第692話 ど勝海舟さんと脅威のテクノロジー

【前回のあらすじ】


 道化のジェレミーを圧倒するからくり艦隊これくしょんのからくり娘たち。


 暗黒大陸が満を持して放った刺客。

 それを見事に手玉に取るのは、流石に明恥政府の秘密兵器。青年騎士があっけにとられる間に、ジェレミーの再生能力を封じ、更に彼に対して王手をかけた。


 いったい彼女たちは何者なのか。

 そんな疑念を差し挟む間もなく、からくり娘たちは更に道化のジェレミーを追い込む。


「やってくれたなぁ!! ぐそぉおおおおっ!!」


「左は任せる」


「分かった。どちらが仕留めても文句は言うな。早い者勝ちだ」


◇ ◇ ◇ ◇


 さて、視点は再び船底へと戻る。


 キセルを歯噛みして勝海舟。

 現行政府に国を簒奪された過去の男は、それでも東の島国の未来を憂いていた。だからこそ、屈辱と後悔に顔を歪ませていた。


 かつての会談でも見せなかったその表情に、大性郷が喉を鳴らす。

 国のためにその命を散らした大英雄をして肝胆を寒からしめる。目の前に胡坐を汲んで静かに唸る御仁は、間違いなく不世出の人物であった。


 今は、しかし、その鬼気に呑まれている場合ではない。

 大性郷にはこの国を奪った男として確認しなければならないことがあった。この国の未来を決定づけた男として、知らなければならないことがあった。


 今の政府が何をしようとしているのか。

 富国強壮という目的のために、どのような手段を取ろうとしているのか。


「分かる範囲でお聞かせ願いたい。からくり艦隊これくしょんとは、つまりどのようなものでごわす」


 大性郷はこの東の島国の今と未来を見つめる老人に頭を下げた。


 キセルから煙を吸い込む勝海舟。

 それまでのやり取りで見せていたどこか洒脱でひょうひょうとした空気はすっかりと抜けている。両者の間には抜き差しならない空気が流れ、それに当てられて次郎長たちは、侠客いずこや青い顔をして肩を落としていた。


 一人。


 その状況で笑顔を絶やさぬ胆力を見せるのは男騎士を襲った刺客。

 勝と同じく、今この東の島国に巻き起こっている騒乱について、おそらく詳らかに知っているであろうその侠客は、意地の悪さを垣間見せて主人の後ろで笑う。


 勝がキセルを叩く。

 ぼろりとキセルの先から煙玉が落ちたかと思うと火鉢に落ちた。


「からくり艦隊これくしょん。通称からこれ。人間の娘っ子そっくりに作り上げたからくり娘を、兵隊として使おうっていう計画だ」


「からくり娘。しかし、そのようなことが本当に」


「できちまったんだなこれが、おっそろしいことに。ムッツリーニの野郎がよう、西洋列強の国を遊歴していただろう。それが布石よ」


「ムッツリーニどのが?」


「あいつは見つけちまったのよ。古代神の神殿を。そんでもって、古代神が造り出した人のひな型を手に入れちまった。そこからは種子島と同じ要領よ。おう、お前さんの故郷の話だ、そこんところは俺よりも詳しかろう」


 種子島。


 かつて西の大陸から流れ着いた重火器のことである。

 詳しい出来は不明だが、これを見つけた擦摩は、原理を詳らかにして国内での大量生産の礎とした。

 種子島の生産においては、摩界さかい薫友くんともに遅れを取る格好になったが、それでも過去に擦摩を大いに富ませたのはそれだった。


 生来、東の島国に住まう者たちは、手先が器用である。

 また、モノを寸分たがわず模倣するということに長けている。

 彼らにとって、流れ着いたものをそのままそっくりと模倣するということは、造作のないことであった。


 ドワーフでもそのように器用なことはできない。

 これは東の島国に住まう者たちが持つ――千年近くを大陸と隔絶されて醸成された――国民性から来る性質と言って差し支えなかった。


 つまるところ。


「……するとまさか」


「そうよ。からくり艦隊これくしょん。からこれ娘たちってのは、神々が造った人造人間の模造品。考えてみろ、そんな奴らがまたぞろと、群を為して襲ってくるなんて光景を」


 間違いなく、富国強壮はなるだろう。

 しかし、歩むのは間違いなく覇道だ。

 弱者を踏みにじり、屍で築いた国の上に立つ嘆きの城。

 そんなものにいったいどんな価値があるだろう。


 国を富ませ、強くするのは、諸外国に対して対等の立場で交渉できるようになるため。断じて、彼らを軽んじるために、あるいは蹂躙するためのものではない。

 そのような先に東の島国の未来はないと、大性郷は考えていた。


 そして、同じように彼の隣を歩く友も考えていたはずだった。


「……性介どん。なぜ、オイにそのことを黙って」


「神の怒りに触れるような行いだぁ。そらぁお前さんの逆鱗に触れることも想像できらぁな。そら、あの性悪小僧ならば、だんまり決め込むだろうがよ」


「いつから。性難戦争の前からか。いや、時期など関係ない」


 止めねばならぬ。


 真に彼の友ならば、その友が誤った道に進もうとしているのを、みすみすと手をこまねいて見逃すわけにはいかない。

 友ならば、時にその頬をぶってでも、道を正さねば。


「オイが再び、黄泉路より舞い戻った意味が、ようやく分かりもした」


「だろうな。そして、お前が戻ってきたように、もう一人、戻って来た男がいる」


 問題はそいつだ。

 勝が再びキセルを鳴らす。しかしながら、既に管の中に何も入っていないそれは、乾いた音を響かせるだけであった。

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