第687話 ど青年騎士と必殺技

【前回のあらすじ】


 闇夜の中ついに邂逅を果たした青年騎士と元第三騎士団隊長。

 かつての上司と部下が剣を交える。


 かつて羨望の眼差しと共にその背中を見ていた男を前にして、青年騎士が構えたのはもう一人の師が使う必殺技。上段から繰り出す、問答無用の一刀両断。


 ロイド式バイスラッシュ。


 はたして彼の必殺は、かつての師を断つことができるのか――。


「ちょっと!! またなんかバトル小説っぽい感じになってる!!」


 本当に今週はシリアスノンストップ。

 今ここに、剣戟の音が鳴り響く。


◇ ◇ ◇ ◇


 そも、バイスラッシュとはなんなのか。


 上段から編み出す唐竹割りの一撃とこれまで表現してきたが、それは男騎士固有の必殺技であったからだ。

 青年騎士がそれを編み出した時点で、それは既にオリジナルでユニークな必殺ではなく、一つの術利の基に振るわれる太刀となった。


 そう、余人をもってして御せるモノこそ術である。

 スキルである。


【スキル バイスラッシュ: 上段唐竹割り。剣の自重と共に自身の体重を籠めて振り下ろす一刀両断の絶技。精妙なる体重移動と打撃時の衝撃を合わせることにより、鋭利さに劣る西洋剣においても、敵の身体を両断せしめる威力を発揮する。この技を使用するには、剣を自在に御するだけの膂力、自らの身体をよどみなく動かす精神力、そして何より外せば一転して窮地に陥るという恐怖に打ち勝つ精神力を必要とする、まさしく相手にとっても自分にとっても必殺の業である。男騎士をしてこの技の達人とせしめたのは、彼の類まれなる戦士としての才能に加えて、鬼族の呪いによる命知らずの側面がある。余人をもってこれを極めるのは難しい】


 今、青年騎士は自分なりに、男騎士が扱う技を解釈して、術理としてそれを使いこなそうと試みた。


 師と仰ぐ彼と共に戦った機会は数えるほどであった。

 けれども、彼の中でそれは完成していた。


 男騎士の放つバイスラッシュは、両握りの状態から剣を正面に掲げて放つ技である。不意を撃つ一手にして、敵の防御をも外す側面がある。

 対して青年騎士が編み出した彼なりのバイスラッシュは、剣に途中まで片腕を添えて、斬りこむタイミングと共に握り直すという、独特のものだった。


 男騎士と違い、青年騎士の筋肉量は彼よりも劣る。

 もちろん人並み以上には筋力は持ち合わせているが、そこは戦士技能9の化け物と言っていい男騎士である。筋力値はほぼほぼ数値的にカンストしている。そんな相手に肉薄できるほど、青年騎士の身体はできあがっていない。

 そもそも成人しているとはいえ、身体はまだ戦士としてできあがる途上だ。


 そんな足りない膂力を、腕力によって置き換える。

 自重を乗せることにより代替する。

 構えも男騎士のそれよりずいぶんと深く構えた。

 一度深く沈み込み、そこから飛び上がるようにして剣を振るうことにより、大振りにはなるが十分に剣に自重を乗せる。


 一刀両断の必殺。

 それを可能にするには、とにもかくにも人離れした力が必要だったのだ。


 はたして、彼の狙いの通り、振るった上段からの唐竹割りは、男騎士さながらの神速の域で元第三騎士団隊長へと迫った。

 しかし、そこは相手も腐っても騎士というもの。すかさず剣を合わせると、青年騎士のバイスラッシュを防ぎにかかった。


「甘い!! バイスラッシュがどういうものかお忘れですか、ヴァイス隊長!!」


 しかし甘い。

 あまりに甘い。


 青年騎士が叫んだ通り、バイスラッシュとはどういうものかを元第三騎士団隊長は理解していないようであった。そう、その全体重を籠めて繰り出される、必殺の一撃はすべてを断つ強烈な一撃。


 断つのは何も肉だけではないのだ。

 骨も、内臓も、鎧も、兜も、武器さえも。

 ありとあらゆるものを問答無用の力でもって切り伏せて、ねじ伏せる、力任せと言っていい一撃。


 それがバイスラッシュなのである。


 いくら操る剣が異形と言っても、元第三騎士団隊長の剣で防ぐことはできない。

 細い木の幹ほどはあるだろう、その異形の刀は、まるで肉でも裂いたような音と共に裂かれた。

 同時に、青年騎士の振るう刀身が、元第三騎士団隊長の頭蓋を砕く。


 確実に、人体を支える芯を砕いた手ごたえが青年騎士に伝わる。

 勝ったという確信が心の中に満ちる。


 だが、慢心はしない。


「とぁあぁっ!!」


 一息に、剣を振り払い、地面に突き立てるが如く、最後まで降りぬく。

 一切の躊躇もなければ澱みもない、青年騎士の必殺の一撃は、迷いなく第三騎士団長の身体を駆け抜けて、そして抜けきった。


 血風が潮風の中に舞う。


 青年騎士にとって人を斬るのはこれが初めての事ではない。

 目の前のかつての上司に命じられ、あるいは自発的にその身を護るために、剣を振るって人の命を絶ってきた。

 今更、何も戸惑うことはない。


 残心。そして、ゆっくりと剣を手元に戻す。

 崩れ落ちる元第三騎士団長だったもの。それがただの肉塊になり果てるのを確認してから、青年騎士は静かに目を伏せた。


 かつての上司。

 それを悼むように――。


「ヴァイス隊長。最後に、貴方にとどめを刺せたのが僕でよかった」


 彼の裏切りは許せないものだった。

 盲目的に彼を慕って戦った第三騎士団の者たちの中には、暗黒大陸へ裏切ったことさえ気が付かないものさえいた。多くの者たちが、自分たちが起こしたことの重大さに苛まれている。

 もちろん、知ったうえで元第三騎士団隊長と共に動いたモノもいる。


 しかしながら、彼の裏切りは多くの悲しき被害者を産んだ。


 青年騎士もまたその一人である。


 中央連邦共和国騎士団の中に居場所を失い、こうして冒険者稼業に身をやつした。


 そんな恨みもある。

 だが、それ以前に、彼と共に歩んできた記憶もある。

 彼の裏切りにどういう真意があったのかは分からない。けれども、確かに生死を預けた上司なのである。


 信頼した男なのである。


 そんな男を斬ることに、迷いがない訳がなかった。


 けれどもそれを断ち切って、青年騎士は剣を振るった。


 そう、それだけの想いを籠めての、それは必殺の一撃だったのだ。


 見事。


 そう、誰かが口にしたような気がした、その時。


「しかしながら、状況判断が甘いな、ロイド」


 肉片が、闇夜の中にあり得ぬ動きを見せた。

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