第694話 どからくり娘たちと取引

【前回のあらすじ】


 もうやめて、道化師のライフはゼロよぉっ!!


「うぉい!! 懐かしいネタ、おいっ!! なんかいい感じの本編だったのに、いきなり週の頭から崩すんじゃないわよ!! ちゃんとやりなさい!! ちゃんと!!」


 いやだって。

 先週あまりにギャグを差し挟む要素がなくって、ちょっとこれどうなんてなってしまったんですもの。


 いくらここ最近、下品なチン〇ネタばかりが続いていたからって、なにもここまで真面目なネタやらなくてもいいんじゃねぇって、思ってしまったんだもの。


「……思ってもやらない。それがいい大人。そしていい作者。そういう流れならそういう流れに従っておけばいいのに」


 だってこの小説は、変態お気楽娯楽小説どエルフさんじゃないですか。

 なのになんだかゴリッゴリのバトルファンタジームーブな感じの展開に、流石に読者も戸惑う。


「このやり取りも何度目だと思ってるんだよ」


 ――急転直下のシリアス展開。


 ――ふざけた小説と見せかけて、割とガチでやっているファンタジー。


 ――そして、一度スイッチが入ると止まらないのが私の作品の宿命。


「ってことは、今週もね?」


 しばらくシリアスパート。

 今週も、がっつりと異世界ファンタジーをお楽しみください。


◇ ◇ ◇ ◇


 暗黒大陸の道化師ジェイミー。

 肉スライムという流体の身体を駆使し、また彼のトラウマである第三騎士団隊長の力を借りて、あわや命はないかと青年騎士を苦しめた刺客。


 だが、その邪悪なる道化は、あまりにあっけなく息絶えた。


 事を成し遂げたのは、神の力を持つからくり娘たち。

 青年騎士は知らないが、古代の神が製造したという機械の身体を持つ彼女たちは、その身全てがまるで武器のように、効率的に肉スライムという難敵を屠った。


 潮風に血風が舞う。

 焦げた肉の匂いを嗅ぎながら、風が止むのを待つ三人。


 やがて凪が訪れると、月下にその得物を晒していた二人のからくり娘が、それぞれにそれを仕舞う。フードの彼女は、それを背中に回して腰に結わえる。銃を使った彼女は、ベルトに結わえられている鞘と見まごうなめし皮の袋に入れた。


 振り返り突きを背負って見下ろすのは青年騎士。

 彼女たちは、凍り付いた表情のそこに何の感情も映さず立っていた。


 心の芯まで凍てつくような視線にさらされて、青年騎士が喉を鳴らす。すると、フードの女の一人が近づいて、未だ倒れたままであった彼の前に膝を負った。


 やはり心などないのだろう。

 袴の隙間から下着などが見えている。ならばどうしてそのような、羞恥心を煽るような恰好をするのか。なんにしても、初心な青年騎士はあわてて立ち上がると、視線をやってきたからくり娘に合わせた。


「ご助力かたじけなく思う。助かりました。なんとお礼を申していいのやら」


「随分と余裕のある口ぶりだな。死にかけたのだぞ。本来であればお前も今頃、あの肉塊になり果てて鉛玉と爆薬をしこたまに喰らって消し炭だ」


 言ったのは、青年騎士に近づいたからくり娘ではない。

 その背後に待機していた――短髪のからくり娘である。


 その瞳は、まだ、血のように赤く燃えている。


「夕立」


 二つのおさげを揺らすからくり娘が、短髪のからくり娘を制止する。

 言い過ぎだという感じではない。どちらかと言えば、余計なことを言うなという制止だ。どうやら、序列としては彼女の方が上らしい。狂犬ぶりを発揮して、噛みついてきたからくり娘は、ぷいすとその視線を横に向ける。


 表情筋などないからくり娘であるが、分かりやすいほどに拗ねた仕草。


 さて。

 後からやって来たからくり娘を黙らせたフードのからくり娘。

 時雨と呼ばれた彼女は、二つの編みこまれた髪の房を揺らして、再び目の前の青年騎士に視線を戻した。


 話の通じぬ相手ではない。

 少なくとも、彼女は何かしらの意図を持って、自分に近づいたのだ。


 短髪のからくり娘への制止からそれを察した青年騎士は押し黙る。

 勝負において、敗者に言葉がないように、今この場で発言権があるのは彼女だ。まずは礼を言わねばならないと、口に出した青年騎士だったが、ここに来て口をつぐんで彼女の言葉を待った。


 フードのからくり娘。瑪瑙色の瞳を揺らして、しばし青年騎士を眺めた彼女は、ふと彼に問いかける。


「パイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコムのメンバー、ロイドで相違ないな?」


「……いかにも」


「訳あって、我らまだ身分を明かすわけにはいかぬ者。しかしながら、貴殿らと同じく、このレースに故あって参加している者たちだ。今回、貴殿らに助力したのは他でもない。難敵である復讐者アベンジャー水運――その動きを制するためだ」


「他意はないと?」


 いかにも、と、頷いてから、急いで首を横に振る。

 この仕草はいったいと思っていると、三つ編みのからくり娘は、半歩青年騎士に踏み込んだ。


 背丈はそう変わらない。

 どちらかというとまだ体躯の出来上がっていないロイドと、からくり少女の身長はほぼほぼ変わらない。鼻先がぶつかるくらいまで急接近された彼は、それが造り物のまやかしであるというにも関わらず、しかもいままさに命の危機であったにも関わらず、顔を上気して後ろに身を引いた。


「そう身構えないでほしい。先ほど言ったように、貴殿を助けたことに他意はない。あくまで我々は、我々の脅威を排除したまで」


「あ、はい、そうですか」


「しかし、恩義に思ってくれるなら、それはそれで構わない。なにせ、目下レースの第二位を行くパイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコムだ。恩を売れるものなら売っておきたい」


 妥当な打算だった。

 そう言われてしまうともう、青年騎士には返す言葉もない。


 おめおめと騎士であるにも関わらず、生き恥を晒した自分が悪いのだ。命の恩人の言葉に、いったいどういえば逆らうことができるだろう。

 つまりは――。


「お前にやってもらいたいことがある」


「やはり、そう来ますか」


 命の代価として、身内を裏切れと言われても仕方がない。

 先ほどの肯定の後の否定はそういう意図だ。


 当初の目的は間違いなく、復讐者アベンジャー水運という脅威の排除だっただろう。しかし、その過程で思いもよらない拾いものをした。


 瑪瑙色の瞳は決して形を変えない。

 無機質な瞳が青年騎士を見つめている。

 その瞳に、自分はきっと逆らえないだろうと、青年騎士は直感した。

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