第811話 どエルフさんと双子

【前回のあらすじ】


 男騎士と壁の魔法騎士、揃って行方をくらます。

 男二人が何も告げずに人の前から姿を消すなどその理由は言うまでもない。

 そう、本文中では女エルフたちのことを気遣い触れなかったが――。


 ツレションである。


「まったく仕方がないなぁ、男どもは」


 と、勝手にいなくなった男騎士たちを気にも留めず、自分たちだけでこの階層の試練をクリアしようとする女エルフたち。

 それがそもそも、この惨劇の始まりであった――。


◇ ◇ ◇ ◇


「……ここは!?」


 女エルフが目覚めると、そこは石造りの神殿とは程遠い小奇麗な場所であった。

 敷き詰められた羅紗の絨毯。等間隔に配置された嵌めガラスに両開きの窓。夜になれば十分に視界を見渡すことができるだろう多くの燭台。


 そして、延々と続く窓と反対側にある扉。


 洋館を思わせるそこ。しかしながら、それは女エルフが一度も見たこともなければ入ったことのないような場所であった。


 白百合女王国は新女王の城でもこのような清潔感はなかった。

 中央大陸連邦共和国の騎士団庁舎など言うに及ばず。

 さらに、世界宗教総本山である教会本部も凌ぐ。


「なんて綺麗な場所。ずっと住んでいたいくらいの立派なお館」


 そう漏らして、はっと女エルフ。自ら口を塞いだ。


 間違いない。

 彼女が抱いたその感情は、この階層に潜んでいる英雄が仕掛けた心理作戦によるもの。つまり、みすみすと敵の手中に自分が落ちているということ。


 そうはいくものかと女エルフ。

 男騎士と違って知力が高く、精神攻撃やらなにやらに強い彼女は、すぐさま精神強化の魔法を使って自信をガードした。


 精神攻撃に対する防御力――すなわち、ちょっとやそっとのことでは驚かなくなった彼女は、氷の表情でその場に立ち上がる。


「どういう理屈か分からないけれど、皆とはぐれてしまったみたいね。すぐに合流しなくっちゃ」


 魔法の効果もあるが冷静沈着。

 この事態を即時解決するほどの知識は持ち合わせていないが、そこは頭脳働きメインの女エルフである。予期せぬ状況に淡々と対処していく。


 まずは仲間との合流。

 そう思って、彼女は廊下の突き当り――白い壁の見えるそこに向かって少しずつ歩き始めた。


 身体に違和感は感じない。

 どうやら、変な館の中に飛ばされた、あるいは幻覚をみせられているのは間違いないが、それ以外に敵から攻撃は受けていないらしい。


「とはいえ、混乱させるのには十分な魔法よね。ケティは頭はいいけれど、こういうハプニング的なのには弱いし。リーケットも、なんだかんだでまだ子供っぽい所があるし。エリィについては――まぁ、ちょっと、あれだからね」


 パーティ一の年長者として自分がしっかりしなくてはいけない。

 そう思って、女エルフが握りこぶしを作ったその時である。


 稲光が、彼女のいるすぐ隣――窓の外に落下した。


 轟音に館が揺れる。


「きゃぁっ!!」


 驚くまいと誓った矢先ではあるがこれは仕方ない。

 自然現象である。


 それに声を上げるなということの方が酷というものだろう。


 しかし――。


「……え?」


 恐怖は雷の後に、遅れて彼女の身を襲った。

 雷光が館を明るく照らし出したその瞬間。一瞬、視界の向こう――突き当りの白い壁に、何者かの影が映ったのだ。


 自分の影とは違う。

 しかも、二つの影。

 仲良く並んだその影は、女の姿をしていた。


 ように思える。


「……錯覚?」


 しかしその姿は雷光が館の中を照らし出したその瞬間しか確認することができなかった。今はもう、前にその影を確認することはできない。


 精神強化魔法により、この手の心理的揺さぶりには動じないようになったはずだが、思いがけず女エルフの肌が粟立つ。

 かすかにふるえた右腕を抑えて、大丈夫と自分に言い聞かせたその時。


 また、雷が、彼女の近くに落ちる。


 それと共に――


「……あっ!? 嘘!? いや、嫌ぁッ!!」


 今度は影ではなく、ありありと人の姿が現れる。


 淡い水色のワンピースにフリルのついた純白のエプロン。

 黒革のローファーを履いて、ちっちゃなリボンが付いたソックスに足を通す。

 金色の長い房を、編み込んで揺らしたそのシルエットは、仲良く同じ背格好をして肩を並べている。


 そして、女エルフの方をじっと見ている。


 その表情、その瞳、その身体つきに――。


 女エルフは見覚えがあった。


「ティト!! ゼクスタント!! あんたら、なにやってんのよ!!」


「も、モーラさん!! よかった、無事だったんだな!!」


「どうやら驚かせてしまったようだな。すまない、俺がついていながらこんな事態になってしまって。本当に、すまない」


「いや、と言いつつ、だったらなんでそんな格好のままなのよ!! 着替えりゃいいでしょうよ!! そんなフリフリ衣装!!」


 そう、ツレ〇。〇でいなくなったと思われた、それは男騎士と壁の魔法騎士。

 二人は、まるで少女のような服を身に着けて、女エルフの前に現れた。

 再び、雷鳴が館に響く。


「脱ぎたくても、替えの衣装がないんだよ、モーラさん!!」


「私たちだって、こんな格好、したくてしているわけじゃないんだ、モーラさん!!」


「いや、お前らいっつもノリノリで女装してるじゃろうが!! それにしたって、今日の格好はひどいぞ!! 鏡みたんかい!!」


「鏡を見なくても自分たちがどういう状況くらいわかる!!」


「とってもキュート&ハニーで、お姉さまたちが卒倒寸前!!」


「そう、二人は――オジキュア!!」


「くだらねーこと言ってないでさっさと服脱げこのバカたれども!!」


「「いやぁーっ!!」」


 男騎士と壁の魔法騎士。

 二人の服をひっぺがす女エルフ。

 なんというか、精神系の妨害魔法とかよりも、こいつらの格好の方が毒だ。

 そんな感じで、彼女は男どもが着ているパステルカラーの少女服を、力任せにはぎ取ったのだった。


「やめて!! モーラさん!! 乱暴にしないで!!」


「あぁん、やめてお姉ちゃん!! そんな、ひどいよ!!」


「気色悪いこと言うな!!」


「「流石だなどエルフさん、さすがだ」」


「うっせー!! 今回ばかりはお前らが十割悪いじゃろうがい!!」


 十割悪かった。

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