第639話 ど男騎士さんと魔法紋

【ご連絡】

 読者増やそうかな計画として、来週から投稿時間を午後十二時七分に変更しようと思います。これまで長らく学校・仕事終わりの一笑とお付き合いいただいた方には申し訳ないですが、お昼に一笑とお付き合いしていただけると幸いです。


【前回のあらすじ】


 刺客の魔手が男騎士を襲う。

 繰り出されるは暗殺の拳。冒険者の男騎士は知らぬ凶手。

 万華鏡のように移ろう幻惑の攻撃にただただ翻弄される男騎士。一矢報いんと、その拳の癖を読み仕掛けた男騎士だったが――。


「甘い!! エルフ・パイオツ・メチャデッカー!!」


 そのカウンターさえも見切って仕掛ける刺客。はたして男騎士の繰り出した必殺返しは簡単にしのがれてしまったのだった。


「……これ、大丈夫な奴なの?」


 今の今まで俺TUEEEE状態でまったく敵の追随を許さなかった男騎士。

 それがポッと出のポッと出暗殺者に窮地に陥れられる。


 はたして、どうなるどエルフさん。

 いや、ど男騎士さん。


◇ ◇ ◇ ◇


 必殺の一撃にも種類がある。

 男騎士のように一芸を極めに極め抜き、他の者が対応できぬ求道の一撃。

 かつてハーフオークの女が見せたように人の不意を衝いて繰り出す致命の一撃。

 あるいはこの謎の刺客のように、術理を突き詰めて繰り出される神域の一撃。


 どれもこれも人間の認識の限界を一つ越えた所にある技。それを受ける者の認識を越えた所にそれを磨き上げ、放つからこそ命に届く。その刃は敵を断つ。


 必殺。

 故に、回避されればそれは即ち己の死である。

 初見殺しこそが必殺の肝心要であり、どのような形であれども、共通する要素であった。それは男騎士もよく理解していた。


 理解していたからこそ、刺客の繰り出す必殺が、必殺であって必殺ではないことを彼は予測していた。


 後の先。

 もし、相手がそれを狙っているならば、必ず技の速さで仕掛けてくるだろうと。

 男騎士の認識を凌駕する神速の一撃が、彼の急所めがけて飛ぶ姿を、男騎士は確かに予見していた。


 故に――柄を前に出して拳を受けようとしたのはブラフ。


 後の後を男騎士は最初から狙っていた。

 穿つべき場所に急所はなし。放たれた刺客の燕の如き手の影は、男騎士の顔を浅く斬り裂いただけに留まった。


 返す刃は大上段。

 完全に身体を入れて、体重をかけれる状態に持って来た男騎士は、断頭台の上の処刑者の如く、刺客のうなじを睨んでいた。暗殺拳に男騎士の冒険者としての技が勝った瞬間であり、転じて彼の必殺へと繋がった瞬間であった。


 しかし。


「……なに!?」


「……うぉっ!? なんだその紋様!?」


 担ぎ上げた魔剣は肉を斬る前に停まる。


 練に練り上げた暗殺の術。

 拳の理を崩されて、死を覚悟した刺客の身体。

 その身体に色鮮やかな紅色の紋様が浮かび上がっていた。


 桜か、梅か、はたまた桃か。多弁の花びらのように鮮やかなその紋様は、致死の一撃を放つまでその白い肌には存在しないものだった。


 そのような性質を持つものに、男騎士は心当たりがある。

 彼が抱え込んだ問題の一つ。そして、その手数の多い巧緻の武芸を、一瞬にして必殺の域まで引き上げることができる可能性を秘めた魔法。


 いや、呪い。


「まさか、鬼族の呪いの保持者なのか?」


 たまらず問うてしまった男騎士。死を覚悟して硬直していた刺客であったが、その問いに対してようやくその瞳が瞬いた。

 まるで信じられないものを見るような瞳を、男騎士へと投げかける。

 次いで口を吐いたのは、噴き出したような息であった。


 くしゃりとその緊迫した表情が崩れたかと思えば、見る間に刺客が身体に帯びさせていた物々しい険しさが消失していく。

 その生き物が如き掌を腹の中に抱えると、くははは、ぐははと彼はたまらぬという感じに笑い声を漏らしたのだった。


 何がそんなにおかしいのか。

 男騎士もまた彼のその反応に、どう反応していいのか分からず、せっかく踏み込んだ必殺の間合いから離れると、腰に愛剣を添えて立ち尽くす。


 忍び笑いがようやく収まる。その頃には、殺し合いの様相で始まった場の空気は、完全に違うものに変わっていた。


「いやはや。我が主から、大陸に二人といないお人よしとは聞いていたが、俺のような命を狙った相手に対してまで、情けをかけるとはなんともはや」


「……むっ」


「おう、ティトのお人よしは今に始まったことじゃねえからどうこうというつもりはねえ。だが、てめぇ、命を拾ってその言いぐさはねえだろう。今のは真剣なやり取りだった。どちらかの首が飛ぶまで続いても、文句の言えない立ち合いだったぜ。なのに、笑って済ますとはどういう了見だ」


 その使ってみせた暗殺拳は偽物か。

 どこかなじる様な言葉が、男騎士の腰の刀剣から昇る。確かにその通りだと頷きながらも、まだ少し笑いの余韻が抜けきらない謎の刺客。彼は口元を隠しながら、ゆっくりと顔を上げて男騎士を見た。


 その身体から殺気が抜けたように、その瞳からも害意は失われていた。


「あいやまったく魔剣どのの言われた通り。此度の戦いは、我ら二人の命を賭けて行われた、命のやり取りに他ならない。それを俺の勝手で反故にしたのはいやはや武侠としての沽券にかかわる。それを置いても、大旦那から任された役目を果たせぬ、使用人としての名誉にも関わる」


「主と言ったか? 誰かに雇われて俺を襲ったのか?」


「いかにもいかにも」


 どうにも雇われ暗殺者の類ではないらしい。

 この謎の刺客は、どうやら誰かに使えている者には間違いない。そして、どういう経緯があるのかは分からないが、その者が男騎士の死を望み、今回のような次第に至った訳である。


 冒険者稼業である。

 誰かの願いをかなえると言うことは、誰かの願いを断つことにともするとつながる。もちろんそんな因果な仕事ばかりという訳ではないのだが、人知れず恨みを買うこともあるだろう。


 今回のような刺客に襲われることは男騎士としても初めてのことではない。

 だからこそ、とうきび畑に隠れている刺客の気配に感づくこともできたし、突然の立ち合いにも冷静に対応することができた。


 その予想外の暗殺の技や、身体に浮き出た魔法の紋様については想定外だったとしても、彼にとってこのいざこざは、決して驚くようなことではなかった。


 しかし、暗殺者に頼むでもなく、使用人にそれを頼むというのは前代未聞。

 そもそもとして、このような暗殺の技を用いる者を、使用人として抱えているということが考えられない。

 何者であれば、このような秘技・暗殺の技を持つ者を雇うことがあるだろうか。


 よほどの素性を持ったものでなければ考えられない。

 王族、騎士団の長、あるいは政府の要人――または組織の長。


「誰に頼まれた。お前の命、俺の命を盗るようにと命じた者の名で買おう」


「そいつはちょっとご勘弁をいただけるかね。でないと、俺も寄る辺がない」


 道理。

 雇われの暗殺者であろうと、長らく人に仕える使用人であろうと、それはできない相談であった。


 暗殺を命じた者の名は秘匿するべきもの。

 そのために、彼らは信頼されて遣わされたのだ。

 その信頼に背中を向ければ、彼らに待つのは死以外にない。


 どだい無理と承知で男騎士も尋ねた。

 そして、刺客もまたそれを汲んで、答えられぬと一旦はそれを突っぱねた。


 だがしかし、またしても刺客は破顔する。


「しかし、まぁ、言ってしまっても構わねえか。アンタほどの男なら、こうなっちまったのも仕方ない。もはや俺は、流れに身を任せるばかりだ」


「……あぁん?」


「どういう意味だ」


「人間何事も諦めが肝心ということだ。よし、観念した、いいだろう。俺の命、その情報で売ろうじゃないか」


 謎の刺客はそう言って、こきりこきりと肩の骨を鳴らすのだった。

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