第756話 ど男騎士と父にされる

【前回のあらすじ】


 クリスマス熱に罹患した女エルフ。

 彼女からはいつもだったら存在する冷徹なツッコミ心――またの名を羞恥心が蒸発してしまっていた。


 その原因は、クリスマスに浮かれる気持ち。

 つまるところクリスマス熱という病気にかかってしまっていたからだ。


 聖なる夜に親しい者とイチャイチャしたい。

 そう逸る心に罪はない。


 いい歳していても男と女、揃ってしまえばそうなってしまうのは仕方がない。

 ちょっと雰囲気にもこだわるし、変な方向にテンションも行ってしまう。


 そう、行ってしまうのだ!!


 なお筆者は無能童貞彼女ナシの時代(ハードモード)が人生ずっと続いているので、完全にここは想像である。変なテンションになるのかは、君たちのパパとママに聞いてくれ、どちくしょうが。


「なんでクリスマスでもないのに荒んでるのよアンタ」


 ――最近ね、残業かクソ多くて死にそうなんですよ。


「……あぁ、なるほど」


 はたして筆者の貧弱な体は仕事に耐えられるのか。

 また無職になってしまったねkatternさんにならないのか。

 いや、割とそうなる未来は近いぞ、どうするkatternさん。


 そんなことよりも。

 飢えた狼となった女エルフと赤バニからくり娘。

 二人の婚期に焦った女たちが、男騎士に迫る。


 はたして、男騎士はどうなってしまうのか――。


◇ ◇ ◇ ◇


 海の上で正座させられた男騎士。

 どうして自分がこんなことになっているのか。

 なんで女エルフたちに囲まれているのか。


 というか、二人で殴り合いのド突き合いが始まる流れではなかったのか。


 どうにも妙な流れに居心地悪く肩を狭める男騎士。

 そんな彼を前に、自信満々――まるで平成初期のOLドラマみたいに胸を張った女エルフと赤バニからくり娘がみつめる。


 これからいったい何が始まるのか。

 もはや問うまでもなく、トンチキであることは分かり切っていた。


「ふっ、では、どちらがこのウワキツ好きの変態を満足させることができる真のウワキツヒロインであるか、はっきりさせようじゃないの」


「望むところよ!! ダーリンは渡さないんだから!!」


「……もうなんというか、展開が既にキツい」


 バトルが始まるんじゃなかったのかと、青い顔をする男騎士。

 そしてそれを見守る彼の仲間たち。


 女エルフの登場により、場で際立っていた赤バニからくり娘のうわきつ力が相殺された今、全員が正気を取り戻した中で――。


「チキチキ!! どっちがティトの嫁!! プレゼンシチュエーション大会!!」


「うぉぉおおおおおおおっ!!」


「……モォヤダァマヂムリィ」


 謎の大会が繰り広げられようとしていた。


 GTRどこ行った。

 もはや、倫理のタガが外れてしまった危ない女たちに完全に乗っ取られる形となったレース大会。


 女エルフに向けられる視線は厳しい。


 しかしながら、そんなことでひるんでいたらウワキツなんてやっていない。

 そもそも、どエルフだなと言われていない。

 赤バニだって着ていない。


 鋼のメンタルで武装した女二人には、そんなものはそよ風のようなものだった。


 それはさておき。

 プレゼンシチュエーション大会とは何か。


「ルールは簡単!! ここに居る、ちょっと年齢高めの女が好きという性癖こじらせ男騎士を、どちらがドキドキさせれたかで決着をつけるわ!! 各々、自分が最高にロマンチックだと思うシチュエーションで彼に迫る!! いいわね!!」


「なるほど、つまり、乙女力が試されるってことね!! いいじゃないのよ!!」


 乙女力とは。


 そんな語彙を腹の底から引っ張り出してきている時点で、何かいろいろ死んでいるのではないだろうか。


 そんな不安が男騎士の脳裏をよぎる。

 男騎士でなくても脳裏をよぎる。


 これから見せられるのは果たして地獄か、それとも質の悪い喜劇か。


 質の悪い喜劇は悲劇と変わらない。

 そんな不安に、ざぁと観客を含めて皆が黙り込む中、先手は貰ったわよと前に出たのは赤バニ娘。


「ふふっ、最高にドキドキするシチュエーション、思い知らせてあげるわ。だから、安心してねダーリン。私が絶対に勝ってみせるから」


「いや、そんななれなれしく言われても。そもそも会ったばかりだというのに」


 男騎士のいつになく冷静なツッコミ。

 それを無視して、なにやらごろりとその場に転がるウワキツ赤バニからくり娘。勝ちに来たはずではと、皆が不振に思う中。

 彼女はお腹を抱えてそのままブリッジを決めるのだった。


 あまりに、あまりにも見事な一人ジャーマン。

 それだけではない。


 空気を吸い込んで膨らんだ腹。

 いきんだ顔。

 そして、鬼気迫る感じ――。


「……うっ、産まれる!!」


「何が!?」


 妊婦であった。

 赤バニからくり娘。まさかまさかの選んだシチュエーションは、この世に愛の結晶が生れ落ちるその瞬間であった。


 この鬼気迫る感じ。

 新しい命を無事にこの世に生み出さんと、気を張る女の心意気。

 この世にこれ以上に美しいものがあるだろうか。


 間違いなく彼女の渾身の妊婦物まねは、この世の真理の一つ――人間が最もドキドキとするその瞬間を切り出していた。

 見事な演技であった。


 しかし。


「どう、ドキドキしたかしらダーリン!!」


「違う意味でドキドキしたわ!!」


 ドキドキの質が本質的に違う。

 愛する女性に求めるドキドキにしては、ちょっと重たいというか、ビターな感じの奴。こっちも本気で向かい合わなくてはいけないドキドキに、思わず声を荒げずにはいられないのであった。


 男騎士、父にされる。


「……お願い、認知してよー!!」


「だから、違う意味でドキドキする台詞はやめてくれ!!」


 生命の誕生よりも、ヤバい女に絡まれた感が強いそのシチュエーションに、男騎士の鋼の心臓もちょっと早鐘を打ってしまうのだった。

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