第715話 どエルフさんと店主の気遣い
【前回のあらすじ】
第三レースを前にして、海賊船の甲板の上で気を引き締める男騎士たち。
はたして小野コマシスターズの猛攻を潜り抜け、このGTRを無事に遂げることができるのか。そして、冥府島にたどり着くことができるのか。
などと心配することはない。
男騎士たちは過去に何度も、この程度の危機は乗り越えてきたのだ。
今回もまた、知恵と機略――はないけれど、胆力と度胸で乗り切ってみせる。
そんな気概をパーティーメンバーが見せたところに――。
「…………」
不用意な沈黙。
からくり艦隊これくしょんに情報をリークした青年騎士。不器用な彼は、昨日の彼女たちとの接敵を前にして、心ここにあらずという反応をしてしまった。
そんな彼に
「おーっす!! お前ら、繰り上げ一位とはうまいことやったな!!」
久しぶりの店主こと謎の大陸商人Xが姿を現したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
謎の大陸商人Xは今日は一人で来ているようだった。
なにせ、トップ差4時間である。
第一レースでも随分と遅れてのゴールだったが、第二レースもまた随分と遅れた。もはやこの調子で行けば、逆転の目はないだろうというほどの圧倒的な出遅れは、逆に彼にレース前の緊張をほぐす効果を与えたようだ。
それでなくてもギルドマスターの素質を持つ男。
彼の登場によりなんとなくではあるが、男騎士たちの船の空気は明るいモノへと変わった。
どちらが優れているという訳ではないが、この場は法王よりも店主の方がそれが勝ったようだった。
さて――。
そんな陽気なおっさんに、辛辣な視線を向けるのは他でもない。
いつもいつも、無駄に酷い目に合わされている人物――女エルフである。
今この大事な局面で、どうしてでてきたという感じに、彼女はねっとりとした視線を店主へと向けた。
「ちょっと、なにひょっこりと顔を出してんのよ。一応、アンタと私たちは敵同士でしょ」
「大丈夫大丈夫。もうなんていうか、この大会の裏に潜んでいる意図――ムッツリーニの野望については勝の爺さんから聞いているんだろう?」
「……ふへ?」
「なぜそれを?」
「ふふっ、鳩が豆鉄砲喰らったような顔しなさんなや。モーラちゃんもティトもよう。だはは、それくらい耳ざとくなくちゃ、俺ら商人なんてやってられない。情報ってのはよう、何よりの商材だからな」
破顔一笑、男騎士たちが抱えている事情を言い当てて見せる店主。
相変わらず器の計り知れない男である。
男騎士は自分とはまた違う人間としての深さを持ったこの男を、あらためて恐ろしいと思った。
一方、女エルフ。
どうしてそういうろくでもないことには気が巡るのかと渋い顔をする。仕方がない、彼女は彼のせいで、さんざろくすっぽな目にあっていないのだから。
「それで、何の用。ご愁傷さまとからかいに来たわけ。それともなに、ここから捲ってやるぞという決意表明かしら。なんにしても、アンタが顔を出すなんて気味が悪いことはないわ」
「おいおい辛らつだなモーラちゃん。なんでそんなに俺に対して冷たいのさ。つれないなぁ、なじみの店主だろ」
「……お前などと馴染みになぞなりたくなかったわよ!!」
と、女エルフが怒鳴った所に、すっと店主が手を差し出す。
完全に虚をつかれたらまさしく一手。
またしても無様な沈黙に包まれる中、店主はその握りしめた拳を開いて、女エルフにそれを見せた。
掌の中に握りこまれていたのはちょっとしたアクセサリー。
それもかつて、女エルフが見たことのあるものだった。
「……これって?」
「懐かしいだろう。西海地方のエルフ族に伝わる装備――セイレーンの泪だ」
【アイテム セイレーンの泪: 西海地方こと西の王国に住まうエルフたち――ぶっちゃけキングエルフの一族が使っているマジックアイテム。セイレーン族との友誼のためのアイテムだが、転じて海難からエルフの身を護るとも言われている。だが、どこまでの効果があるかは不明】
それはかつて、店主がエルフ専門店を始めた時に、女エルフにこれみよがしに見せたアイテムである。
そう言えばそんなこともあったかしらと、彼女は思い出す。
その時は確か――。
「あぁ、ネックレスに加工して貰ったんだっけか。あれ、そう言えば、しばらく装備していなかったけれど、どうしたかしら?」
「んなこったろうと思ったよ。ティトからの贈り物だろう。大切にしろよ」
そんで、これは俺からの贈り物だと店主が女エルフに、セイレーンの泪を握りこませる。今度はイヤリング。エルフの長い耳に似合うよに加工されたそれは、金属を嫌う彼女たち種族のために、宝石以外の場所は木の素材でできていた。
いささか、この手のプレゼントにはいい思い出がない。
というか店主から渡されたアイテムにいい思い出がない女エルフである。
イヤリングに向けた苦い視線をそのままに顔を上げると、たまらず店主が勘弁してくれよという表情を見せた。
「モーラちゃん、人の厚意は素直に受け取るもんだぜ」
「……アンタの厚意にはいつも何かしらの含みがあるのよ」
「ないない、なんにもない。今回は本当の本当に、まごころから出た贈り物だから。このレースもいよいよ佳境だろう。だから、気休めでもいいから安全を祈願するアイテムをと思ってさ」
「……尚更気持ち悪いわ」
「なんでだよ!!」
日頃の行いと辛辣に返す女エルフ。
とほほと肩を落とした店主だが――すぐに女エルフも警戒を解いて、そのしかめっ面を笑顔に変える。
ひどい目に合わされてきたのは確かだが、信頼していない訳ではない。
馴染みになりたくなかったが、なってしまったのはこの男が頼りになるからだ。
「まぁ、そういうならせっかくだし、貰っておいてあげようかしら」
「そうしてくれそうしてくれ。なに、ティトのペンダントと合わせて装備しておけば効果は三倍だ。これで安心して航海ができるってもんだろう」
「アンタから買ったアイテムだっていう根本的な不安は残るけどね」
「だから酷い!!」
冗談よと笑う女エルフ。
つられて男騎士も破顔する。
いつしか船上のひりついた空気は霧散。
場にはすがすがしい空気が満ちていた。
そう、このレースが始まってから張り詰めていた緊張の糸がほどけたような、そんな安堵。やはりギルドマスター、余人にはない空気を持っている。
あらためて男騎士たちは謎の大陸商人Xの持つカリスマ性を目の当たりにして感嘆するのだった。
「けど、どこに装備しようかしら。私、耳にあれこれつけるのって苦手なのよね」
そして、その気の緩みが久しぶりに、どエルフ発言を招く。
凍り付く船上の空気に、女エルフは一瞬にして――すべてを察した。
あ、これ、またいつもの奴や、と。
「耳以外にイヤリングを装備できる場所があるというのかどエルフさん!!」
「えっ、そんな、流石にそれはちょっと、人様の前で言うようなことでは。ちょっとアブノーマルな装備の方法かとおもうのですけれど」
「だぞ、モーラ、どこに装備するつも――だぞー、何も聞こえないんだぞー」
「いけませんお
「どこに装備すると思ったのよ!! 勝手に想像を膨らませないで!!」
「……あぁ、確かに、装備するほどの余地は」
「……いえ、もしかすると、相当ハードコアな場所に」
「だぞぉー、耳が、耳が聞こえない。なんの話をしてるんだぞー」
「いけませんお
なんにしても、久しぶりにパーティは嘆息する。
「イヤリングを耳以外の場所に装備するとは。流石だなどエルフさん、さすがだ」
「装備せんわい!!」
店主が出てきたらやっぱりこうなる。
安定のセクハラどエルフオチが、華麗に決まったのだった。
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