並ぶようにもう一つ椅子を作れば、そこに魔性少年が座り込んだ。


 これから順次誰かしら到着することだろう。

 人数分作っておくかと、魔法を行使する壁の魔法使い。ふと、それを眺めながら、魔性少年が不思議そうに声をかけた。


「変わった魔法を使うんですね。土系魔法。それも、かなり精度がいい」


「……師が人生を賭けて構築したものでな。俺はただ、彼の成果を引き継いだだけだ。本当にすごいのは私の師だよ」


「……ゼクスタントさんは、確かリーナス自由騎士団の団長なんですよね?」


「あぁ。まぁ、ティトが居なくなっての代役だがな。俺はなんだってそうだ、誰かの代わりを果たすので精一杯の男さ」


「そんなことはないですよ」


 と、フォローする魔性少年。

 すかさずそんな言葉が出たのは、自虐的に言う壁の魔法騎士の姿にちょっと同情したからだ。


 実際、彼のここまでの働きは、代役などという言葉では語れない堂々としたものがあった。戦績にしても、彼単独で二体の○金闘士を倒しているのだ。

 誰かの代わりで務まる内容ではない。


 本人がどう思っているかは別として、彼は立派に誰かの代わりではなく、個人としてこのパーティに貢献している。


 もっと自信を持ってくださいと魔性少年が笑って壁の魔法騎士に言う。

 それに、どうにも歯切れが悪そうに面はゆく応じる壁の魔法騎士。魔性少年の言葉が慰めと分からないほど、彼の人生経験も短くなかったし、出会ってばかりの彼にそう言われても、今ひとつピンとこなかった。


 ただ――。


「誰かと比べた自分の評価なんて意味がないですよ。比べるなら、昨日の自分と比べないと」


「……そうかもしれないな」


 自分の心象を読んだような魔性少年の言葉にだけは少しだけ心が動いた。

 まぁ、これだけ代役がどうのと言っていれば、彼が周りと自分を比べてコンプレックスを抱えていることは分からないはずがない。魔性少年が超能力の持ち主で無くても、それは言い当てることができたかもしれないことだった。


 それでも壁の魔法騎士の心に、少年の言葉は微かにだが触れた。


「……私の息子も君と同じくらいだ」


「あ、いや、僕はその、見た目はこんなですけれど、割とこれで長く生きていて」


「……あぁ、そうなのか。いや、だがまぁなんだ。息子に励まされたような感じがしたよ」


「ゼクスタントさん」


「さっき妻にも叱られたっけかな。いかんな、俺はどうしても根が卑屈で。そうだな、こんな風に誰かと比べて何かが変わる訳でもないものな」


「そうですよ。貴方は立派に今、自分の務めを果たしていると僕は思いますよ」


 そう言ってくれると嬉しい。

 などと軽々に言えたならば壁の魔法騎士も苦悩していないだろう。

 あぁと、小さく呟いて、彼は自分の椅子に腰掛けると、魔性少年に背中を向けた。


「あとは私が見張ろう。君も休みたまえ」


「ですが」


「なに、子守は父親の役目だ。このパーティで、父親なのは私だけだからな」


 皮肉だがいやな感じは少しもない。

 自分の現状を受け止めて、それを笑い飛ばす壁の魔法騎士。

 そんな彼の姿に、少し安心した感じで魔性少年は、笑顔と共にはいと返事をした。

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