第672話 どエルフさんと少女漫画

【前回のあらすじ】


 秘剣チ〇モロの太刀。

 次々にむくつけき男たちの褌を落としては戦闘不能に陥れていく新女王。

 その精妙無比なる太刀筋は、海の男たちを震撼せしめた。かくして、数多の猛者たちを葬り去った百合の剣を休めようかとしたその時、彼女の義姉に向かって凶刃がきらめく。


「その首、貰った!!」


 襲い掛かるはモッリ水軍が頭領の一人。

 次男――ハル。


 カトラス刀よりも細い針のような刀を手にして振るうその男は、狂犬の如きどう猛さと共に、軍の趨勢を見抜く鋭い奇襲を仕掛て来たのだった。


 はたしてそれを寸での所で防いだ新女王。


「モッリ水軍は三頭領が一人。次男ハル。その方、女だてらにこの船団の将とお見受けした。であれば、その首、ここでもらい受ける」


「そんなことはこのエリィがさせません!! お姉さま、下がってください!!」


 かくして、二人の戦いの場がここに整った。


◇ ◇ ◇ ◇


 モッリ水軍三頭領が一人、ハル。


 彼こそはモッリ水軍は誇る三頭領の中で抜きん出た戦術的才覚を持ち合わせた猛将であった。こと、小規模戦闘の指揮においては非凡なる動きを見せる男であり、戦の趨勢を決めるここ一番、決定打を確実に突く戦の天才だった。


 三兄弟がそれぞれにそれぞれの役割を果たすことで、大船団を指揮するモッリ水軍。その戦闘分野の最高責任者こそ、何を隠そう彼であった。


 常勝無敗。

 モッリ水軍勝利の要。

 勝鬨を呼ぶ猛将。


 そんな彼が今――。


「……はぁっ!?」


 無様に甲板の床を舐めていた。

 膝を折り肩を揺らし、その場に尻を突き出して、無様な敗北者と化していた。


 その前に立つのは剣を手にした新女王。

 レイピアの切っ先を天に向かって立て、顔の前に構える彼女は、それまでの狼狽える少女という仮面をどこに脱ぎ捨てたのか、毅然とした女騎士の顔立ちでモッリ水軍次男を睨みつけていた。


 刀身に映る彼女の相貌が、鋼の冷たい光を拾って輝く。


 くそっと吐き捨てて再び剣を手にして身をひるがえしたのは狂犬――モッリ水軍次男。


 得意の袈裟斬り。

 しかも身体をしならせて、捻るように打ち出すその斬撃は、大の男の胴をも肩からわき腹まで切断する強烈な一振りだった。


 しかし、どんなに強力な一撃も、敵に当たらなければ意味をなさない。


 半歩。

 それを踏み込むことで交わした新女王。


 そのまま、まるで舞うように左足を軸にして回転するや、ギリギリのところで交わしたモッリ水軍次男の背中を睨む。


 彼女は右足で回る身体を止めると、すぐさま刃をモッリ水軍次男の背中正中線に向かって繰り出す。強打に心を奪われて、いささか脚運びがおろそかになったモッリ水軍次男は、それを躱すに躱しきれず、強引に割り込ませた腕によって払いのけた。


 鮮血が甲板に飛ぶ。

 モッリ水軍次男の腕を引き裂いたレイピアの先には、赤い滾りがまとわりついて潮風に揺れていた。


 よもや、新女王がここまでの手練れと、いったい誰が想像しただろうか。

 少なくとも彼女を守るべく共にそこに居た女エルフは、よもや彼女に逆に守られることになろうとは思いもよらなかった。そして、モッリ水軍の頭領にしても、この明らかなお嬢様顔の女が、これほど苛烈な剣を振るうとは思えなかった。


 まさしく、予想外という言葉で形容するしかない事態。


「……ちくしょう、そっちのエルフが本命と思ったが、どうしてこっちが大将か」


「いいえ。お姉さまを守るという強い意志が、私に力を与えてくれたのです」


 そう言って、剣の先についた血を払って除く新女王。

 再び剣を前にかざして構える姿に隙はなし。どのような攻撃でもいなしてみせようという抜き差しならない気迫が身体全体から迸っている。


 この僅かな時間にいったい何が彼女をそこまでの剣鬼へと変えたのか。

 女エルフは新女王の思わぬ変貌に生唾を飲みくだした。


「姉を守るためねぇ。まるでおとぎ話のヒーローのようなことを言ってくれやがるじゃねえか。むかっ腹の立つ女だ」


「おとぎ話? いいえ違います――」


 そう言って肩を釣り上げて格好をつける新女王。

 凛々しく女エルフの前に立つその姿は、守られる少女のそれではない。

 戦う少女の背中をしていた。


 そう――。


「これは乙女誰しもが夢想する憧れ。守られるだけのか弱き少女の自分を脱ぎ捨てて、世界に立ち向かうための力を手にする幻想ロマンシア


「なん、だと?」


「そう、これこそ乙女のみに許された強化魔法――【乙女革命潔くそしてカッコよく】!!」


【強化魔法 乙女革命潔くそしてカッコよく: 気高い精神を持ち合わせた男勝りの女性のみが使うことができるという強化魔法。ヒーロー不在の状況にて、一時的にヒーローに比する戦闘力を獲得することができるチートオブチート魔法。習得には女騎士や姫騎士などの上位職の技能持ちであるのと共に、ヒーローキャラをやるだけの男勝りな性格、そして、なにより絵になるプロポーションが必要になる。そう――貧(ry】


 言い放つや同時に、世界が革命されるようなまばゆい光を発する新女王。

 そのあまりに気高い精神に、目の前の狂犬――モッリ水軍の次男は立ちくらんだように顔を抑えた。


 唸るような声と共に男の視線が新女王に飛ぶ。


「ふざけたことを!! 女が男に勝てると思っていやがるのか!!」


「現にお前は負けているじゃないか!! これがボクの――いや乙女の力だ!!」


「しゃらくせぇっ!! だったらねじ伏せてやるよ!! お前の心も体も!!」


「来い!! お前のような下衆に、ボクは絶対に負けない!!」


「うん!! 姫騎士は姫騎士でも、なんかちょっと違う感じの姫騎士になってる!!」


 なんかこう、ネットで取り上げられる感じの姫騎士とはちょっと違う。


 革命的な感じの姫騎士っぷりを発動した新女王。

 その活躍に、女エルフはその身を救われつつも、なんとも形容しがたい不安を抱いてしまうのだった。


 そう――。


「また、なんか他所の出版社にご迷惑をかけるような、そんな感じの!!」


「どんな感じというんですかお姫様モラジー!!」


「当て字!!」


「ボクが君を守る!! 君の王子様になる!!」


「人称!! しっかりしてエリィ!! 貴方はそういうキャラじゃないでしょう!!」


 ここで今回のタイトルの伏線回収。


 少女漫画は少女漫画でもちょっと変化球の少女漫画。

 ゼロ年代的、女の子が女の子に惚れる感じの、そんな少女漫画。少年漫画のエッセンスを取り込んだ、そんな感じのアレであった。


 いやぁー。

 最近、こういうのって、とんと見ない気がしますよね。


「おい、地の文!! 最近なんかパロディおとなしいと思っていたら地の文!! ちょっとは自重せいや!!」

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