第899話 壁の魔法騎士とプライド

【前回のあらすじ】


 男騎士たちがついに残り二階までと塔を攻略する一方で、残された仲間達。

 激闘に次ぐ激闘で倒れた彼らの中、一番最初に目を覚ましたのは――壁の魔法騎士。彼は、自分より先に塔を攻略しているであろう、男騎士たちを目指して再び塔の階段を歩みはじめた。


「はー、もう、無理、しんどい。はやくこんな所から帰って、家でふとっぷろ浴びてお酒とか呑みたい」


 なんか中年の社畜おっさんみたいな独り言を言いながら。


 そう、大陸の平和を守るリーナス自由騎士団。

 その騎士団長の席に座る責任は重い。


 壁の魔法騎士もまた働き盛りといえば聞こえはいいが、そこそこ仕事で責任ある立場に置かれたおっさんである。世界は違えど、ファンタジーといえど、そこはやっぱり、心の底に沈むような澱があるのは仕方なかった。


 どんよりマダ○ムーブを一人でかましながら塔を登る壁の魔法騎士。

 はたして、こんな彼が助っ人に現れた所で頼りになるのか。大丈夫なのか。


「あっ、ゼクスタントさん。よかった、無事だったんですね」


「……あぁ」


 とりあえず、咄嗟に猫を被る程度にはまだ精神的な余力はあるようだが、果たしてどうなってしまうのか。不安含みのまま物語は進むのであった。


◇ ◇ ◇ ◇


「はい。回復魔法と違って、血行をよくして体調を整えただけですが、これで少しは楽になるはずです。どうですか、ゼクスタントさん?」


「……うむ、まるで肩に翼が生えたような軽やかさだ。凄いな、これが超能力」


「なんだかだいぶお疲れのようでしたので。本当は回復魔法をかけられるといいんですけれどね」


 処女宮。

 一戦終わってまだ寝こけたままのデビルフィッシュ娘。

 そして、そんな彼女に付き添っている魔性少年。


 彼らと合流した壁の魔法騎士は――何故か肩を揉んで貰っていた。

 いや、正確には、超能力で肩の凝り、身体全体の倦怠感を除去して貰っていた。


 なぜか。


「いやー、けど、ほんと大変ですね。リーナス自由騎士団も」


「……いや、まぁ、世界の平和のためだから、な」


「それはそうですけれど、自分の身体も大切ですよ? 身体の健康は心からとも言いますし、あまり精神的なストレスを溜めないように気を付けてくださいね?」


 そう言われて赤面する壁の魔法騎士。

 全て知っているという感じの魔性少年。


 すまないと小声で謝るおっさんに、たははと苦笑いをする魔性少年。


 そう、ご存じの通り彼には超能力があったのだ。

 それはもう、強烈な超能力が。


 人の意思を読んだり、体調を見抜くことなどお茶の子さいさい。

 ほうほうの体で階段を登ってきた壁の魔法騎士に魔性少年。彼は、ちょっと疲れがまだ取れていないんじゃないですかとおつかれの中年男に声をかけると、その身体を超能力で癒やしてみせたのだ。


 超能力マッサージ。効かない訳がない。

 そりゃもう骨の髄から超能力により癒やされた壁の魔法騎士。

 見知らぬ人を前にして、腐抜けた姿は見せられないとばかりに顔こそ強ばらせていたが、内心はもう天にも昇るような心地であった。


 仕方なかった。

 血行が良くなり凝りがほぐれる。

 科学的な作用による身体のマッサージは、回復魔法より疲れた身体に効いた。


 そして、余計なことを何も言わずに、察してマッサージをしてくれる、魔性少年の優しさもちょっぴりと効いた。全体的に、壁の魔法騎士の人生には人の温かみが欠けていた。立場ある人間にしてもちょっと人間関係に疲れていた。


「……ありがとう。これで、とりあえずティト達を追える」


「そうですね。すみません、まだ、もうちょっと僕はデビちゃんが目覚めるまで待っていようかなと思います。デビちゃんが目覚め次第、すぐに後を追いますので」


「あぁ、それは別に気にしなくてもいい。ゆっくり来たまえ」


 と、格好を付けているが、知らない人と一緒に闘うのがちょっと怖いだけである。

 そういう無駄に人に対して壁を作る所が、結局回り回って彼の気苦労に繋がっているのだが――それが性分なのだから魔性少年としても何も言えない。


 その代わりに、そうだと魔性少年は指を立てる。


「ゼクスタントさんは土魔法の使い手なんですよね?」


「そうだが。まぁ、主に壁を使うので、壁の魔法騎士を名乗っているが」


「でしたら地形操作なんかも得意ですよね。もし、階段を登るのが辛いのでしたら、自分の乗っている床を魔法で移動させたら――なんてどうですかね?」


 その発想はなかった、と、壁の魔法騎士が目を見開く。


 鱗どころか眼球まで落ちそうな驚愕顔。

 思わず、それを提案した魔性少年の方まで退いていた。


 どうしてそれに気がつかなかったのだろう、と、壁の魔法騎士。


「そうだ、別に無理に歩かなくても、魔法で移動すればいいんだった。完全に盲点」


「あは、あははは」


「ありがとうコウイチくん、これで少し塔を攻略するのが楽になる」


「ほんと、あんまり無理しないでくださいね。周りの目があるから、それに合わせて歩かなくちゃいけないとか、そんなの無いですから。キツいときはキツいと言ってくれれば、それはそれで周りが合わせますから」


「あぁ、次からはそうさせてもらうよ」


 つまり、次はないからしないんだろうな。

 魔性少年は全て察した顔をしてまた苦笑いを浮かべた。


 超能力で壁の魔法騎士の不調を知ったと言ったが、それは嘘だった。


 上の階へと向かう螺旋階段での会話は直上の階にいる人間にそれはよく響いて聞こえた。壁の魔法騎士の独り言は、それはもう、恥ずかしいくらいに筒抜けだった。


 超能力ということにして、壁の魔法騎士の悩みを知ったことにしておく。

 彼の尊厳を守りつつさりげなくフォローしておく。


 なかなか世間慣れしていないとできない、それは高等な気配りだった。

 そして、そんな少年の心遣いにまったく気がつかない――ダメなマダ○の壁の魔法騎士であった。


 さっそく魔性少年に背中を向けて、魔法で床を動かす壁の魔法騎士。


 なるほどこれならばっちりだと、うねうね動く動く床に乗って、彼はフロアの中を動き回る。充分に、自分の魔法で座りながら移動できることを確認すると彼は――。


「それでは、行ってくる。君も、あまり無理はしないように」


「えぇ、まぁ、気を付けてください」


「大丈夫だ。これで体力温存できる。油断する余地もない」


「いえ、その、その格好を見られないようにというか――」


 無駄に格好付けてから、魔性少年の前から立ち去るのだった。


 壁の魔法騎士。

 リーナス自由騎士団の団長。

 一児の父にして、おつかれお父さん。

 最近ちょっと、肉体労働が辛くなってきた中年男性。


 彼にはいろいろと、守らなくてはいけないものが多いのだった。

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