第773話 ど道化さんとセブンカース
【前回のあらすじ】
打って変わって、因縁の対決に剣戟を散らす青年騎士と元第三騎士団長。
男騎士より盗んだ技――バイスラッシュで肉を削り、ついにかつての上司である元第三騎士団長を追い詰める青年騎士。
最後に繰り出した、騎士としてのすべてを籠めた元第三騎士団長の一撃さえも凌いで、青年騎士。
彼は目の前に立ちはだかったかつての仲間を一刀両断するのだった。
覚悟でもなく、運でもなく、気迫でもない。
戦士としての純然たる技量が、元第三騎士団長を上回った。
「ロイ、ド……。俺、は、どこ、で、道を、まち、がえ、た……?」
「ヴァイス騎士団長。貴方の屍を越えて、俺は行きます」
はたして、戦士として一つ成長した青年騎士。
彼を乗せて、戦いという名の航海はまだまだ続く――。
◇ ◇ ◇ ◇
元第三騎士団長との激闘の余韻もないまま、すぐさま青年騎士は剣の先を次の相手へと向ける。
倒すべきは、
そして、暗黒大陸の使者たる者。
月面をつけた道化である。
目の前の元上司を冥府魔道に叩き落した彼女に沸き起こる怒り。
青年騎士は万力の如き力で剣の柄を握りしめると、奥歯を噛み締めて咆哮した。
「ジェレミィ!! 次は貴様だ!! 我が秘剣の露と消えろ!!」
しかし――。
その慟哭は、突然の、光の奔流の仲へとかき消された――。
そう、天より降り注ぐ、七光の中に。
◇ ◇ ◇ ◇
「
道化はそう言って、その柔肌を露にする。
その肩には、からくり侍と同じく、まがまがしい模様が刻まれている。
獣を彷彿とさせるその模様はしかし、現存する文字のどれとも違うが、けれどもそれとはっきりわかる、数字が刻まれていた。
道化の肩に宿るは六。
そして、からくり侍の肩に宿るは四。
その模様は、まるで共鳴するように、彼女たちの肌の上で蠢く。
人間の肌の上に現れた模様でしかないそれが生命の如く蠢くその様は、まさしく異様にして神秘、あるいは恐怖。
おおよそ見るものすべてに、根源的な恐怖を抱かせるそれは、怪しく輝いて今その力を、この世に顕現させようとしていた。
「人が神を殺そうとするとき、また、神も人を殺そうとする。これはそう、再び神代を取り戻すための戦争であれば、人と神を別つための儀式。ならば、世界を隔てた境界を破りて来たれ、神の下僕たる七悪。六なる我の罪の名は
天が裂けて宙がひっくり返る。
人々が見上げた星は消え、神代の帳――まだ天地を神が支配して、人がその手の中であやされている時代が再顕現する。
既に定められた、人の世の理を引き裂いて、七つの光が降りれば、それはからくり侍の身体へと吸い込まれるように降り注いだ。
流星が彼女の身体を焦がす。
絶命の絶叫など生易しい。
無限の業火に焼かれるが如き、諦念さえもかき消す怨嗟の声が海を渡れば、割れた宙は再び人が見たものへと変わった。
しかし、ここに、神代よりの使者と呪いは降り立った。
からくり侍、その体がはじけたかと思えば、中から裸の女が姿を現す。
瞳は赤、踵まで伸びる黒髪に、獣のような破れた衣服。
手元を覆った黒いグローブには黒い靄が立ち込めている。
その靄は静かに渦を巻き、何かを虚空へと吸い込んでいる。
七光の余韻に、人々が目を瞑る中、一人――
「目覚めましたか、
「……忌々しいかな、
「そこな当世の大英雄より二百年前。古き大英雄スコティが、神殺しの免状を七柱より受けたときより、私はこの世に顕現していた。奇縁から、スコティは神を殺す役目を果たせず、神殺しの呪いにより剣に魂を乗り移らせることになりましたが」
「……なるほど。で、あれば、私が殺すべきは当世の大英雄ということですかな」
然り。
道化師が嗤う。
ようやく視界を取り戻した、パイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコムのメンバーたち。つい先ほどまで、仲間だったはずのそれを見つめて彼らは、自分たちとは次元の違う、邪悪な力が迸る様に絶句した。
「……だぞ、これはいったいどういうことなんだぞ!!」
「
「どういうことなんです!! 魔神の血脈も、魔女ペペロペと比べるのもおこがましいとは!! 私たちのこれまでの戦いを、否定するようなその言い分!! ちょっと聞き逃せませんね!!」
怒る、男騎士パーティ。
しかし、そんな彼女たちに向かって、目覚めた黒髪の女――黒の魔女は赤い瞳を向ける。渦巻く手を差し出して彼女は、重い声色を奏でた。
それは底冷えするほど冷ややかで、ありとあらゆる熱を奪うよう。
「識る必要はない。なぜならば、其方たちはここに灰燼と消える運命ならば、神に抗う者にあらず。神を殺す者でなければ、我らに傷をつけるに能わず。すなわち、ただの人に我らを倒すこと叶わず」
「まぁ、詳しく申しますと、絶対障壁というものがございましてねぇ。これを破ることができるのは、神殺しの資格を持った大英雄だけなんですよ。えぇ、世界システム、ご存知ないですよね。えぇえぇ、教会でさえも、この秘蹟には触れていないのですから」
では、消えよ。
黒い光。
すべてを吸い込む極彩が弾ければ、それが男騎士パーティに降り注いだ。
直視する死。
それは、より濃厚な、不可避の死の具現以外のなにものでもなかった。
嘆く時間も、苦しむ刻も、離別の泪も、与えはしない。
死の闇が、彼女たちの命を刈り取るべく鎌首をもたげた――。
◇ ◇ ◇ ◇
「冥府神ゲルシー!! お願いします!! 我が身、我が魂を貴方に捧げます!! ですから私に、神に抗う力をお与えください!!」
「……ならぬ」
「このままでは!! このままでは皆が!! どうか、どうか私にご慈悲を!!」
「小娘、侮るな。この冥府神ゲルシー怠惰・怠慢・三職昼寝を裏切らない健康第一ののんびり神。いまからいったってまにあいませんよ、あきらめましょう」
「そんな!!」
「とはいえねぇ、ちょっとかわいそうだ。そうだそうだ。ライダーンさんところから食客にと預かった、眷属神にして煉獄を統べる彼ならば、なんとかなるかもしれません。ということで、どうですか悪魔神――ナッガイ? 彼女に力を貸してあげるというのは?」
ここは地獄の三丁目か二丁目か。
緩い顔した奴らが、魍魎たちとどんちゃん騒ぎ。
そんな地獄の釜の底。
ベレー帽がこの世で三番目に似合う神様は。
「……けっこう!!」
と、女に言った。
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