第683話 どエルフさんとこの旅の目的

【前回のあらすじ】


 GTR第一レース決着。

 その祝宴の夜。乾杯をするや否や、すぐに寝落ちしたのは男騎士である。

 とんとアルコールに弱い彼は、祝杯の一杯目ですぐにダウンしたかに思えた。


 しかし――。


「……すまない、モーラさん」


 僅かながらに意識が残っていたのは、ようやくアルコールへの耐性ができたのか。それともレースに対する負い目からか。


 彼は、自分の判断ミスにより、みすみす一位から転落してしまったことを、女エルフにそして仲間たちに詫びる。


 せっかくの労いの祝宴がいっきに湿っぽくなるそんな中。


「なに言ってんのよ。私たちの目的は勝つことじゃないでしょう」


 女エルフはぺしぺしと、男騎士の頬を叩くのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「なんかね、勝負事ってことでちょっと気合が入っているのは分かるけれども、空回りし過ぎよティト。アンタ、もう少し肩の力を抜きなさいよ」


「……モーラさん?」


「あ、抜いてるか。あぁもう、ほんと糞真面目よね。そういう融通が利かないところとか、本当にリーダーとして致命的よ。もっとふてぶてしくなりなさいよ」


 ぐったりとして今にも肩を離せばそのまま床に倒れこみそうな男騎士。

 そんな彼がなんとかいっぱいいっぱいという感じに女エルフの顔を覗き込む。すると、その鼻先に駄目だぞとばかりに彼女の人差し指が伸びた。


 ぐぅと男騎士が息をくぐもらせる。


「いいこと。私たちの目的はあくまで冥府島ラ・バウルへ向かうこと。今回のGTRへの参加は、その手段にしか過ぎないわ」


「……それは」


「手段と目的を取り違えちゃいけない。もちろん、荷を請け負った手前、安易に負けられないという理屈も分かるけれども、それはそれよ。別に、無理に勝相手にムキになる必要はないわ」


 だから今はゆっくり身体を休めなさいな。

 そう言って、女エルフが優しく男騎士の背中を撫でる。


 彼女の言うとおりである。


 今回の旅の目的はあくまで女修道士の救出。

 冥府島ラ・バウルへと至り、その島を支配する神――冥府神ゲルシーに謁見することにある。


 あくまで、GTRに参加したのは、紅海の果てにある冥府島へと渡航するための手段に他ならない。


 勝負の優劣事態にそれほどの意味はない。

 それこそ、重大な責任を感じるようなことなどないのだ。


「別に上位に入賞していれば十分に荷の紅茶は売れる訳なんだし、そこまで重たくレースの結果を考える必要なんてないわよ。それに、いざとなったらリーケットが、教会を動かしてくれるわ」


「……モーラさん。できれば、それは奥の手にしておきたいのですが」


「じゃぁ、エリィに頼む。大丈夫よね、エリィ」


「はい!! エリィは大丈夫れす!! いっぱいお姉さま!!」


「ということだから、威臨社に負けたことはいったん置いておきましょう。それに、なんたって私たちはまだ二位よ。これから幾らだって挽回できるわ」


 女エルフのなんだかせかすような励まし。

 酔っていながらも男騎士は、彼女がなんとしてでも自分を励まそう、立ち直らせようとしているのがよくわかった。


 大きく息を吸い込んで男騎士が酔いを掃う。

 彼はこわばった顔をようやく和らげると、その通りだなと女エルフの言葉を素直に認めた。


 分かってくれてなによりと、そんな彼の顔に応えて頷く女エルフ。

 するとかたりと男騎士の顔が笑顔のまま彼女の視界からフェードアウトした。


 どうやらついに眠気の限界。

 男騎士は本格的に、眠りの世界へと旅立ってしまったみたいである。


 肩にかかる体重が重くなる。

 それと同時にやれやれと女エルフの笑顔も一層濃くなった。


「ほんと世話のかかるリーダーだこと」


「だぞ、そんなこと言いつつ、モーラは嬉しそうなんだぞ」


「持ちつ持たれつ。パートナーとして理想的な在り方ですね」


「いいなぁ、ティトさんいいなぁ。お姉さまぁ、エリィも、エリィも介抱してくださいよぉ」


「えぇい、うるさい酔っ払いども。こちとらてんでポンコツなリーダーの世話だけで手いっぱいなんじゃい」


 そんなことを言いながらまたしても笑顔の女エルフ。

 これはまた仲のよろしいことでと、彼女たちと面識の浅い者たちがちょっと面を喰らう中、長らくの旅の仲間に見送られて彼女は男騎士を寝所へと運ぶのだった。


 やれやれまったく、本当に世話がかかるんだからとごちりながら、それでもとても嬉しそうな表情で――。


「モーラさん、駄目ですよ送り狼になっては!! ここは送る場所と壁一枚しかない場所なんですから!! 声が筒抜けになりますよ!!」


「ならんわい!!」


「だぞぉ!! モーラが狼さんになったら、僕が獣人の心得を教えてやるんだぞ!!」


「教えていらんわい!! 意味が分かって言ってないでしょ、ケティ!!」


「駄目ですよお姉さま!! 隣にパーティメンバーが居るっていうのに、そんな、こそこそといちゃいちゃと〇△×や#$%?とか、あげくのはてに(環境依存文字の羅列)とかしちゃ!! ダメです!! エリィは大丈夫じゃありません!!」


「せん言うとるじゃろうがい!! 私だって時と場所くらい弁えるわよ!!」


「……ほう、つまりここが祝宴場兼宿でなければ、及んでいたということですね」


 逆送り狼とは。

 流石だなどエルフさん、さすがだ。


 アダルトな空気が酒場に吹き荒れる。

 これもまた、宴会の一つの醍醐味。


 だからやらないって言っているでしょうと、いつもとは違うどエルフ弄りに少しはにかみながらも、女エルフは男騎士を背負ってよいしょと声をあげた。


 その夜、ちょっとばかり女エルフが飲みの席に戻るのが遅れたのは、メンバーの誰も詳しくは触れなかった。

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