第四章 恐怖伊能カウパー&モッリ水軍三兄弟

第657話 ど男騎士さんと第一レース

【前回のあらすじ】


 店主かな。

 店主じゃないかな。

 いや、似た人かな。

 世界には自分に似た人が三人は居るって言うしな。

 きっと店主の似た人だな。

 二人目だけれどそうなんだろうな。


 紆余曲折を経て、今、この出会いにそう結論を付けた女エルフ。目の前の包帯の男――謎の大陸商人コードXが店主でないと結論付けた彼女は、すっとぼけようとした。


 したけれども。

 あわれ、すべては無駄であった。


「おーい、無視しないでくれよモーラちゃん。また、ティトを悩殺するための、スケベな下着を入荷してやるからさぁ」


「誰が、誰を、悩殺じゃい!! 頼んどらんわい、そんなもん!!」


「そろそろ期間限定グラ水着装備以外にも新しい装備が欲しいだろうと思ってさ、いろいろとこっちも用意してあげてんのよ。イベント限定配布ハロウィン装備とかイベント限定配布クリスマス装備とか」


「どっちもこっちの世界にはない風習!! 世界線を簡単に超えてくるな!!」


 不穏な言葉の雨嵐。


 そう、女エルフをいじることについては、一男騎士、二女修道士シスター、三店主。


 一日の長がある彼に女エルフの付け焼刃など通じるはずもなかった。

 あわれ、彼を無視しようとした女エルフだったが、そんな企みは見事にくじかれたのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「さぁ、という訳で!! 参加者も集まったところですし、さっそく第一レースと参りましょう!! まず目指すはイワガキ島!! 第一レースということもあり、まずは小手調べのフラットな海――と行きたいところですが、ここが実は結構な難所!!」


 そうなのという視線を向けたのは女エルフ。

 そして、そんな女エルフたちに合流した――古式泳法で海を渡るはずではなかったのかという男たちであった。


 謎の大陸商人コードX。

 レース開始の前ということを逆手にとってか、はたまた意図的にか、彼らは男騎士たちの船に上がると、あくまで謎の大陸商人という体を崩さず、すぐさま打ち解けていた。


 もう本当に、古くからの付き合いとばかりに、すんなりと打ち解けていた。


 その打ち解けぶりに、思わず女エルフもそれでええんかいとなった。

 なったけれども、どうやら男騎士も店主の事情を察してそういう風に振舞っているらしい。


 そういうことを察してしまうと、さしもの彼女もそれ以上言えなかった。


 頭は回らないが、こと冒険ごと――危機察知の能力については冒険者技能で長じている男騎士である。レースは抜きにして、何かまずいことが店主の身に起きているのだろうということを、彼なりに考慮しているようだった。


 ほかのパーティーメンバーは、まだまだ面識が浅いこともあり、本当に気づいていない様子である。


 ともあれ。


 そんな話の流れで、女エルフは話題の中心にいる店主――もとい謎の大陸商人コードXに対して、レースについて問うた。こうして参加している以上、彼もレースについては詳しいのだろう。

 なまじ、ギルドマスターである。

 それなりに異国の商習慣についても詳しいに違いない。


 そんな言外の期待に応えるように、店主が頷く。


「あぁ、第一レースのあーまーみ諸島からイワガキ島への水路は、結構深い海溝が通っていてな。その海溝に潮の流れが吸い込まれて動けなくなるんだ。風も一定の時間にしか吹かないから――座礁の心配こそないが、船の操舵能力がもろに試される海域ってな具合で有名なのよ」


「……やはり、良馬どんでござるな。紅海の海路についてよくご存じだ」


「おっとよしとくれよ性郷のとっつあん。今の俺は、しがない街の店主でも、維新の英傑でもない、ただの大陸商人コードXなんだからよう」


 レースよりも、店主の肩書の方が気になる。

 維新の英傑とはいったいなんなのか。見れば、大性郷も次郎長たちも、包帯で顔を隠した店主に驚いている感じだ。


 なにか知っていることはないかと、思わず女エルフが男騎士に問う。

 救援を請われて、かつて東の島国へと向かった彼であったが、あいにくとその女エルフの質問に対する回答を持ち合わせてはいない。


 力なく男騎士は首を横に振る。


「まぁ、詳しいことは追々な。なんにしても、レースに勝つことにお前らは専念しろ。どうせ高い供託金を払って無理やり参加したんだろう」


「……そこまで分かっているのか?」


「まぁな。大陸商人の聡さを舐めてもらっちゃ困りますよ。それにしたって、明恥めいじ政府のやり口にはちょっと開いた口がふさがらなかったけれどもな。まったく、ムッツリーニの奴が居ながら、どうしてこんなことになっちまったのか」


 いや、あいつが居たからかと、またごちる謎の大陸商人コードX。

 それから、彼はごそごそとなにやら背中の袋を漁ると、そこからいろいろなアイテムを取り出した。


 一目に分かる。

 特殊な効果を持った逸品たちだ。


 どうしてそんなものを持ってきたのか。

 ここで男騎士たちに渡すのか。


 決まっている。


「すまねえな。一応、俺は今回レース参加者として、お前たちと競い合う関係だ。なもんで、レースの途中にお前らを助けてやることはできない。せめてアイテムだけでも置いていく、それでなんとかしのいでくれ」


「て……謎の大陸商人コードX!!」


「あんた、まさか今回、本当にただの善意だけでここに来てくれたの?」


 いやそれは違うと、包帯巻きの顔が左右に揺れる。

 違うんかいと女エルフがなんだか虚をつかれたような言葉を返す。

 そんな中で謎の大陸商人コードXは――どこか疲れた目をして、包帯の向こうでほほ笑んだのだった。


 どうやら、何か事情を抱えているのは間違いない。

 そして、それが男騎士たちに説明できないことなのも想像できる。


 いつもなら何かと頼ってくる男なのに。

 いったい何を遠慮しているのか。


 それだけにそんな彼の反応が少しだけ――女エルフにはちょっと歯がゆかった。


「ま、俺にもいろいろとしがらみがあるのよ。おいそれと、こっちじゃ顔を出せないしがらみってのがさ」


「嘘臭いわね。そんなのと無縁な感じをさせといて」


「まぁ、詳しくはそこの性郷どんに聞いてくれや。とにかくそういう訳だから、第一レースがんばりな。まずは、ここでいい順位――上位三位くらいにつけておくのが肝心かと思う。俺が言うことじゃないが頑張り時だぜ」


 と、そこまで言うと、それじゃぁなと謎の大陸商人コードXは船の縁から水面に飛び降りる。白波が打つそこには、彼を慕う三人の覆面がスタンバイしていて、すぐさま合体すると彼らは古式泳法の構えを取った。


 どうやら、本気で泳いでこのレースに出るらしい。

 どれくらいの成果を狙っているのか、順位を狙っているのか分からないが。


「さて!! それではレーススタートです!!」


 響くファンファーレ。


 ざわめく港。


 そして、観覧船から放たれる空砲。


 かくて、店主のアドバイスと共に、男騎士たちにとって初めてのレースが始まろうとしていた。

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