第659話 ど若船団長さんと海の精霊
【前回のあらすじ】
GTR第一レース開始。
風の少ないイワガキ島への航路。これは早速の波乱の展開を見せようかというもの。身構える男騎士たちの前で、各チームがそれぞれの思惑で動き始める。
はるかかなた、最下位を行く謎の大陸商人X。
それより前で、虎視眈々と凪を狙って蒸気機関での逆転を狙う咸臨社。
そしてトップに躍り出たのは、北海傭兵団。
どれもこれも凪の海を踏破する、独自の推進力を持った船ばかり。やはりこの第一レースの主役は彼たちか。
そんな中、男騎士と大性郷は先頭を行く北海傭兵団に奇襲を仕掛るべく、段取りを進めるのだった。
「……なんていうか、発想が悪役よね」
レースに綺麗も汚いもないですよ。
勝つためには手段を選んでなんていられないんですよね。
そう、勝利に綺麗も汚いもない――勝てば官軍なのだ。
「お、なんかそれっぽいこと言いよったでこいつ」
◇ ◇ ◇ ◇
北海傭兵団。
男騎士たちがかつて向かった北の大国。そこの極東部に本拠地――という名の独立自治区を持つ戦闘集団である。
自治区の領土は、北の大国の十分の一。
三つの都に、十を越える街。
そして、北の大陸が借用することもある不凍港を二つ持つ。
その自治区に住居する人の数は万を超える。
自治区に生まれた者はすべからく戦士としての教育を受け、男と女と問わずに、十二を超えると海へと繰り出すのだ。そして、幾たびの戦争を経験して、そのまま自治区に残るか、それとも別の道を選ぶのかを二十までに選択する。
男も女も、おおよそ北海傭兵団に残ることを選ぶ。
理由は明白。
国土こそ大きいものの氷の大地に阻まれて作物の育たない北の大国で飢えないためには、北海傭兵団に属している方が賢い。
出ていくのは、命と宝と食料を奪い合うのに疲れた者たちばかりである。
彼らの生業はその名の通り傭兵稼業である。
戦があれば顔を出し兵力を提供する。提供する相手は選ばない。陣営も選ばない。もっとも高く、自分たちに金を払う者たちに忠義を尽くす。
故に裏切りは彼らにとって常。
今の雇い主よりも相手方が高い給金を出すと言えば、二つ返事で陣を抜ける。
仁義も何もあったものではない無法者たち。
しかしながら、それでも生き延びるのが彼らである。
北海に獅子あり。
そう、北海傭兵団とはそのような無頼の集まりであった。
そんな傭兵団の一船。
戦時であれば二十艇からなる船団の旗艦を務める大船が、今、凪が始まった大海原を人の力により進んでいた。
反り返った竜骨の端の前に立ち、水平線を睨んでいるのは若い少年。
「……まさか、こんなことになるとは」
銀色の髪に白雪のような肌。
まるで雪の妖精のような姿をした彼は、華奢な体つきをしているが歴とした男であった。そして、この船をまとめあげる――だけでなく、傭兵団に十ある船団の一つをまとめ上げている船団長であった。
若船団長がため息を吐く。
そこには年相応の思慮分別の浅さなど微塵も感じられない。その黒目がちな瞳は、水平線のかなたに夢ではなく現実を捉えていた。
「北海傭兵団の内紛に巻き込まれるのが嫌で紅海まで逃げて来たのはいいけれど、その先でこんなレースに紛れ込むことになるなんて。はぁ、東の島国の新政府も、妙なことを考えるものだなァ」
そう、今、北海傭兵団はその領土内で政争を繰り広げていた。
傭兵団の団長の長兄と次兄が対立。
それぞれの派閥が表立ってこそ争いはしないが、敵対する勢力に所属して骨肉を相争うような事態となっていたのだ。
傭兵団の軍規として同朋殺しは法度となっている。
雇い主を裏切ることは由とする彼らだが、仲間だけは裏切らない。
それが鉄と血の掟であった。
しかしながら、それを戦争を隠れ蓑にして行おうとしている者たちが居る。
長兄と次兄それぞれに、彼らを後援する支持母体は存在した。
しかしながらそれよりも多くの傭兵団の兵たちが、その行いにノーを突き付けた。多くの者たちが、この内乱に目を背けて、しばしのいとまの旅に出た。
この一団もまたそんな一隻に他ならなない。
「閣下!! 奴らが勝手に争って疲弊した所に閣下が出ていけばいいんですよ!! 何を遠慮することがありますか!! ギリンジ閣下も、元を辿れば傭兵団長の血筋じゃありやせんか!!」
「容姿端麗、眉目秀麗、明朗快活。人の上に立つ人間として必要な素養の全部を持っているんだから」
「閣下がやるとなったら、俺らは合力しますよ。あんなうらなりの青二才、戦場にろくすっぽに出てこない小僧どもにいいようにやられてたまるかってんですか」
「バカ!! それじゃ彼らと何も変わらないだろう!! だいたい――」
それが嫌だからこうして紅海まで出てきたのではないのか。
気のいい男たちの笑い声を背にしてため息を吐く若船団長。
豪快で粗暴、言い換えれば素朴ともいえる海の男たちをまとめるのに、彼はいささか繊細過ぎた。しかしながらその繊細さが、彼ら海の男たちを魅了していた。
もちろん、海の男を魅了するのに、耽美さだけでは足りない。
確かな実力も必要である。
腰にぶら下げるのはカトラス刀。
大きな刃を持ったそれは、なめし皮のケースに入っている。それをひとたび抜けば船上を駆け巡る嵐やかくや。
彼はたちまち戦闘狂と化す。
美しい身なりに反して、この男、なかなかに危険な戦士であった。
と、そんな彼が振り返れば、その瞳に――。
「……うん?」
なにやら凪の海の上をすべるようにこちらに向かってくる者がある。
その者――。
黒い帯のような衣服を身に纏い、凪の海を裂いて飛ぶ、むくつけき男。
背中には剣。
それなるは青い魔刀。
銘をエロスという。
前に出した脚にはびっしりと脛毛。
剛毛、ひじきの養殖地のようであった。
そう――。
「生足、チャーミング、マーマン!!」
「なんだあれは!!」
恐ろしい格好かつ、おそろしい速度で襲来するのは――本当になんなのであろうか。新しい境地に目覚めた男騎士であった。
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