第617話 ど聖刀さんとど道化外道さん

【前回のあらすじ】


 出港する男騎士たち。

 それを追いかける店主と、謎のアゴナシ水運の皆さん。

 なんか急に強キャラムーブで大物感を出してきた店主だが、はたして彼は何者なのか。そもそも、彼はなんなのか。


 よく見ていただきたい。

 実はしれっと、彼の生い立ちを登場人物紹介に書いていなかったことを。

 そう――。


「また後付け設定か!! 精神的な時の部屋でゴールドでエクスペリエンスな過去編はやったでしょ!! もうっ!!」


 と、言いつつ、彼が今何歳なのか、あの経験の後どういう形で成り上がっていったのかは描いていませんよね。小説とは、そういう隙間を補完するから面白い。

 という訳で、いろいろな伏線を張り巡らした第七部へと向かうちょっとその前に――。


 タイトルの通り。

 男騎士たちと言葉少なく分かれた、聖刀トウカこと――大英雄セレヴィと偽勇者たちについて、幕間の物語をお送りしたいと思います。


 あれ、今週は一話足りてないぞ、とか思ってくれましたよね?

 そろそろ暗黒大陸側も動かしていかないといけませんからね――。


◇ ◇ ◇ ◇


 四本の脚が暗い空気を切り裂く。

 その烈蹴は流星の如く。煌めくように流れては、量産品の両手剣を手にしている偽男騎士の首筋を狙った。


 すわ命はないか。


「ティントォ!!」


「にゃぁ!! だんにゃぁ!!」


「あらあらあらー!!」


 パーティーリーダーの命の危機に、少し間の抜けた声を上げたのは、彼女たちがまだまだその実駆け出しの冒険者であるという何よりの証拠である。

 しかもここに来て彼我の絶対的な力量の差さえ見えていない始末。


 唯一、本物の男騎士との対峙により、真に強い戦士とはなんなのかそれを垣間見た偽男騎士だけが、目の前のケダモノの異様さに気が付いていた。

 そう、月面を付けた四本足の異形。謎の襲撃者の異様さに。


 しかし気づいた所で時すでに遅し。

 もはやその絶命の一撃は、回避不能の所まで迫っている。命を刈り取る鎌のような無慈悲な一撃。ケダモノの道化はしかし、まるでそれを作業のように、なんでもない顔でしてみせるのであった。


 そこには、暗黒大陸の面々の前で見せたひょうげた感じは微塵もない。

 冷徹な殺人者の姿があった。


 そんな四つ足が止まる――。


「くっ、仕方ないですね!! こうなるように仕向けたのは私ですが、まさかこんなにも早く大本命がひっかかってくれるとは!!」


「……ほう、これはびっくり。驚きましたよ、まさか化け剣が出てくるとは」


 首筋を寸での所で止めたのは偽男騎士が頼みとする両手剣ではない。

 その腰にぶら下げている、長くて抜き差しに面倒な刀であった。それが突然主人の意思に反して翻ったかと思えば、拵えを抜かぬままに四つ足のケダモノの繰り出す蹴撃に打ち合わせた。


 きぃんと鞘の中で鳴る共鳴音。

 距離を取る四つ足の獣の前で、突如として宙を浮いた刀――大英雄の愛した聖刀は人の姿を取ってみせた。


 その眉間には青筋。

 また、顔色にはいつもの余裕がない。


 この場に居る誰よりも、一番この状況のまずさを彼女がよく理解している。

 その緊張感のある仕草に、思わずくははと四つ足の獣が笑みをこぼした。


「なるほどなるほど!! 大英雄というにはあまりにお粗末、冒険者としての体もなっていないボンクラ、これは騙りかと思ったら案外に面白い!! このどうしようもない、贋作とも言えない不出来な連中は、どうやら貴方の入れ知恵あってのことのようですね!!」


「……が、贋作!?」


「とも言えないボンクラよ。ティントォ、自分の非力を弁えているなら、もう下がっていなさい。道化のジェイミィ、アンタが逆立ちしたって相手にならないわ」


 おやおやどこかでお会いしましたかなと道化が嗤う。

 四つの脚がせわしなく蠢動してその身体を覆っている衣服を揺らす。もはや、人の身体とも思えないほどに膨れ上がったそれは、道化服を破いて今にも暴れ出しそうなほどである。


 聖刀の顎先を汗が走る。

 その引きつった顔を前に、自分たちの置かれている状況のまずさをようやく理解したのだろう。


「……退くぞ、みんな!!」


「にゃぁ!? ちょっとちょっと、英雄がそんな簡単に退いちゃっていいのかにゃぁ!?」


「ここは気合いの見せどころでしてよティントォさん。本当の英雄になりたいんではありませんでしての」


「そうよ。ちょっと相手にいいようにされたからってなに――」


 いいから急ぐんだと偽男騎士が怒鳴る。

 有無を言わさぬその剣幕に、流石に素人冒険者たちも言葉を失くした。

 さぁいくぞと声をかける偽男騎士。


 背中に残すのは、彼を導いた聖刀――。

 後ろめたそうに見るその瞳に、精いっぱいの強がりの微笑みを見せる彼女。

 大丈夫、すぐに合流するからという心の声を聴いて、偽男騎士はその場から急いで逃げ出したのだった。


 恥も、外聞も、矜持も捨てて、一目散。

 逃げるが勝ち。しかし、今回ばかりはどう言い繕っても負け。

 そんな無様な退散であった。


「んふふー、見事な逃げ様ですねぇ。その逃げっぷりだけは、私も見事と太鼓判を押して差し上げたいくらいですよ」


「アンタが押す太鼓判は金属が入っているでしょう」


「やっぱりどこかでお会いしてますかねぇ。うぅん、誰でしょう。当方、エルフの知り合いには、二人ほどしか心当たりがありませんでして」


「ほぼ分かっているようなものじゃない!! 本当に食わせ物ね!! 長らく暗黒大陸で冷や飯喰らっていた理由がよく分かるわ!!」


 がちがちガチと歯を打ち鳴らす四つ足のケダモノ。

 いよいよ、その怒張した身体が道化服を引き裂いて月下に晒される。

 全身を茶色い体毛に覆われたそれは――人間でも獣でもない。四つ足に、三つ首に、多数の瞳。そして、水気を帯びた息を吐きだす孔を持った、異形であった。


 もはや唯一の人の名残である月面を揺らす道化。


「まぁ、どなたでも構いませんよ。道化のジェイミィ。出会ったからには必ず相手を殺すのが信条ですから」


「暗黒大陸のキリングマシーン。お手並み拝見と行きましょうかしら」


 月夜に激しく打ち合う金属音が鳴り響く。


 それは四半刻ほど鳴り響いて後――砕けるような音と共に終わった。


【第六部 完】

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