第五章 からくり艦隊これくしょん

第686話 ど青年騎士と騎士団長さん

【前回のあらすじ】


 酒は呑めのめ、けれども呑まれるな。

 男騎士たちのレースの労をいたわる飲み会で、最後まで残ったのは意外な面々。青年騎士に法王ポープ、女船長にからくり侍。


 まだまだ夜はこれからという所で、ふらりと外に出たのは青年騎士。

 彼は第一レースで今一つぱっとしなかった自身の戦いぶりを振り返り、自己鍛錬のために酒もほどほどに剣を振るうのだった。


 どこまでも青臭い男。

 だからこその青年騎士。


 月下に煌めく彼の剣。はたしてそのひたむきさが報われることは今後あるのか。


 そんな中――彼に迫る二つの影があった。


「さて、狩りの基本はいたってシンプル。はぐれた者から始末していく。これはどんな獲物でも共通することです」


「……」


「そして、仕掛ける時には最大戦力で。卑怯千万大いに結構。勝てばよろしいのですからね。ねぇ」


 ――ヴァイスさん。


 はい、という訳で、今週もギャグは薄味バトルマシマシ。なんだか本格的なファンタジー小説みたいになってきましたね(大嘘)。


 どエルフさん始まります。


◇ ◇ ◇ ◇


 青年騎士は酒に酔わない性質である。

 それに気が付いたのは彼が成人してからしばらくして、騎士叙勲の習わしで葡萄酒を嗜んだ時からだ。


 多くの同輩が初めての酒精に酔って前後不覚となり、先輩騎士たちにからかわれる中、彼だけが平然とそれを平らげた。さらに、躍起になって酒を勧める先輩騎士たちと飲み比べて勝ち、最後の最後まで意識を保ち続けた。


 例年、最後には地獄絵図となる中央大陸連邦共和国騎士団の叙勲パーティ。その絞めに訪れた第一、第二、第三騎士団の隊長たちは、一人なんの面白みもなく白んだ顔をして酒を飲み続ける彼の姿を見て、思わず息を呑んだという。


 彼が第三騎士団の隊長に見いだされ、その直々に従士として重用されるようになったのに、その出来事が関係ないとは言い切れない。


 とにかく――。


「……誰だ!!」


 その会敵はまさしく運命的と言ってよかった。


 闇夜。頭上から強襲するのは道化とフードを被った剣士。


 すかさず、四つ足の道化が青年騎士に接敵し、その異形の脚と手で翻弄する――が、集団戦闘ならばともかく個人戦闘ならばお手の物の青年騎士。

 彼は、男騎士を彷彿とさせる、冷静な刀裁きで剣を走らせると、小さな木の幹ほどはあろうその四つ足を、二つ掃いで切断した。


 おろと間抜けた声を出す道化。

 一瞬にして無力化された彼にとどめを刺そうと剣を構え直したその時。


「……こちらを見ろ、


 その耳に馴染みのある声に青年騎士は思わず振り返ってしまった。


 大上段に剣を構えるのはフードの男。生き物のように脈打つ異形の剣を携えながらそいつは、闇の中に獣を彷彿とさせる瞳を輝かせている。

 あきらかに人の理の外にそれた者――。


 けれども、それがかつて自分と同じ側にいたこと。

 いいや、ともするととても近い場所にいたことを、青年騎士は思い出す。


「……まさか!!」


 言い切る前に、フードの剣士の異形の剣が振り払われる。上段からの太刀筋である。真っ向から振るわれるかと思ったそれは、やはり異形か異質な動きをする。

 まるでつむじ風のように、男の頭上でうなりを上げたかと思えば、それは鞭のようにしなって空気をかき混ぜる。轟音と共にその身から血しぶきを上げつつ、それは青年騎士の右側面を強襲した。


 剣を構え直し、盾として防ぐ。

 腕を上手く剣に添えることで、衝撃に耐えようとした青年騎士であったが、あまりにも質量が違う。

 すわ、青年騎士の身体は浮いて、月夜の下に宙へと放り出された。


 地面を転がり、もんどりをうつ青年騎士。

 なんとか受け身を取ってダメージを殺したそこに、すぐさま次の斬撃――というにはいささか重たい一撃が降り注ぐ。

 土を抉って放たれるそれを、転がり躱してなんとか立ち上がった青年騎士は、ようやくその剣先を魔剣の使い手に向けた。


 冷たい月の光がその歪んた容貌を映し出す。

 そこに往時の精悍とした顔立ちはない。

 醜く歪んだ顔面に僅かに面影を残すばかり。感情のない瞳と、表情筋をすべて断ち切られたような静かな顔が、フードの中には浮かんでいた。


 彼のことを、青年騎士はよく知っている。


「ヴァイス隊長。なぜ、貴方がここに」


「なぜ、だと? それは、同じ身の上のお前が一番よくわかるんじゃないか?」


 青年騎士がよく知るその男は、かつで中央連邦共和国騎士団第三軍を率いた男。

 騎馬を駆り、敵を猛追するその姿は勇ましく、今も青年騎士の中にある種のあこがれとなって残っている。そう、裏切られ、罪人となった今も。


 中央連邦共和国の地下牢に幽閉されて、もはや日の目を見ることはないことだろうと思われた、騎士の中の騎士。男騎士にも勝るとも劣らない、彼にとっての目標ともいえる人物が、今、突然、敵としてその前に立ちふさがった。


 潮風に、静かな息遣いが乗る。


「暗黒大陸側とまた取引をしたというのか」


「……もとより、国を売った時からこうなる宿命だったということさ」


 邪悪な剣を青年騎士に向けて、殺意を発する元第三騎士団隊長。

 かつては師と仰いだ人物との対峙を前にして青年騎士。彼は――剣を上段に構えて静かに息を吐き出した。


 思考を研ぎ澄まし、目の前の人物の正中線を見据える。


 狙うはそう――。


「どういう理由か分からないが、貴方が敵として立ちはだかるというのならば、それに応じるまで。このロイド、元上司だからといって容赦はしません」


「……言うようになった」


「口だけではありませんよ、ヴァイス隊長!!」


 男騎士の必殺。

 一刀両断にして敵を屠る問答無用の必殺技。


 それこそは即ち。


「バイスラッシュか、面白い。あの男の剣にどこまで迫れたか、見せて見ろロイド」


「……未だ技を極めきらぬ身の上なれど、僕も戦士の端くれ。やってみせます。後悔しても遅いですよ、ヴァイス隊長」


 ロイド式バイスラッシュ。

 その掛け声と共に、彼は剣を振り下ろした。

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