第640話 ど男騎士さんと痛み分け
【ご連絡】
読者増やそうかな計画として、来週から投稿時間を午後十二時七分に変更しようと思います。これまで長らく学校・仕事終わりの一笑とお付き合いいただいた方には申し訳ないですが、お昼に一笑とお付き合いしていただけると幸いです。
【前回のあらすじ】
それは男騎士の予測を凌駕する一撃。しかしながら、凌駕するという予見の中の一撃。刺客の放った必殺の一撃は、男騎士の柄を避けて、鋭く彼へと迫ったが、急所をずらして男騎士はその攻撃を見事に躱した。
断頭台の主となった男騎士。
得意の大上段に構えた彼だが、そんな彼の視線に不可解なモノが入る。
それは彼の身体に巣食うものと同じ魔法の紋様。多弁の華の如き桃色をした魔法紋が謎の刺客の身体には浮き上がっていたのだった。
息を呑む男騎士。
思わず緩んだ必殺の手。果し合いは流れて命を拾った刺客は、男騎士よりその代価として、彼にその命を狙わせた首謀者の名を尋ねるのだった。
普通の道理で考えれば、依頼人を裏切ることなどできようはずもない。
しかし――。
「人間何事も諦めが肝心ということだ。よし、観念した、いいだろう。俺の命、その情報で売ろうじゃないか」
謎の刺客は易々と、男騎士に依頼主の名を明かそうとするのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「俺にあんたを殺害するよう命じた男は、この紅海で手広く商売をしている貿易商でね。扱えないものは何もない。金銀財宝から食料や衣類。金さえつまれりゃちょいとヤバいもんでも運んでみせる、まぁそういう奴なのさ」
「……なるほど、商会の長か」
「過去になんか仕事の邪魔でもしたのか? まぁ、あくどいことをしてりゃぁ、ティトでなくてもいつかは誰かに潰されるわな」
それの良しあしについては魔剣も語らない。
剣に身をやつしても元冒険者である。この世界での常については心得ていた。
冒険者稼業というのは決して綺麗なものではない。どちらかと言えば、何かしらの利害関係の果てに行きつく最後の手段。薄汚れた仕事に類するものである。
それを肩代わりするのだ。
そこにはそのしがらみも引き受けるという意味合いもある。
当然、それと上手く付き合うのも、冒険者に求められる才覚の一つであった。
「名は」
「まぁそう急かすな。それに、恐らく聞いたとしても、アンタにはピンと来ないだろうさ」
「……なに?」
「どういう意味だ?」
どうも調子が狂う。
その名を明かすと言ってからこっち、ペースは完全に刺客の方に握られていた。命を救った手前こそあり、向こうからその恩義に仇成すようなことはしないだろうが、どうにも男騎士たちには居心地が悪い。
目の前の刺客が、やはり根っからの策士であり影働きに長じている者なのであろうと、そういうことを痛感する。動揺することなく、斬っておくべきではなかったのではないかと、そんな後悔までもが思わず男騎士の背中に走った。
さておき。
知らぬ所で恨みを買うということはよくある。
しかし、商会の長を務めているような男である。
まして、その商会に恨みを買うようなことをすれば、さしもの知力1の男騎士でも過去の仕事に思い当たることだろう。
そもそもこの紅海を股にかけるような大商会という時点で、下手人は限られて来そうなものなのだが――。
「……うむぅ」
「おいおいティト。しっかりしろよ。お前、恨みを買ったかもしれない相手くらい、ちゃんと勘定して仕事をしろよ。ちょっと幾らなんでも心配になってきたぞ」
男騎士には事実思い当たる相手がいなかった。
過去に紅海を渡って戦ったことは一度きり。
以降、彼は中央大陸を中心に活動してきた。リーナス自由騎士団の男騎士としても、そして、傭兵の男戦士としてもだ。
大陸に手を伸ばした紅海の商会に属する者たち。
その仕事を邪魔したということも、考えられなくない話ではある。だが、思い当たる節は限りなくない。
とりあえず表面的に彼らから恨みを買った覚えは男騎士にはなかった。
それをあざ笑うように刺客が口の端を吊り上げる。
「まぁ焦らしても仕方ない。そいつは紅海にその人ありと言われた大商人。東の島国の水路すべてを掌握し、
「……分からん、いったい誰なんだ?」
「だぁーもう、しっかりしろよ。お前な、恨みなんて気にしてたら冒険者なんてできねえ仕事だがよう、気にしないなら気にしないで問題なんだぞ。ちょっとは気にかけろ」
「ティトさん。そんな大物に目を付けられるなんて、流石です。やっぱり英雄というのは一味違うものなんですね」
「……もしや。いや、まさか。ティトどんが、恨まれる筋合いが何もない」
話に混じる男騎士の仲間たち。
その中でただ一人、紅海の大商人について思い当たる節のある反応を見せたのは大性郷である。
東の島国の重鎮を務めた男だ知らないはずがない。
しかし、それにしてもその反応はどこかそわそわとしている。
その浮ついた態度に、何か知っているのかと男騎士が尋ね帰すよりも早く、刺客はその男の名を告げた。
「その名は勝海舟。美少女戦士
「……勝海舟」
「……やはり」
そう言って、顔を歪めたのは大性郷。
どうやら彼が思い描いた人物と刺客が語った雇い主に相違はないようだ。
しかし、その顔色は依然として青ざめたままだ。
命を狙われたことがショックなのではない。そうであれば、大性郷はどちらかと言えば憤慨する男であると、男騎士は把握していた。悪戯に人の命を狙うような卑怯な輩を、この東の国の大英雄が嫌うことを、彼は把握していたのだ。
その驚愕の表情の意味は違う所にある――。
「と、それじゃ名前は告げさせて貰った。俺はこれでおさらばとさせてもらうぜ」
またしても、大性郷の言葉に男騎士が引っかかっている内にことは起こった。
もふりと煙幕が立ち昇ったかと思えば、空っ風が吹くとうきび畑にかっはっはと乾いた笑いが木霊する。
また会おう、そう告げてどことなく姿を消した謎の刺客。
「待て!! 最後に名を告げていけ!! どうせまた、俺の命を狙うのだろう――武侠の徒よ!!」
「おう、俺の名前を憶えてくれるか!! そいつは嬉しいね!! 嬉しいけれども、おあいにくさま!! 俺は人に名乗るほどたいそうな身の上のもんじゃねえ!! ただの荒くれ――人に頼まれ人を斬る、そういう道にいきるもんじゃきぃ!!」
「じゃ、きぃ?」
さらば。
そう告げて刺客は去った。
後に残されたのは、男騎士が切り開いたとうきび畑と夕暮れの空。
いささか居心地の悪い、胸のわだかまりだけであった。
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