第897話 ど男騎士さんと魔力切れ

【前回のあらすじ】


 TS王たちの怨念が籠もっていた特選エクスカリバー。

 その剣に宿った呪いによりTSしてしまう男騎士。


 エルフの女騎士に変身してしまった彼。

 プレートメイルでは動き辛いと、服再生魔法ケンシロウにより衣服を整えれば、そこにはビキニアーマーに身を包んだ可憐なエルフ戦士が。


 女エルフよりもヒロイン力の高いその姿と仕草に、これはヒロイン交代かなという空気が流れる。いやいや勘弁してくれと言いつつも、いつも弄られていた女エルフの腹いせがここぞとばかりに男騎士を襲う。

 あれよあれよと、彼はどエルフの座を譲られてしまうのだった。


 ――本当にいいのかい、モーラさんや?


「いや、いいも何も、私も別に好きでどエルフどエルフ言われてる訳じゃないから。ていうか、流石に冗談だから……冗談よね?」


 さぁ?


 はてさて、まさかまさかのTSを果たしてしまった男騎士。

 このまま彼はこの作品のヒロインとなることができるのか。

 ポンコツな女エルフに代わって、真のどエルフになれるのか。


「真のどエルフになるってなに!? いや、そんな場合じゃないよね!!」


 はたしてどうなる!!


◇ ◇ ◇ ◇


 とりあえず、真のどエルフがどうこうという話は置いておくことにして。

 女になってしまった男騎士、そして、そんな状況をなんとか受け入れた女エルフと魔剣エロスは、どうしたものかと首を傾げていた。


 彼らの目の前に置かれているのは、男騎士を女体化させたアイテム。

 特選エクスカリバー。


「まぁ、呪われてる道具だから、ここに置いておくのが妥当よね、これ」


「いい剣には間違いないのだけれど、使う度にこんな感じに女になっていてはたまったものではないからな。とてもじゃないが使うことはできないな」


「コーネリアかリーケットがいれば浄化できるかもしれないけれど……」


 今はそんなことを言っている場合ではない。

 女修道士の命の刻限が迫っているのだ。

 彼女を救うために、このような些事に罹り煩っている場合ではない。


 とりあえず、置いていこう。

 そして、後からくる者達を混乱させないようにしておこう。


 女エルフと男騎士。呪われた男騎士が聖剣エクスカリバーを手に取ると、その刀身にすらりすらりと筆で文字を書き込む。


 この剣、さわるべからず。


 それをフロアのちょっと端――目に入りにくい場所に刺すと、彼らはこれでよしとため息を吐いた。とりあえず、喫緊の問題についてはこれでなんとかなるだろう。

 とはいえ、まだ問題は残っている。


「ティトのその身体だけがちょっと問題よね」


「うーむ、まぁ、流石に一時的なものだとは思うのだけれど」


「基本的に、この手の肉体変化系の呪いは、呪いをかけた相手の魔力が枯渇するまで続くからね。まぁ、ティトの魔力量はたいしたことないから、すぐに元に戻るとは思うんだけれども」


 どれくらいかかるかしらねと、女エルフが男騎士を眺めてまたため息を吐く。

 魔法に精通しているとは言っても、全ての呪いや魔法について詳らかにしている訳ではない。女エルフにも、今回初めて男騎士がかかるこの呪いが、どれくらいで解けるのかは分からなかった。


 ため息の理由は何も、彼の見た目の変化だけではない。


 鎧が着れなくなった時点でお察しだが――慣れない女の身体に変わったことで、男騎士はまともに闘うことができなくなっている。

 鎧を着こなせないのに、剣が振れる訳がない。


 いや、そこは彼が使う魔剣エロスがフォローするかもしれない。

 彼の変化した身体に合わせることもできるかもしれない。


 だが、それはそれとして、今まで通りの闘い方が出来る保証はない。


 ともすると――。


「一番厄介な状態異常をかけられたかもしれないわね、これ」


 女エルフがぼやいたとおり、ちょっとまずい状況かもしれなかった。


 このパーティ主力の、男騎士の女体化。

 そして、それに伴う、能力の無力化。

 塔の攻略目前におもいがけず陥ってしまった危地。


 はたして、男騎士達にこの困難を乗り越えることができるのか。


「これから上の階層、残す所はあと二つか……」


「宝瓶宮と双魚宮よね」


「上に向かうほど、強力な英雄になっている。ふむ、何かこう、法則めいたものがあればいいのだが、それも見えない」


「当たって砕けろっていうところが辛い所よね」


 なんにしても、こんな所で歩みを止めている場合ではない。


 男騎士と女エルフ。

 二人は再び肩を並べると、次の階へと続く扉を開いたのだった。


 再び続く螺旋階段。


 果たして、宝瓶宮に待つ敵は。


 刻を告げる鐘の音がまたしても塔に響く。


 男騎士達の記憶が正しければ五刻目である。

 まだ、半分以上のリミットを残しているが――。


「既にみんな、満身創痍。起き上がってくるかどうかの保証はないわ」


「あぁ、俺たちだけで、塔を登り切るくらいの気合いで行くぞ、モーラさん」


 油断禁物、されども、油断できるほど満足な状態でもない。

 歴戦の冒険者二人は、心を引き締めると女修道士が待つ塔の頂上へと再び歩み始めたのだった。


 その足下に、仄かな冷気が流れてきているのに、二人は気がついていなかった。


◇ ◇ ◇ ◇


 宝瓶宮。

 そこは一面白銀の世界。


 どこからともなく降り注ぐ白雪。

 その下で、黒いコートを着込んだ痩身の男が佇んでいた。


 糸目に銀色の髪。枯れた風情が滲み出るその男は、自分の髪とそう変わらない色のファーがついたフードの中で鼻を啜る。


 白い吐息が漏れれば、それを凍らせるように冷たい風が吹いた。


 ふと、老人は懐から紙を取り出す――。


「……ユリィ」


 それは特別な魔法により、人や自然の光景を焼き移したもの。

 こちらの世界の写真に近い技術により描かれたそれには、三人の若者の姿があった。一人は陰気な頬のこけた男。もう一人は、闊達そうだがどこか間の抜けた感じがする顔つきの男。


 そんな男たちに囲まれて、ショートヘアーの女性が老人の方を見ていた。


 室内に吹く風がひときわ激しくなる。

 それは降り積もった雪も、これから降る雪もかき混ぜて、男の身体を巻き上げるように襲った。はたして、そんな風雪の中に、男の姿は力なく消えていく。


 まるで、それは幻のように。

 雪降る世界に現れた亡霊のように。

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