終章 いざゆかん海原の果てへ
第614話 ど新女王さんとさらば女王国
【前回のあらすじ】
白百合女王国の女王エリザベート。
国を救う決意と母の介護をする決意を胸に新女王として即位したはずの彼女は、真剣な面持ちで仲間たちに言った。
「無理です!! 親の介護がこんなにしんどいものだなんて知りませんでした!! まだお
どこの異世界でも、親の介護は大変。
最初は親孝行するんやと意気込んでみたはいいものの、いざやってみるとなると思い通りにいかない、できない、せいいっぱい。生きていくことだけでしんどかったりするものです。
時には心のすれ違いだってある。
親のためによかれと思ってやったことを理解して貰えず、いい歳して枕を涙で濡らすこともしばしば。それだけならまだしも、ちょっとした口喧嘩からあわやニュースになるような暴行沙汰かとひやりとする事態になることも。
ニュースなどでよく、介護疲れから親を――などというのがありますが、あんなものは表層。表舞台に出てこないだけで、そういう側面はこの手の話にはついて回るものだと思います。そういう時、無理な虚勢を張らずに、親戚、行政、互助組織、なんにしても人の手を借りるのは決して間違った選択ではないでしょう。
「……なんだか妙に言い訳がましい話ね?」
筆者は介護歴とかないんですけどね。
まぁ、いろいろあるんです、いろいろ。
という訳で、新女王になるのやめた宣言。再び男騎士たちと旅をすることにした新女王(こっからはこれで呼称統一)。女修道士に続いて二人目の脱落かと思いきやそうではない。
一人の脱落者も出さないまま、一行は次のステップへと足を進めるのだった。
今週もそんな感じで、どエルフさんはじまります。
◇ ◇ ◇ ◇
かくして、港へとやって来た男騎士たち。
港には既に北の大陸へとかつて彼らを運んだ海賊船の姿が。懐かしい顔――男嫌いの女船長が、男騎士たちに向かって手を振っていた。
それに手を振って応える、男騎士と新女王。
そんな彼女たちの背後に近づく影があった。
「気を付けて行ってくるのよエリィ」
「ローラ……いえ、ローラおばさま」
あばた顔と身長こそ違うが、それは間違いなく新女王の妹だったもの。いや、そのフリをして白百合女王国の行く末を見守っていた影の女王であった。
第二王女ローラ。
吸血鬼にして永遠に近い時を生きる、白百合女王国の守護者は日傘と共にその場に現れた。隣には、どうしたことか神妙な顔つきのハゲ修験者まで一緒である。
数歩離れて後ろには、新女王の妹たちも並んでいる。
どうやら第二王女とハゲ修験者だけでなく、新女王の妹たちは全員、彼女の旅立ちを了解しているようだった。
それだけではない。
「気を付けてでかけてらっしゃい、エリィ」
「……おかあさま!!」
車椅子に乗せられて姿を現したのはかつての女傑。
元白百合女王国女王カミーラであった。老いた女傑は、往時の苛烈さを微塵も感じさせない和やかな表情で旅立つ娘に手を振る。
その姿に、新女王の胸に去来するのは後悔か、それとも寂しさか。
なんともいえない冴えない表情をする彼女の肩を、どんと彼女の姉貴分である女エルフが叩いてみせた。
「何をしょぼくれた顔をしているのよ」
「お姉さま」
「世界を救うために泣く泣く別れることにしたんでしょう。大義名分はあるわ。それに、別に貴方の決断は間違ったものじゃないと思う。胸を張って家族に別れを告げなさいなエリィ。旅立ちはそうでなくっちゃ」
「……そうですね!!」
「だぞ。そうなんだぞ、湿っぽいのはよくないんだぞ」
「世界を救いに行くのです。そんな今生の別れのようなやり取りでどうするんです。勝ちに行くのだ、いいえ、勝つのです。そんな感じで、もっと和やかに分かれるべきだと思いますよ、エリザベートさん」
「おばっ、おばおば、おばば、おば、オバ、オッばァば!!(錯乱)」
「……皆さん!! ありがとうございます!!」
目の端に涙を浮かべる新女王。
しばし、女王としての威厳を忘れて、一人の人の娘となった彼女は、自らを見送るために集まった家族の下へと駆けよった。
祖国の危機を前にして取り戻された家族の絆。
それは結果として、祖国そのものを復活させるに至った。
手を取り合い、微笑みあうその光景の先には、暗い未来などとても見えない。
「……だぞ。雨降って、地固まるとはこのことなんだぞ」
「白百合女王国は今回の事件で強く結託しました。この様子なら、きっとエリザベートさんがいなくても、なんとかやっていけることでしょう」
「まぁ、マッチポンプといえばマッチポンプなんだけれど、仕方ないわよね。なんにしても、カミーラさんが一人で気負わなくてもなんとかなったのはよかったわよ」
暗黒大陸の蹂躙により国としての体裁を失った白百合女王国。
全てのものが壊された。守られてきた秩序が焼失した。それでも、そこに残った僅かな縁と絆を繋ぎ合わせて、今ここに新たな国の萌芽をつくろうとしている。
新女王はこれから世界を救うために旅に出る。
しかしながら、彼女のために身を粉にして戦う姉妹が、彼女の信頼できる家臣たちが、きっとこの国を守るだろう。
そしてそれを、かつての女傑も、女王たちに寄り添って来た永遠の第二王女も、見守って行くことだろう。
「元の鞘に収まったって奴だな。結構結構」
「うむ。カタコンベの中で、パン・モロ殿もきっと喜んでいることだろう」
そう言って腕を組む男騎士。
もはやすっかりと賢さも、
するとなぜだかどっと彼らの間に笑いが起こった。
途切れることのない笑い声。
物語の結末を彩るのはやはり笑顔である。
大団円とばかりに彼らは誰にはばかることなく笑う。
その笑いを拾ったように、新女王たちも笑う。
しばし、港にはあらくれたちの怒号からは程遠い温かい笑い声が満ちた。そこには、家族の離別を惜しむ哀しみの感情などない。その無事の帰還を信じて疑わない、覆ることのない信頼があるばかりだった。
この国はきっともう大丈夫。
女エルフたちは笑いながら、そう感じるのだった。
優しい風が海から陸に向かって吹き付けて、波止場に穏やかな波音を立てた。まるでそれは、新たな女王の下に生まれ変わった女王国を祝う拍手のようであった。
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