第661話 ど若船団長さんと二度聞

【前回のあらすじ】


 GTR第一レース。

 凪の海を爆走するのは北海傭兵団のバイキング船。

 そこに精霊王たちの力を借りて乗り込んできた男騎士たち。


 男騎士が船団長へと詰め寄る。

 からくり侍が身体から伸ばした暗器で敵をまとめて峰打ちにする。

 青年騎士がワンコ教授を抱えて船へと飛び移り、ワンコ教授はイグルーに閉じこもる。


 突然の奇襲は成功。

 さて、あとは尋常に刃を交えるだけ。戦士の矜持を胸に名乗りを上げる――。


「中央大陸連邦共和国より来た!! えっと――?」


 と、ここに来ていつもの小ボケ。

 実際ボケてるおバカな男騎士。


 自分たちの船団名を忘れて勇み足に名乗りを上げての大ポカである。

 しかしながら、そこは頼りになるワンコ教授が今日は一緒についている。

 ここ一番でどこか頼りない彼に変わって、彼女がチーム名を答えた。


 そう、それの名は――。


◇ ◇ ◇ ◇


「えぇっ!! パイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコム!?」


 目を見開いて男騎士たちに聞き返したのは若船団長である。

 彼は信じられないくらいに瞼を上下に開け広げると、顔じゅうにありありと不安を浮かばせて叫んだ。別に自分の事でもないのに、恥ずかしいのは男騎士たちだというのに、なんだかとても恥ずかしそうに顔を赤らめてそれを尋ねた。


 しかしながら――。


 男騎士たちパーティは、若船団長の表情など意に介さないという感じ。

 あぁ、そうだそうだそんな名前だったなと、ワンコ教授の言葉に頷く男騎士。お前なぁと彼の手元で毒づく魔剣。だぞぉと呆れるワンコ教授。たははと苦笑いを返す青年騎士に、それこそまったく気にしていないからくり侍の攻撃が空を舞う。


 なんというマイペース。

 再び若船団長は戦慄する。

 自分たちを強襲した男たちの胆の太さに、傭兵でこそないがよっぽどの使い手であろうとその技量を推し量った。


 おそらく、自分の手下の中で、何人が彼らと互角に渡り合えるだろうか。

 一方的な戦いになることは必至。もはや、先陣を切って自分が刃を男騎士と交えるのは止むないと覚悟をしたほどである。


 しかしそれよりも――。


「パイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコム!?」


 その名前の方が気になる。


 傭兵団として、彼我の戦力の差をあらためるよりも先に、若船団長は敵のあまりに恥ずかしすぎる船団名に目が行った。

 いや、耳が言った。


 二度見。

 ならぬ、二度聞である。


「いかにも、俺たちが、パイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコムだ」


「自信満々に言いましたね!! 正気ですか!!」


「満々だけにな!!」


「正気だ!! 正気だけれど限りなく狂気だ!! どうなってるんだこの人!!」


 正気にてはなんとやらとはよく言ったものだが、男騎士は本気も本気。

 誇りを持ってその船団名を名乗っていた。


 そう、大会に参加するにあたり、キャッチーな船団名をと言われて、これを言い出したのは男騎士だった。


 女エルフは止めなかった。

 だってこのバカが一度言い出したら聞かない奴というのをよく知っていたから。

 恥ずかしいのは承知の上だが、それを正すのも至難の業。

 故に、彼女はおとなしく引き下がった。


 法王ポープもまた止めなかった。

 何といっても彼女はあの女修道士シスターの妹である。腹黒いというかなんというか、ことこういう面白い局面に至っては悪乗りするのは同じ血がなせる業だろう。

 彼女は、よろしいんではないでしょうかと男騎士の案を了承した。


 ワンコ教授は分からなかった。

 例によっていつものごとく、そのタイトルに隠された真意と言うか、ギャグというか、卑猥さと言うかなんというか、そういうものがまったく分からなかった。

 研究に没頭するあまり、世俗に染まっていない彼女には意味が通じなかった。

 故に、恥ずかしげもなく大音声で言う始末である。


 新王女は分かっていた。

 分かっていたけれど止められなかった。

 止めたかったけれど尊敬する義姉あねが、黙ってそれを静観するものだから、仕方ないとあきらめた。彼女だけが唯一、自分たちがパイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコムであることに疑問を持っていた。


 からくり侍と青年騎士、大性郷たちに至っては、イエスマンなので何も文句を抱くはずもない。


 かくして、彼らはこの男騎士の大暴投とも言えるネーミングを華麗にスルーしたのだった。見て見ぬふりをしたのだった。


 結果――。


「本当にパイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコムなの!?」


「しつこいぞ!! そうだと言っているだろう!! 俺たちが、俺たちこそが、パイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコムだ!!」


「嘘でしょ!! ドットコムとかいったいいつの時代の表現だと思っているの!! それつければ、なんか知的な感じがする時代はとっくの昔に過ぎ去ったよ!!」


「黙れ!! そんなこと百も承知!!」


「いや、承知してないからこんな恥ずかしい名前になっているんでしょう!? いやいやいやいや、もうちょっと冷静になって考えてよ!! ちょっと、パイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコムだよ!! 正気なの!?」


「正気だと言っているだろう!!」


「パイ〇ーツとドットコムはわかるよ。そこは分かる。けど、マルミエヤンってなんなのよ。どうしたらそんな単語が出てくるのよ。というか、どういう意味なのよ」


「パンツ丸見えやんという意味だ」


「やめようよ!! チーム名にそういう卑猥な意図を含むのはやめようよ!! どうしてその要素を持ってきた!?」


「男の浪漫だ!!」


「男の浪漫か!! けど、それって時と場合によっては、女の人に対するセクハラになる場合もあるから!! そういうのちょっと考えて!!」


「考えたからカタカナにしたんだろうが!! その辺りは俺も――身近などエルフに勉強させて貰っている!! バカにするな!!」


「その身近などエルフ信用なるの!? ちょっと、こんな暴挙ちゃんと止めようよ!! いろんな所から苦情が来てからじゃ遅いよ!!」


 大混乱に大顰蹙である。

 敵方に、名乗るや否や精神的なダメージを与える。

 いや、不安という名の混乱ステータスを付与することとなった。


 はたして、これを意図して男騎士がつけたのか。

 はたまた偶然の産物か。

 それとも、この出会った海賊が、たまたまそういうのが気になるタイプだったのか。そこの辺りはとりあえず置いておくとして――。


「ふっ、そうこうしているうちに、センリとロイドが相当数の兵を打倒してくれたみたいだな」


「あぁっ!? 汚いぞ、おい、汚いなぁ!! そりゃないでしょ、ちょっと!!」


 男騎士と話し込んだ若船団長。

 彼がまくしたてているうちに、北海のあらくれどもの半分以上が、男騎士が引き連れて来た彼の弟子たちによって気絶させられた。


 もはや、完全に状況は男騎士たちにとって有利である。


 魔剣エロスの切っ先を若船団長に向けたまま、男騎士は顔を神妙にする。


「パイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコム。すなわち、あけっぴろげな海賊たちという意味だ。さぁ、俺たちのあけっぴろげっぷりに、ついてくることができるかな」


「やだ、もう、なんかさっきから会話が成り立ってない、怖い!!」


「さぁ、覚悟はいいか北海の海賊よ。マルミエヤン・ドットコムの海賊、そのあけっぴろげ力をとくと味わうがいい」


 まぁ、という訳で。

 パイ〇ーツの〇の中に入る文字が何なのかは、各自のご想像にお任せいたします。


「なんなの、マルミエヤン・ドットコムの海賊って!! 意味が分からない!!」


「考えるな!! 感じろ!!」


「いや!! 感じたらなんかそれはそれで気持ち悪そう!!」


 もっともであった。

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