第825話 ど男騎士さんと立ったまま去る

【前回のあらすじ】


 課長ティト耕作見参。

 女エルフと総合商社営業部道化のあぶないやりとり。あわや、幻想とはいえヒロイン寝取られかと思われたその時、颯爽と現れた男騎士。しかしながら、彼はとても紳士とは思えない格好をしていた。


 上半身裸のワイルドビジネスマンであった。


 はたしてこんな男に部長なんて役職が務まるのだろうか。

 不安に思う総合商社営業部道化に、男騎士が迫る。

 そう、まるで誘うように、彼は総合商社営業部道化に後ろからにじり寄り、腰から自慢の愛剣を取り出したのだった。


「ほら、みてごらん、俺の営業成績がビンビンだ」


「なんでワシ、こんな役回り」


 最低のセクハラであった。


◇ ◇ ◇ ◇


「くはっ!! はっ!! はっ!! はっ!! 今のは、夢!!」


 目を覚ました殺人道化が辺りを見ますと、そこはまたオフィスであった。

 しかしながら、少しばかり様子が違う。


 彼の前に置かれているのは、軽量な作業ができるノートパソコンではなく、重ための処理もまかせろなハイスペックデスクトップPCだった。


 いったいどうして、こんなものが。

 そもそも、自分は総合商社で営業マンをしていたはずではなかったのか。


 目の前のディスプレイが二つ。

 デュアル表示されたそこには、ソースコードの羅列が並んでいる。

 どうやら、バージョン管理システムを使って、今回追加実装した部分を確認しているらしかった。


 いや、なぜだ。と、殺人道化。


 まるで自分が、最初からこの仕事をしていたような、そんな感覚に、彼は目眩を覚える。ついさっきまで、彼は営業マンだったのだ。

 なのに、これでは――。


「どうしたの、ペニ○・サイズくん。何か分からないソースコードがあるのかしら」


「……モーラ主任!!」


 そして、また、女エルフの主任がやってくる。

 今度はさっきの商社での仕事とは違ってカジュアルな服装。

 ゆるふわ、パステルカラーのワンピースを着た彼女が、うぅんと、殺人道化――あらためデスマーチ道化の画面を睨んで唸った。


 なるほど、と、言う彼女の声色は重たい。


「ロールバックしちゃってるわね。これ、どこのリポジトリから取ったの?」


「すみません、一月前のリポジトリから取得したソースコードで実装していたんですが、割り込みがあって。いつまでも僕がチェックアウトしているといけないからと、すぐに戻したんです。そしたら、まさかこんなに変わっているとは思わなくて」


「なるほど、それで手動マージしたら、余計なコードまで追加しちゃったと」


「……はい」


「変更前のソースコードもちゃんと用意して、そこから差分を抽出するべきだったわね。よし、ちょっと貸してみて。もしかしたら、フォーク先から変更前のソースを抽出できるかもしれないわ」


 そう言って、また、女エルフがデスマーチ道化の前に出てくる。

 やはりこの世界でも、彼女は自分に優しくしてくれるのか。


 もはやこれは運命ではないのか。

 そう、思った時――。


「実機デバッグ終了したぞ!! いやぁー、久しぶりの本社だよ!! みんな元気にしてたかい!!」


「課長ティト耕作!!」


「出た!!」


「いやー、先方さんが俺じゃないと実機デバッグやらないっていうから、仕方ないよねー。課長なのに、駆り出されるのほんとしかたないよねー。およ、もしかして何かトラブル?」


 そう言って、またバーバリアン男騎士が、女エルフとデスマーチ道化の間に入り込む。

 彼は、女エルフと違って、一目でそれの問題を看破すると一言。


「まずいな、こいつはなかなか長丁場になりそうなやらかし案件だ。俺のプログラマーとしての○ンがビンビン言ってるぜ」


 そう言って、腰の魔剣をこれ見よがしに見せるのだった。


「ビーンビンビン。ビーン。ビンビーン」


◇ ◇ ◇ ◇


「くはぁっ!! いったい、これは、なんだったというんだ!! というか、今度はどこ!!」


「馬鹿野郎死にてえのか!! はやく甲板の手すりにつかまれ!!」


 また場面が変わる。

 それまでのオフィスから一転、そこは船の上。

 それも遠洋漁業をしている、大型船の甲板の上らしかった。


 激しく飛び交う水しぶき。

 滝のように降ってくる雨。

 現状把握が間に合わず、目をしばたたかせるばかりの殺人道化――もとい、マグロ漁師道化。


 彼は今、自分がとんでもない環境に置かれているのだということに気がつき、愕然とすると共に、すぐさま緊急回避行動に移った。


 どこか、どこかに掴まらなくては。


 大時化の船の上、もし、身を海原に放り出されれば命はない。

 助かるために、藁をもつかまなければいけないシーンだ。


 そう思った彼は、とにかく何か自分の身を固定することができるものはないか、辺りを見渡した。


 しかし、時、すでに遅し。


「ペニ○・サイズ!! 揺れるぞ、早く捕まるんだ!!」


「うわぁああああああ!!」


 女エルフのつんざくような声に、合わせてマグロ漁師道化の叫び声が響く。

 しかしながら、嵐に波打つ水面の中にその叫びは、無情にもそれを発する身体ごと飲み込まれようとしていた。


 甲板からはじき出された道化師に波が迫る。

 すわ、これまでか、そう思ったその時。


「これに掴まるんだ!! ペニ○・サイズ!!」


「あ、貴方は!!」


 そう、そこに待っていたのは、他でもない。

 相変わらずのバーバリアン。

 上半身裸。

 ねじりはちまき。


 腰にはそう、あの、名刀――エロス。


 彼こそは、間違いない。


「「課長ティト耕作!!」」


「課長に不可能はない!! おうりゃぁっ!!」


 そう言って、伸ばした魔剣の柄が、ペニ○・サイズの目前に迫る。

 それを握り返せば、助かる。


 だが、それより、前に――。


「なんだよ!! 課長ティト耕作って!! なんでマグロ漁船にも出てくるんだよ!! どうなってんだよこの世界観!! おかしいだろ、課長ティト耕作!!」


 古に歌われた偶像英雄。

 彼が音を上げる方が少しばかりだが早かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る