第900話 壁の魔法騎士と師匠
【前回のあらすじ】
あいかわらずマダ○ムーブが止まらない壁の魔法騎士。
運動能力の低下したおっさんの悲しき哀愁を隠そうとして隠せず、ついつい魔性少年に気遣われる彼。
結局、彼に指摘されて、地形操作の魔法により階段を登らずに塔を攻略することにした壁の魔法騎士は、最後まで無駄に格好を付けて処女宮を後にするのだった。
歳を重ねるごとに男はプライドを着込んでいく。
目に見えないその鎧は、いつしか自分でも脱げぬほどに重たく、そして動きを制限するモノになる。それでも、一度着込んでしまった鎧を脱ぎ捨てることはできない。なぜなら、男達は自分たちがその鎧なしには、まともに生きて行くことができない弱い存在だと知っているから。
弱さを知っているから強くなれる。
そして、そんな弱さを知っているから、優しく出来る。
壁の魔法騎士と魔性少年のやりとりはまさしくそんな一幕であった――。
「……しょうもな」
文学的に言ってみたけれど、ただ単におっさんがマヌケというだけですものね。
仕方ないですね。
◇ ◇ ◇ ◇
「……長い、道のりだった」
という割には長くなかった。
動く床に乗ってスーイスイ。階段も楽に登って、フロアも突っ切って、一気に宝瓶宮にまでやって来た壁の魔法騎士は、動く床から降りるとため息を吐いた。
一応、こんなズルをしていることが仲間にバレると立場がないので、フロアに入る前には降りている辺りが姑息だった。ちゃんと自分のイメージを守らなければと、律儀にフロア前で魔法を解除し、降りているのがすこぶるマヌケだった。
その癖、フロアを出ると「ヒァウィゴー!!」とか、ちょっとテンション上がった声で言っている辺りが、もうなんというか本当にどうしようもなかった。
文句の付けようがなしにマダ○だった。
なんにしても。
ようやく壁の魔法騎士は、男騎士達が挑んでいる宝瓶宮へと辿り着いた。
途中、法王、ワンコ教授、新女王たちとも出会ったが――全員寝ているので、そっとその横を通り抜けて、宝瓶宮へと至った。
目の前にそびえ立つのは銀色の扉。これまでくぐってきたどの宮の門よりも冷たい色をしたそれに、そっと壁の魔法騎士が手をかける。
「ティトとモーラさんの姿はここまでなかった。また、途中で見た、触るな危険と書かれた剣を見るに、俺が寝ている間にティトたちが追い越したのは間違いない」
長い付き合いである。
筆跡で、それが誰が書いたものかくらいは分かる壁の魔法騎士。
磨羯宮に放置された特選エクスカリバーの文字から、男騎士たちが先行していることを彼は見事に見抜いていた。
その後もノリノリで「イヤッフー」と叫びながら階段を駆け上っていたが、そこはちゃんと見抜いていた。壁の魔法騎士、ただのマダ○ではなく、やる時はちゃんとやるできる男だった。
でなければ、リーナス自由騎士団の団長など務まるはずもない。
そして――。
「……!! この魔力反応は!!」
男騎士、そして、女エルフが気がつかなかったことにも気がつく。
彼は宝瓶宮の扉に触れたその瞬間に、その中に満ちている異様な気配を察知した。
それは、今までと違った意味で異様――絶対にあり得ないこと。
だからこそ男騎士は気づかなかったのかも知れない。
女エルフが気がつかないのは仕方ない。
だが、もしここが死者の都という先入観がなければ、男騎士ならば――壁の魔法騎士と同じリーナス自由騎士団に所属していた彼ならば、気づいておかしくない。
いや、気づかないはずがない。
壁の魔法騎士が再び蒼白に染まる。
すぐさま、彼は扉を開け放つと、宝瓶宮の中へと飛び込んだ。
はたしてそこには――。
「ティト!! モーラさん!!」
氷漬け。
氷柱の中に閉じ込められた二人の姿がある。
いや、男騎士については、どうも妙な格好をしている。
布面積が少しおかしくなったというか、体つきが少しふくよかになったというか。まぁ、細かい所は、氷の柱によって屈折していて分からない。
ただ、彼らがこのフロアの○金闘士に敗北したこと。
そして、このフロアの○金闘士が、壁の魔法騎士たちに因縁深い者であることは、とてもよく分かった。
壁の魔法騎士が奥歯をかみしめたその時――。
「
壁の魔法騎士の背後から、鋭い氷の槍が迫る。その殺気にすかさず身体を翻して、それを紙一重で躱した彼は、その魔法を放った相手の姿を見た。
それは、黒いローブを身に纏った老人。
白い髪を後ろになで付け、老人が年齢と共に獲得する温厚さをどこかに置いてきたような、冷たい表情をした男。
その名を――彼らは知っている。
「バカな!! どうして貴方がここにいる!! 冬将軍!!」
「ゼクスタントか。ティトといい、今日はよく見知った顔に会う」
リーナス自由騎士団軍師にして副団長。
そして、かつて男騎士とその姉、そして壁の魔法騎士を導いた師。
魔法使い、冬将軍が吹雪の最中に佇んでいた。
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