第658話 どエルフさんと第一レース
【前回のあらすじ】
どう見ても店主。
というかもう店主。
謎の大陸商人コードXはさんざんしっちゃかめっちゃかに男騎士たちのことをかき乱しておいて、あっさりと自分の正体を告げるとアドバイスを残して船を去った。
本当にアドバイスするためだけに男騎士たちを追って来たのか。
だとしたら、どうしてそこまでの献身をしてくれるのか。
店主が顔を隠す意味も分からない。
それも含めて、いろいろな思惑が見え隠れするGTR。
はたしてそんな状況で、第一レースの幕が上がる。
◇ ◇ ◇ ◇
帆船である。
船は沖を吹く風の流れに従って動く。潮の流れもあるが、外洋においてそれは船の運びに与える影響は微量。なによりも風をどれだけ捕まえることができるかで、船の進みは変わってくる。
この点、男騎士たちが乗る海賊船の船員たちは手慣れたものであった。
「北北東より風!! すぐにメインマストの位置を変えて!!」
「イエスマム!!」
「風を捕まえて最大船速!! エリザベートさまお任せください!! このアンナ、これでも海でその名を馳せた女海賊!! 絶対にこのレース、白百合女王国の名に泥を塗るようなことはさせません!!」
「頼みましたよアンナ!!」
女船長率いる海賊団の練度は上々。
素早く帆の方向を変えると船は風に乗る。
まるでその巨体を感じさせない軽やかな動きで波を切ると、海賊船は沖の大きな波を切って西へと向かって走り出す。
初めての洋上にも関わらず、彼女たちは素早く動き回る。
流石に女王前にして啖呵を切っただけはある。その無駄のない動きは、女エルフたちに期待を抱かせるのに十分なものだった。紅海を稼ぎ場とする次郎長たちも、なかなかやるじゃねえかと唾を飲む。
しかし、男騎士と大性郷は冷静である。
大海に浮かぶほかの船影を眺めて彼らは腕を組んで眉を寄せた。
「……潮風に乗って前に出たが、はたしてこの風がいつ止むか」
「じゃっとん。紅海の沖の風は気まぐれ。凪に入ったら帆船は役立たず。今回のレースを制するのは、風に頼らずに進むことができる船じゃろう」
風に頼らず進む船となると限られてくる。
北海の猛者――北海傭兵団。
魔法でできた海上でも燃える炉を使い、蒸気機関で動く船を駆る――咸臨社。
そして、百パーセント人力。
本当にそれで行く気なのか――謎の大陸商人Xである。
さて、現時点で彼らの順位はと言えば。
「なんか大見得切って出てきた割には、大したことないじゃないのよてん――謎の大陸商人X」
最下位――謎の大陸商人X。
流石に船に対して、古式泳法が勝てるはずがない。
むしろついてきているだけで十分凄い。沖の荒波を掻き分けて、余裕の表情を見せてこそいるが、最後尾につけていた。
ここから一気に捲るというには、ちょっと距離が離れている。
作戦ということは考えられないだろう。
次。
そんな謎の大陸商人に続いて、ブービーに甘んじているのが勝海舟率いる咸臨社である。こちらは逆に作戦を立てて挑んでいる感じがする。
蒸気の船ならば簡単に捲ることができるだろう。
スタートダッシュで前に出た他の船たちを、凪と疲労で反応が鈍くなったころ合いを見計って、横から抜いていく気満々という感じであった。
それを逃げ切れるような船はあるかと言われれば、正直に言って微妙である。
その時々――凪が来なければ風に乗って進むだろうし、凪が来ればあっさりとおいていかれるだろう。
帆船と違って鋼鉄船は、蒸気機関の分だけ荷重がある。
船体も鋼である。
それが抵抗となり、重荷となり、海を行くのを阻む。
まさに博打。
しかしながら――。
「性郷どん。どう思う」
「……海舟どんは負ける戦はせんひとばい。負けるくらいなら、自分から首を差し出す。敗戦処理のエキスパートたい。じゃっとん、あの構えはなんとも不気味じゃ」
「勝つ――捲るだけの自信があると?」
「江路幕府の海軍力は未知数じゃ。ついぞ、明恥政府と戦うことは最後の最後までなかった。しかしながら、勝先生は良馬――ティトどんの言う店主どんの師匠でもある人じゃぁ。良馬どんはあの戦乱の中、大陸へと渡って中央大陸政府と話を付けてきただけのお人。それだけの海軍力を持っていた人じゃ。推して測るべしじゃろう」
少なくとも現時点では、店主は全裸で泳いできているがな。
しかしながら警戒しなくてはいけない。
そこについては男騎士も首肯した。
船の縁からちらりと垣間見えた老人――勝海舟の眼光は鋭い。
あれはまちがいなく、戦士の瞳だ。
油断すればたちまちに食われてしまうことだろう。
このレース。思った以上に、苦難の旅となるぞと思ったその時――。
「うららららららららららっ!!」
「えいはっさ!!」
むくつけき男たちが胸を震わせて叫ぶ声が洋上に木霊する。
そう、帆船ではない残りの一船。
いや、帆自体は持っているのだけれど、それよりも多い櫂こそが、その動力源であるそれこそはヴァイキングたちが愛乗する、ヴァイキング船。
多くの櫂を使って、どんな荒波をも踏破する無敵の戦艦。
なんということだろうか。
波は穏やか、風もまた涼し、そんな状況下にあって――ヴァイキングたちはその腕という無敵のエンジンでもって、イワガキ島へと猪突猛進に進んでいた。仕掛どころなど関係ない、突撃あるのみといわんばかりの無謀な操舵。
けれどもその行動が、どうやら吉と出たらしい。
「……船長!! 北北東からの風が弱まってきました!!」
「……ほか、方角からも波がありません!!」
「……早速の凪か」
沖の海にまれにしか現れない穏やかな波間。
厄介なことになったなとごちるより早く、男騎士は目前の独走状態に入ったヴァイキング船をどのようにして止めるかを考え始めたのだった。
「……乗り込むしかないな」
「え?」
「このGTR。もとより乱戦は想定の範囲内。それでなくても、北海傭兵団の戦士の作法に倣えば、彼らは俺から吹っ掛けられた決闘の申し出を断ることができない。それを逆手にとって、船の進行を妨げる」
「ちょっちょっちょ、いいのそれ、大丈夫なの?」
「ティトさんがおっしゃった通り、規定上は問題ありませんよ。参加するときに他の船への妨害は大丈夫って説明を受けましたから」
とは、アンナである。
そうなのぉと、不安そうに疲れた顔をする女エルフ。
そんな彼女たちをよそに、この船のリーダーはいよいよ作戦を決めたようだ。
「風の精霊王の加護がある。あそこまで飛んで移動するのはそう問題なかろう」
「じゃっとんそれがよか」
「メンバーは俺とロイド、あとはセンリで十分かな。もう少し人数が欲しい気もするが」
「問題は、向こうの陣営次第じゃのう。ふむ、なんだったらオイが出てもよかが」
「いや、性郷どんはまずかろう。どこから政府側に噂が漏れるか分からない。ここは堪えてくれ」
「……すもさん。確かにその通りじゃ。じゃっとん、情けなか。侍の血が騒ぐのになんもできんち言うのは」
意外に武闘派だなと、性郷を見る男騎士パーティの面々。
そんな視線にも気が付かないくらいに、戦士二人は白熱した意見をその後も交わすのだった。
彼らもまた、勝つためにここに居る。
それは紛れもない事実であった。
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