第907話 壁の魔法騎士と六鬼混合の術

【前回のあらすじ】


 迫る冬将軍の戦略魔法。

 やはりオリジナルには勝てないのか。全盛期の肉体に魔法を使うのに絶好のコンディションを備えた彼は、弟子である壁の魔法騎士を追い詰める。


 師が編み出した魔法を改良し、その真価を世に示してみせたのは確かに壁の魔法騎士だ。しかしながら、彼自身に師を越える魔法使いとしての才覚があるかと言えばそれは違う。彼はあくまで、師の魔法を正確になぞっただけである。


 戦士としての資質については男騎士に、魔法使いとしての資質については冬将軍に一つ劣るのを彼は重々承知していた。自分が彼らに一つ及ばぬ、天賦の才を持たぬ身であると、騎士団長という要職にありながら彼は弁えていた。


 だがしかし――。


「もとよりこの勝負、勝つために手段は選ばぬ!! そして、冬将軍よ!! 私は、尊敬する師である貴方に勝ちたい!!」


 それが戦いを止める理由にはならない。


 自らの師。

 その全盛期の姿にして、彼の魔法が最も効果を発揮する環境。

 そんな悪条件が揃ってなお、戦士として勝ちたいと願う壁の魔法騎士。


 彼とてやはりリーナスの自由騎士なのだ。

 その胸には、騎士としての誇りがあった。


 そして、彼は師に勝る為に紡ぐ。

 友の隣で戦い続ける為に編む。


「陰陽術!! 六鬼混合の術!! 参る!!」


 真似ることしかできない凡夫の切り札を、彼はここに切ったのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


【陰陽術 六鬼混合の術: 東の島国伝わる大秘術。大陸で使われている魔法とはまた異なる術理で繰り出される陰陽術、その神髄の一つ。この六鬼混合の術は、その名の通り封じ込めた六つの鬼族の呪いを混合し、相克した状態で飲み下すことにより一時的に鬼の力を得るものである。随分と前に話したとおり、鬼族の呪いは厄介なもので、その保有者を殺した場合、殺した相手に半ば強制的に憑依するという性質を持つ。それを封じ込めるだけでも厄介だというのに、さらに六つも集める時点で、途方もない前準備を必要とするものだということは分かっていただけるだろう。つまり】


「次に暗黒大陸勢と闘う時までに習熟しておきたかったのだがな。六鬼集めるのに手間がかかって、これがぶっつけ本番だ」


「……なにやら暗躍していると思えば。お前という男は」


「冬将軍。俺はリーナス自由騎士団の団長だ。確かに、運良くその地位を拾ったことは認めよう。貴方やティトのように、優れた才覚がある訳ではない。けれども、だからと言って、それを言い訳にして諦観するような男では決してない」


 壁の魔法騎士は自分なり己の至らなさと闘っていた。

 先人を真似ることしかできない自分の不明を恥じ入り、しかしながら、それならそれと割り切って、最善を尽すことを選んだ。


 六鬼混合の術、それ自体も、彼が編み出しものではない。

 東の島国の陰陽術を使う者達の間で、禁術とはされながらも受け継がれてきたものだ。また、この陰陽術の神髄は、術の発動条件である六鬼の呪いを集めるところにあり、術の効果の強大さに対して術式それ自体の難易度はさほどでもない。


 いわんや彼のように才無き者が至れる一つの局地。

 最善を尽す。まさしくその言葉を体現するかのようないじらしいまでの行い。


 冬将軍も、弟子の思いがけないこの一手に思わず目を剥いた。


 その前で六つの柱に封じ込められていた鬼族の呪いが、今、壁の魔法騎士の掌の上に形を伴って顕現せんと渦巻いていた。禍々しい紫色の瘴気を振りまきながら、鬼の呪いは徐々にそこに異形の像を結んでいく。


 十二の手に十二の足、十二の目に口は一つ。

 鬼と呼ぶにしてもあまりにも禍々しい。陰陽術により煮しめられた鬼族の呪いは――まるで動物の胎児のようであった。背の丸まったそれがぼとりと壁の魔法騎士の手の中に落ちると、彼はその尾のようになった足をつまみ上げる。


「ヱヰ℃刕丫ン!!」


 異形の産声が宝瓶宮に木霊する。

 まるでこの世全ての不幸を呪うようなその低く重い叫びに、凍てつくような寒さの中だというのに、冬将軍の頬を冷たい汗が走った。


 ただ対峙しているだけだというのに、どうしようもない嫌悪感がその身を焦がす。

 これから壁の魔法騎士が行使しようとしている陰陽術が邪悪なものであること。そして、対峙している自分はもとより、その術を使う壁の魔法騎士にも恐ろしい肉体的負荷をかけるものであることは想像できた。


 雌雄を決する対決。

 お互いの矜持を賭けた戦い。

 にも関わらず――。


「やめよゼクスタント!! 鬼族の呪いを相克して喰らうなど、人の身には過ぎたる行い!! そのような技を使うのはよせ!! 死期を早めるだけじゃ!!」


 弟子の身を案じる言葉が冬将軍の口を衝いたのは仕方が無かった。

 しかし、その言葉に耳も貸さず、壁の魔法騎士。彼はつまみ上げた異形を口の上へと運ぶと、その大きく開いた口の中へと落とし込んだ。


「ヱヰ℃刕丫ン!!」


 呪いの産声と共に、壁の魔法騎士の口中へと消えた六鬼の魂の集合。

 あぁ、やったかと、冬将軍の顔色が蒼白に染まる前で、にぃと口元をつり上げて壁の魔法騎士はかけているサングラスを静かに揺らした。


「これで私の勝ちだ、冬将軍!!」


 その時である。

 強烈な煙が壁の魔法騎士の身体から拭きだしたかと思うと、あたり一面を覆い尽くした。冷気の中にあって、なお白いその煙幕に姿を隠され、壁の魔法騎士を見失った冬将軍。まずいと口走って、彼が氷柱を繰り出した時にはもう遅い。


 一匹の鬼が、煙幕を突き破り、氷柱を蹴って宙を舞っていた。


「……あれが!! 六鬼混合により生まれた鬼か!!」


「……アァアアアアア!!」


 身体は肌色、長い縮れた黒髪を振り乱し、瞳は緑色。

 逞しい身体は筋肉によって彩られている。しかしながら、その眼差しは寂しい。

 その悲しき鬼は、白い大地の上に立ち尽くすと、その顔を上げる。


 この作品にしては珍しい彫りの深い顔。

 これまで冬将軍が見てきた鬼のどれとも違う。

 あきらかに世界観の違うその姿に、絶句する間も与えず、再び鬼は咆哮を上げる。


「ヱ、ヱ、ヱヰ℃刕丫ン!!」


「くっ、なんという瘴気と闘気!! これが六鬼!!」


「……エイドリアァアアアン!!」


「言葉の意味は分からぬが、なんという悲壮な叫びよ!! 鬼の呪いの集合としてこれほど適切な姿があるだろうか!!」


 怯む冬将軍。

 生唾を飲み下すその姿に反して、読者の皆さんはもうお察しだろう。


 例によって例のごとく、これもパロディであった。

 いわずもがな、六鬼ロッキーであった。

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