第695話 ど青年騎士さんと無念の夜

【前回のあらすじ】


 からくり艦隊これくしょん。その構成員と思われるからくり娘により、命を救われた青年騎士。狙いはあくまで復讐者アベンジャー水運と、助けられたことを偶然と言ったからくり娘だが、それはそれ。せっかくできた恩を、さらりと水に流すほど彼女たちもお人よしではない。


「お前にやってもらいたいことがある」


「やはり、そう来ますか」


 はたして、青年騎士に突きつけられた、命の対価とは。

 そして彼女たちは、この大会に紛れ込みいったい何を為そうとしているのか。


◇ ◇ ◇ ◇


「やってもらいたいことはただ一つ。お前の所に居るからくり娘について教えてもらいたい」


「……はい?」


 それは青年騎士にとって思ってもみない取引内容であった。


 命を救われたのである。

 おそらく、彼が人生で受けるであろう恩義の中で最も大きい部類に入るであろうそれの対価が――ただの人の情報である。


 それこそ、土壇場でメンバーを裏切るような、男騎士たちに恨まれるような事態さえ想像していた青年騎士に、からくり娘の要求はあきらかに不意打ちであった。


 しかも、その意図が分からない。

 どうしてレースの結果に影響を与えないだろう要求を突き付けてくるのか。

 いや、そもそも――。


「センリさんと、貴方たちはお知り合いなのですか?」


「……さて、どうだろうな」


 なぜ、からくり侍に彼女たちがこだわるのかが分からない。

 いわんや同じような格好及び造りをしている彼女たちである。もしかすると、そこはかとない因縁があるのかもしれない。


 センリにしても、東の島国から流れて来たとは言っているが、詳しいことは何も言わない謎の人物である。


 目の前の、凶暴な魔物を相手に大立ち回りを繰り広げたからくり娘と、どこかしらに接点をもっていたとしても納得はできる。

 だが、やはり喉奥に小骨がひっかかるような違和感はなくならない。


 どうしてセンリの情報を言わなくてはいけないのか。


 それを追求する権利は青年騎士にはない。

 しかし、尋ねてみることはできた。


 そして、思わず無意識に聞いたその関係性について、からくり娘たちははっきりと答える訳でもなく、はたして否定する訳でもない曖昧な返答をするのだった。


 何かある。

 おそらくは知り合い。


「何にせよ、お前に選択権はない。騎士が人に命を救われたなどと、未熟も未熟。仲間たちもお前に失望することだろう」


「……くっ」


「黙って話せば、お前の尊厳は守られる。そして、私たちの目的も果たせる。なに、勝負を妨害しようという訳ではないのだ。いいではないか、お互いに利益のある取引だろう」


 既に騎士ではなく一介の冒険者である青年騎士。

 しかし、その胸にはやはり男としての誇りがある。

 敵に襲われて、おめおめとその術中にはまり、あげくライバルに命を救われる。情けない話もあったものである。


 断れるわけがない。

 あるいは、男騎士ならばそんなことなど気にするなと言うかもしれなかったが、他の者たちがどういうかは定かではない。なにより、共に男騎士の背中を追うからくり娘が、いったいどう言うことだろうか。


 もし彼女にそんなことが知られたら――。


「……分かった」


「物分かりがよくて助かる。こちらとしてもわざわざ命を救った甲斐がある」


 青年騎士は苦渋と共に、からくり娘たちの要求を呑んだ。

 おそらく、誰も傷つかないであろう要求を。そして、その真意がどこにあるのか、まったく分からない、謎の要求を。


 夜の帳はまだ深い。

 酒場に戻れば、まだからくり侍たちは飲み明かしていることだろう。


 今夜は我々の宿舎を使えというからくり娘たち。なに、外で稽古をしているうちに寝こけていたとでも言い訳すればいいと言いくるめて、彼女たちは忸怩たる思いの青年騎士の肩を引き寄せるのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 場所は断崖絶壁の上。

 肉スライムとの激戦終わってすぐのこと。

 一人、その光景を静かに見守る者があった。


 またしてもその肌には木目が入っている。からくり娘。


 はたして、道化師を屠った者たちとそう変わらない背丈をした少女は、白銀の髪を揺らして翡翠の瞳をしばたたかせる。

 耳には大きな貝殻。

 まるで吹けば大きな音がなりそうなそれに、そっと耳を近づけて、彼女は口を動かしていた。


「えぇ、はい。思いがけず、ターゲットの縁者と接点を持つことに成功しました。これはお味方大勝利といってもいいのではないでしょうか。あ、はい、いいえ。すみません、少し言い過ぎました。言い過ぎたことを認めますので、言葉の矛を収めてください雪風さん」


 冷淡な顔つきとは裏腹に声は焦っている。

 どうやら、立場的に難しい位置にいるだろう彼女は、無表情のまま何度も虚空に頭を下げると、それからようやく耳につけていた貝殻を外す。


 ふぅと夜風にまぎれて漏らしたため息から、気疲れが察せられた。


 すぐにその銀色の髪と同じ瞳が眼下に向かう。


「よくやってくれたな、時雨、夕立。流石に我ら白露型の中でもトゥー・オブ・サウザントと言われるだけの名機。正直、あの肉の化け物相手にどれだけやれるかと思ったけれど、なんとかなってほっとしているわ」


 さて、と息を吐いて白銀の髪のからくり娘は天を仰ぐ。

 果たして、その視線が次に見たのは暗い水平線の向こう。


 その先に何かを見るように視線を細めて彼女は言った。


「謎の放浪からくり娘。はたして、貴方は何者なのか。いえ、もし、あなたがそうなのだとしたら、我々はなんとしても破壊しなくてはいけない」


 同じモノを祖としながら、違う目的のためにこの世に顕現するモノとして。

 そう呟く彼女の声を、海鳥だけが静かに聞いていた。


 時は夜半。

 月の煌々と照る闇の中でのことであった。

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