第629話 性介どんとからくり艦隊

【前回のあらすじ】


 いろいろとあったが、大性郷は今の政府に対する不満は持ち合わせていなかった。

 東の島国の平和のためにあえて汚名を被る大英雄。その献身と覚悟に男騎士パーティは、揃いも揃って感嘆の想いを抱くのだった。


 さすがは大性郷と。


「助けて貰った恩義もあれば、行く当てもない身でごわす。ティトどん、この性郷隆盛、貴殿に御助力いたそう」


 かくして大性郷を仲間に加えた男騎士たち一行。

 彼らの思いが冥府島へと向かう――。


 一方で。

 東の島国出身のからくり侍が、なにやら思う所がある表情で大性郷を見つめていた。

 その瞳に何か抜き差しならないものを感じたのは女エルフ。

 彼女は、これからの旅路において、大性郷との間にひと悶着がありそうな気配を感じずにはいられないのだった。


 と、まぁ、こう話も良い感じに進んできた所で。ここでちょっと視点変換。


 大性郷と同じく、東の島国の革命を推し進めた、もう一人の英雄にフォーカスを当ててみたいと思います――。


◇ ◇ ◇ ◇


「菊之助どん!! いいからワイでこいてくれェッ!!」


 着物の裾を捲り上げ、天に尻を突き出して絶叫する男。

 畳の上にひかれた綿の布団。使い古されて、くたびれにくたびれたその上で、しとどに寝汗を掻いた男は、はっとした顔で目を覚ました。


 尻を天に突き出したまま、彼は額の汗を拭う。

 細面の顔にはみ出るほどのカイゼル髭を蓄えた男は、取り乱した自分を恥じるように首を振った。しかしながら、かたくなとして尻をひっこめることはしない。


 男の尻はまるで雄々しく聳える火山のように立派であった。

 そして、顔と腹と脚と前の棒を隠して見れば、なんともプリッとした品のあるいい尻をしていた。そう、キングエルフの尻とはまた違う、ぷりぷりとした艶肌のいい尻をしていた。


 この尻を育てたのは擦摩の肥沃な大地。


 赤道に近く日照条件が良好、かつ、活発な火山の活動により火山灰が降り注ぐことで土地の栄養価がとみに高い。

 農耕地として適した擦摩は多くの丈夫な士卒を生み出した。

 その中でも、うらなりうらなりと揶揄された彼だったが、尻については別格。


 まるで専門のトレーニングでも積んでいるかのような、仕上がりを見せていた。


「また、性難戦争の夢を見たか。菊之助どん。おいの細腕一つに、明恥めいじ政府は荷が重か。どうしていなくなってしまった、菊之助どん」


 男泣きに泣く。

 きまって、大性郷の夢を見た朝、彼は人目をはばからず泣いた。


 男の名は大久派おおくぱぁ性介しょうすけ

 大性郷とは無二の友。幼馴染にして、彼と共に零落の途にあった東の島国を建て直し、旧政府である江路えろ幕府を倒した男。そして、現明恥めいじ政府を取り仕切っている、事実上のリーダーであった。


 頭が切れ、政治というものが何であるかを理解している傑物。

 出すべき時に出すものを出し、劣勢の時には迷わず斬り捨て被害を最小限に抑える。感情論に流されない、合理的な物事の見方ができる男だからこそ、彼は現行政府の中枢になくてはならない男であった。


 しかしながら、その本質は大性郷と同じ。

 情けに深く、情に厚い、何よりも人を愛し、民の幸せを願う、小市民であった。

 全ては大性郷と共に歩んだが故の運命の悪戯。同じく、人のために友のために、その影となって歩んだ軌跡が、今の政府の要職――人情を捨てて物事を決済しなくてはいけないという、辛い立場に追い込んだ。


 寝起きだというのに、彼の顔には隈が浮かんでいる。


 そんな彼の寝床に近づく影があった――。


「閣下。ムッツリーニ外相が御帰還されました。さっそく、朝から話がしたいと使いを寄越していますが」


「……分かった。逝藤くんも同席してもらおう。それと、柔道元帥も呼んでおいてくれ」


 かしこまりましたと背中を折るそれ。

 声は女性の出す甲高いものである。


 障子の向こうに見えるシルエットも髪を解いた女のそれだ。

 けれども、どうにもその所作が人間離れしている。


 折った腰がぐんとまるでばね仕掛けのように跳ね上がる。それから、生身の人間とは思えぬ振り子のような動きで立ち上がると、踵を軸にして背中を向ける。

 少し開けた障子の隙間から見えるのは、着物に身を包んだ女中の姿。

 けれどもその微かに見えたうなじからは――人間の肌の色とも模様とも違う、木目が覗いて見えるのだった。


 かちりかちりと発条の鳴る音がする。


「……菊之助どん。おいはほんとうに、このまま突き進んでよかとか。いくら、士族をこれ以上にのさばらせないためとはいえ、これ以上民を疲弊させないためとはいえ、このような神への冒涜が許されるとだろうか」


 神なぞいない。

 革命運動を通じて知り合った、敵方の名将の言葉を思い出す。

 崩れ行く旧政府を最後まで憂い、その血道を繋ぎ、新政府発足後も頑なに主家への忠義を果たす律儀な老人である。そんな老人が言った道徳観念を覆す台詞が、どうにも今の性介の耳には心地よかった。


 そう、この世界に神はいない。


「ならば、我らが神に代わって、この地上に楽土を築くしかない。菊之助どん。おいはやるぞ。絶対にやる。じゃっとん、辛い。そして、怖い。政治という化け物に、今にも飲み込まれてしまいそうな自分が怖い」


 自分を見失わずに、どこまで行くことができるのか。

 払暁の東の島国にはまだそのほのかに暗い道先を先導して駆ける人間が必要だ。多くの志を同じくする同志たちが、既に彼の前から姿を消していた。


 弱気の虫の疼きに震えながらも、ようやく性介は立ち上がる。


 ふと、彼の目の端に折り重なった紙の束が見える。

 黒い漆塗りの盆の上に置かれたその束の上には――極意の朱文字と共にこう書かれていた。


「……からくり艦隊コレクション作戦。本当に、おいにできるのか」


 ようやくKAD〇KAWAのおひざ元らしいパロディがはじまろうとしていた。

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