第925話 壁の魔法騎士とイレギュラー

【前回のあらすじ】


 セントラルドグマに到着した壁の魔法騎士と魔性少年。

 永遠に続く虚をのぞき込んで、あらためて神という存在の強大さと、それに立ち向かう男騎士たちの凄さを彼らは思い知る。


 とはいえ、ここは小休止。

 怪奇メフィス塔を攻略を終えた彼らは、壁の魔法騎士が作りだした椅子に腰掛けてしばしの休憩へと入った。


 さっさと寝たデビちゃんを横目に、他愛もない会話を交わす壁の魔法騎士たち。

 ふと、漏らしたリーナス自由騎士団の弱気を、幼い賢人が優しくフォローする。どうにも自虐が過ぎる壁の魔法騎士だったが、彼は魔性少年の言葉をこの場は素直に受け入れるのだった。


 かくして、パーティはしばしの休憩に入る。

 まだ試練終了時刻まではほど遠い。

 ゆるゆると、彼らは後ろから来るパーティーメンバーの到着を待つことにした。


◇ ◇ ◇ ◇


 諜報活動に従事していた関係から、自分を律することに壁の魔法騎士は自信があった。寝ずの敵陣の監視や警戒行動などは彼の得意とするところで、それこそこれに関しては誰にも負けぬと自負していた。


 だというのに――。


「……ん? なん、だ……? 身体が、重い……? 俺は、いったい……?」


 意識を取り戻すと共に壁の魔法騎士は反射的に背筋を伸ばした。

 僅かな時間で彼は自分が予期せぬ状態にあることを察した。

 そして、その状態になったことを異常と判断した。


 跳ね起きた壁の魔法騎士が辺りを確認する。

 彼が予想した通り、頂上に到達して休んでいた男騎士パーティのメンバー。そのほぼ全員が、昏倒するように椅子の上に横たわっていた。

 壁の魔法騎士もつい先ほどまで、彼らと同じような状態だったに違いない。


 頭の中がまるで鉛でも詰められたように重たい。

 鈍いと言っても良いだろうか、とにかく上手く思考が定まらない。

 反射的に飛び上がったはいいが、襲い来るどうしようもない倦怠感、そして吐き気に苛まれて、壁の魔法騎士はまたその場に蹲った。


 頭が重たいだけではない、何か、身体全体に毒のようなスリップダメージのある魔法をかけられているようだ。それが原因で、思考さえもままならない。


「……これはいったい、まさか、まだ刺客が?」


「……ほう、この中でまだ動ける者が居たとは」


 聞き慣れぬ声。それへの反応も一呼吸遅れる。

 振り返ると同時に繰り出したのは壁魔法。荒獅子と冬将軍に苦渋を舐めさせた、隆起する壁がその声の元へと走る。


 だが、その足取りは無様な軌道を描いていた。

 まるで壁の魔法騎士の混濁した精神状態を表すように、左右に揺れて振れてのたうち回った壁の列。忌々しく彼が舌打ちしたのも仕方ない。とにかく、壁の魔法騎士はまともに魔法を操れていなかった。


 その視線の先に声の主の姿がようやく入る。

 だが、どうしたことかその瞳に映るその像はぼやけて判然としない。


 まさか自分はまだ寝ぼけているのか。そんな疑問を覚えるやいなや、彼はすかさずベルトに挿していたナイフを抜くと、その石突きで太ももを強かに叩いた。

 下半身を突き抜ける痛みで意識をはっきりとさせる。


 もう一度、壁魔法を走らせる。

 今度は真っ直ぐにその軌道は、彼の前に立ち塞がる影に向かい轟音と共に迫った。


 壁の波が影を呑み込む。


 確かに、壁の魔法使いの一撃は突如として現れた声の主、そして彼らの意識を混濁させたとおぼしき存在を捉えていた。

 だが――。


「ほう、面白い技を使うな。なるほど、なるほど」


「……なっ!! 直撃したはずだ!! なぜ、なぜ俺の攻撃が効いていない!!」


 その影は依然として、壁の魔法騎士の前に健在。

 さらに言えば、太ももを強打することにより醒めたはずの瞳の中で、相変わらずその影は判然としないままたゆたっていた。


 混沌。

 まるでその言葉がそのまま目の前に現れているようだ。

 デビちゃんの前で人の形を成してはいるが、依然として輪郭を失ったままのそれ。


 未知の存在。

 壁の魔法騎士の知識はもとより知覚をも上回る頂上存在。

 その出現に、根源的な恐怖を抱きながらも、そこはリーナス自由騎士団の団長。

 男騎士と同じく、人類の危機に挑む騎士団を率いる者だ。


 壁の魔法騎士はすぐさま構え直すと、ひるまずに声を上げた。


「貴様!! 何者だ!! ○金闘士か!! 十二の試練と聞いているが、このような不意打ちをかけるなど卑怯ではないのか!!」


「……○金闘士? ふむ、するとここはゲルシーが収める冥府の神殿か。やれやれ、幾ら求められれば応じるのが邪神のあり方と言っても、七主神の膝元まで現れるとはあいつもいよいよ節操がないな。いや、もとより知性のようなもの、我ら邪神にはないとも言えるか」


「……我ら邪神だと!?」


 いかにも、と、応じるや、混沌の影がいろめきたつ。大きく膨れ上がったそれは、以前その姿の輪郭を世界に滲ませたまま、老人とも子供ともつかない声を壁の魔法騎士に浴びせかけるのだった。


「我こそは這い寄る混沌。貴様たち人類の背中に人知れず忍び寄る驚異」


「這い寄る、混沌だと!!」


「その名を――NTRホテップ!!」


 NTRホテップ。

 その狂気に満ちた言葉を聞くや、壁の魔法騎士の顔が歪む。

 ようやく彼は気がついた。何故、目の前の存在がはっきりと判別できないのかを。


 そう、それは彼の目がかすんでいる訳ではない。

 邪神の権能によって見えなくされていたのだ。


 そう。


 NTRホテップの身体、その全身には――。


「バカな、モザイク処理だと!! こんなアクティブに動く物体にどうやって!!」


 あまずことなく修正処理がかけられていた。

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