第870話 どワンコ教授とドッグラン

【前回のあらすじ】


 ワンコ教授と新女王。

 パーティ後衛職の前に突如として立ち塞がったのは、超巨大アクティビティ。

 その名をPharao。


 子供達も大きな子供達も大喜びの、全力ガチンコアトラクション。

 それを前に何故かノリノリのワンコ教授。


「だぞ、冒険者には逃げてはいけない場面があるんだぞ!! そして、考古学者にも逃げてはいけない場面があるんだぞ!! 今まさに、人類の歴史を肌で感じることができるチャンスに、尻尾を巻いて逃げることはできないんだぞ!!」


「やっぱり楽しむ気満々じゃないですか!!」


 いつもは男騎士や女エルフの陰に隠れているワンコ教授がやる気満々。

 はたして、女修道士シスターの命を救うために、彼女は慣れない全力アトラクションに挑む。


 その結末や如何に。


 今週のどエルフさん、なんだかいつもと違うノリで始まります――。


◇ ◇ ◇ ◇


 地獄王家の谷、もとい二メートル弱ある溝に向かって駆け込むワンコ教授。

 慣れないそしてかわいらしい雄叫びを上げて、彼女はそこに向かい猛ダッシュ。

 そして、その小さな身体を翻して宙を舞った。


 頭脳働きがもっぱらメイン。

 いつだって、戦闘からは少し離れた所にいるワンコ教授。

 もちろん、時と場合によっては、自ら武器を取り、補助道具を用い、男騎士達の戦闘のサポートに回ることもある。

 けれども、基本的には後方待機要員。

 このようなアクティブな活躍は期待されていない人材である。


 はたしてそんな冒険者として落第点――とはいえ時にその頭脳が局面を打開することもあるが――な彼女に、深い溝を跳び越えることができるのか。


「さぁ、その小さな身体を揺らして、お嬢ちゃんが飛んだー!!」


「おぉーっと、これは!!」


「えぇっ!? ケティさん!?」


 しかし、そんなワンコ教授のこれまでのパーティ内での立ち位置を否定するように、華麗な跳躍を彼女は決めた。


 二メートル弱の距離などなんということはないという感じ。

 軽々と宙を舞ったその身体は、崖の縁を大きく越えた所に着地した。


 誰もが、えぇっと、声を上げる。

 新女王も、蠍の王スコーピオンキングも、実況のアヌ○スもオシリ○も、ワンコ教授が見せたその鮮やかな跳躍に目を剥いていた。


 そんな驚きの視線を浴びながらワンコ教授――。


「だぞ!! たーのしーだぞ!!」


 彼女は見事な吉崎○音フレンズ顔を返したのだった。


 そう、すっかりと彼らは失念していた。

 目の前の少女が、獣の要素を持つキャラクターだということに。


 獣人けもの○ンズだということに。


 本来、獣人は人間よりも優れたフィジカルを持っている。


 野生の力とでも言うべきだろうか。

 彼らは、その外見的に受け継いでいる獣の特性を取り込み、超人染みた運動能力を局所的に発揮するのだ。


 例えば、牛や獅子のような、猛獣の獣人であれば戦闘力。

 例えば、馬や鹿のような、健脚の獣人であればすばやさ。

 ゾウやカバなどが防御力。


 とまぁ、そう言ったように、獣人であることは、彼らにとってさまざまな恩恵を与えるのだ。


 そして、今、ワンコ教授はその本来の獣人としての力を、この一大アクションアクティビティPharaoでついに開花させた。


 犬の獣人は、一般的には戦闘力とすばやさという二つの能力に長けていることで知られている。しかしながら、それはあくまでごく一般的なくくりだ。

 故に、今まで彼女は先頭において、その能力を発揮することはなかった。


 そう、ワンコ教授の中に流れている犬の獣人としての血。

 それは、戦闘の中では決して目覚めることのない特殊な血。


 このようなアトラクションで初めて発揮される、いや、活性化されるものだった。


「だぞ!! 次は輪くぐりなんだぞ!! 左右に揺れている輪の中をジャンプして、進むんだぞ!! これは楽しそうなんだぞ!!」


「おぉっと、成人男性でも結構戸惑ってしまう振り子の輪の中を、まるでなんでもないようにくぐっていく!! 越えていく!! なんという動体視力だ!!」


「しかもすごく良い笑顔してますね。楽しんでますよ彼女」


「だぞ!! この巨大なボールに乗っかって、水の上を渡ればいいんだぞ!? 大丈夫なんだぞ、こういうバランスを取る遊びは、僕は得意なんだぞ!!」


「これまた凄い!! ボールを華麗に足で捌きながら、見る見ると目的地へと進んでいく!! まったく無駄がない一直線!! 最短コースだ!!」


「バランス感覚がいいとかそういうレベルじゃないですね? 曲芸とかやってたんでしょうか? というか、大人も大慌てなアトラクションが、もはや子供の楽しい遊び場状態で、なんも言えないですよこれ?」


 もうほんと、そんな感じ。


 待ち受ける大人もちょっと戸惑うアトラクション――おそらく男騎士や女エルフであれば、途中で脱落しているだろうそれを、いとも簡単に突破していく。

 過去に何人もの屈強なチャレンジャーを退散してきた、至高のトラップを難なく突破していく姿は、まさしく神童。

 トップアスリートのそれ。


 これがワンコ教授の中に眠っていた血。

 インテリ後衛職と思われた彼女が隠し持っていた才能。


 人の度肝を抜くようなその身体能力。

 しかし、そこはかとなく漂う既視感。


「さぁ、中盤の一大トラップ、スライダージャンピング!!」


「二つの鉄パイプのレールにかかっている棒。それにぶら下がりながら、対岸まで移動する。さらに、対岸への乗り移り際にジャンプしなくてはいけない難易度AAのこれを、はたして突破することは――」


「だぞ!! こんなの――朝飯前なんだぞぉー!!」


「「飛んだー!!」」


 そう、それはまさしく、ワンコが喜び庭駆け回るアレ。

 幾多のアトラクションを突破して、その時間を競ったりする競技。


 愛犬家ではないがやんごとない家柄故に犬は飼ってた新女王だけがそれに気がついた。これはあれだ、飼い主よりも犬の方がテンションアレになっちゃって、結構めんどうくさい競技――。


「完全にドッグランですわ……」


 犬が障害物を突破する奴。

 休日の河川敷とかでやられてる奴。

 カジュアル層からガチ層まで幅広くお楽しみできる奴。


 そう、ワンコ教授には――ドッグランの才能があったのだった。

 彼女の中に流れる獣人――いや、狗の血は、ここ、いろいろなトラップが仕掛けられている、アトラクションにおいてその真の力を発揮するのだ。


「だぞ!! たーのしーい!! なんだぞ!! だぞ!!」


 またしても満面の吉崎○音フレンズ顔で叫ぶワンコ教授。

 野生解放。どうやらこの勝負、予想以上に彼女にとって有利な勝負らしかった。

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