第637話 ど小性郷どんとからくり艦隊
【前回のあらすじ】
男騎士たちを襲った謎の刺客。
繰り出されるのは謎の拳。
目的も素性も使う技も謎。いったい彼は何者なのか。新部に入ってからというもの謎が謎を呼ぶばかり、まったく先の見えない怒涛の展開は果たして本当に作者は考えて書いているのか。
「まぁ、行き当たりばったりで始めた小説だから、その辺りはお察しよね」
といいつつ、考えているかもしれないし、いないかもしれない。
二部揃って政変ものというところに、そこはかとない行き当たりばったり感を漂わせつつ、今週は本編はここまで。
視点は再び
◇ ◇ ◇ ◇
「
「元気にしちょったか、小性郷」
「性難戦争はほんに酷なことをしたのう、小性郷。すまんことだ」
「……ふん」
襖の向こうから現れたのは精悍な大男。
性郷隆盛とどことなく顔つきは似ているが、しもぶくれな彼と違って全体的にがっしりとした体つきをした男であった。名は自ら名乗った通りである。
性郷柔道。
男騎士たちが行動を共にしている大性郷、その一回り年下の弟である。
実の弟にして彼と同じく旧政府の打倒に尽力した彼だったが、年若いこともありまだ政府中枢からは遠ざけられていた。それが幸いしてか、それとも災いしてか、彼は兄の隆盛が起こした性難戦争に参加せず、新政府側に残ることとなった。
彼に対する評価はおおむね三人の英傑たちが示した通りだ。
かわいい自分たちの子飼いの将校。
あるいは、大性郷には遠く及ばぬ紛い物。
実際、小性郷もそのことは重々承知していた。時代を変革した兄と比べて、いささか自分が器量に劣ること。そして、器量を抜きにしても兄の成したことの偉大さを認識していた。
普通、このような状況において劣等感を抱くなと言う方が無理であろう。
それも生半可ではない、大英雄の弟である。
その心労たるや筆舌である。
常人であったならば、あまりに偉大する身内の影の中に、自分を見失いともすれば自棄のような行動に出てしまうということだろう。あるいは、あぁは慣れぬと諦観し、周りから向けられる無遠慮な期待の眼差しに目を背けて、隠棲の道を選ぶことだろう。
まともには生きられない。
そんな境遇に身を置いて柔道はと言えば。
「からくり艦隊これくしょん計画。進捗率は今の所五割でごわす。既に紅海南部に対して一部艦隊を展開。海賊の締め出しを行い制海権を得ておりもうす」
「なんと」
「やるではないか、柔道どの」
「……ふん。真面目で実現力があることだけは認めてやろう」
自分を見失うことなく、ただ、己に課せられた責務をまっとうに果たしていた。
そう、曲がり曲がってもそこは大性郷の弟である。
確かに器量は兄には及ばぬ、その才気も兄には及ばぬ。
しかしながら芯は大英雄と同じくするものを持っていた。
民のために自分を滅して働くことができる実直さ。
課された仕事を着実にこなす勤勉さ。
小性郷。
彼は大性郷の兄には及ばぬ者の、ひとかどの人物には間違いなかった。
もっとも、まだまだその器に、世間の評価はついてきていないが。
大性郷の代わりを彼が勤めることは不可能である。それは、彼の盟友にして、中枢から結果として追いやる形となった大久派がよく分かっていた。けれども、彼だからこそできることもある。
大性郷とは違う形で、小性郷はこれからの時代を担っていく人物になる。
それを予見して、性介は小性郷に対してとある課題を課していた。
明恥政府の軍事力の一翼。
陸、海の二つのうちの一つを彼に任せていたのだ。
そうからくり艦隊の名が出て来たとおりである。
「からくり艦隊の威力たるやすさまじいものがあります。これまで、紅海の制海権は船舶により支えられてきました。しかしながら、からくり艦隊を用いれば、膨大な人夫を持ち要ずとも、紅海を守ることができます」
「……どうやら、貴殿らの建てた策は当たりだったようだな」
「これで少しでも軍役の負担が減るとなれば儲けというものだが」
「制海権を得るだけではいささか手ぬるい、我々の目指すところはもっと先にある。小性郷。その辺り、はき違えてはおらんだろうな」
「もちろん。この次を見据えた動きを我々も考えておりますよ。しかし、まずはこの広い東の島国の海を完全に掌握すること、それこそが肝要かと」
「……うむ。兄と違って、大言壮語をせぬところも認めよう。お前の実直さについては、あきれるほどに間違いないものだ」
「その通りだ柔道どの。目指すべき道と、今しなくてはならぬ道をつなげて考えられるか。それこそが政治家に代表する人の上に立ち導く者に求められる資質。人の希望の上に立ち、いたずらにその言葉に従うばかりでは、余計な混乱を招くだけ」
どこか戒めるように発した大久派の台詞。
流石にこれには兄とは違う道を着実に歩む小性郷も、苦笑いを浮かべずにはいられなかった。
兄隆盛は、大衆の声を見捨てることができずに中央政府を裏切った。
聞こえてくる民の声を前に、進むべき道を誤って下野し、挙句の果てに余計な混乱をもたらした。もっとも、その混乱の後には、一つの不満も残ることなく、明恥政府の東の島国における統治は盤石のものとなった――。
しかし、それ以外にもやれることはいくらでもあった。
彼が死なずとも、不満分子を処理する方法はいくらでもあった。
大性郷は大きな目的を成すために、辿るべき小さな目的を間違えた。
彼の無二の友であった大久派は、小性郷に今は亡き彼の面影を重ねる。そして、失ってしまった彼の友誼に応えようとばかりに、その肩に手をかけるのだった。
「柔道どん。まず、迷ったときには我らを頼られよ。亡くなった、君の兄君に変わって、我らがおんしを支えよう。じゃっとん、おまんも我らを支えてくれ」
「……性介どん」
「時代は柔道どんを必要としておる。いや、東の島国の未来は――」
お主の肩にかかっている。
そう言って、性介は小性郷の肩を揉んだ。
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