第610話 ど男騎士さんと真の狙い
【前回のあらすじ】
梁山パークから送られてきた承兌書状こと脅迫の手紙。
その手紙は男騎士が仕掛けた偽計であった。
彼の目的は第一王女を女王として一皮むけさせること。そのカンストした知能が導き出した作戦は見事に成功。第二王女ローラに第一王女の即位を決断させ、敵であった
かくして白百合女王国の内乱は落ち着くべき所に落ち着く道筋が見えた。
問題は――。
「問題はどうやって事態を説明するかだなぁ」
「だな」
第一王女のため、白百合女王国のため、なにより仲間のためとは言え、仲間を騙したのは紛れもない。
善良・人畜無害を絵にかいたような男騎士。
彼にしては珍しい嘘。
はたして彼の裏切りとも言える行動を仲間は受け入れてくれるのか。
「みんな、分かってくれると信じているさ」
不安を抱えながらも、男騎士は戦いを終えた女エルフたちの下に戻るのだった。
という所で。
さぁさぁ、もうすぐ第六部もクライマックス。
どエルフさん、今週もはじまります。
◇ ◇ ◇ ◇
「そうだエリィ。今こそ白百合女王国の女王として即位する時だ。今の君は名実ともに、この国のトップとして立つのにふさわしい人間だ」
「……ティト!!」
森の中から姿を現した男騎士。
彼がこの混乱の中で何をしていたのか。
女エルフたちは知らない。
ただ、ゲリラ的に梁山パークの者たちと戦い、第一王女エリザベートの出兵を手助けするという話を、別れ際に交わしただけである。
そちらの首尾は上々に進んだのという感じで歩み寄る女エルフ。
無事でよかったんだぞと近づくワンコ教授。
長らく一緒に旅をしてきた二人には、男騎士に対する深い信頼がある。よもや、彼が今回の一件について裏で手を引いていようとは思ってもみなかったし、なにより無事に再会できた喜びの方がはるかにこの時勝っていた。
しかし、まだ出会ってから付き合いの浅い
そして今回の件について最も影響を受けた第一王女。
この二人の心中には、まるでこの状況を狙いすましたように出てきた男騎士の姿に、親近感や安堵感よりも違和感が先に去来した。
訝しむ視線に、すぐに女エルフも気が付く。
「……どうしたのエリィ。それに、リーケットも」
「いえ、もしかして、その、気のせいかもしれませんが」
「このタイミング。そして、その落ち着きぶり。ティトさん、幾ら貴方が歴戦の冒険者だとしても、ちょっと不自然ではありませんか」
いきなり切り込んだのは
この辺り、流石に権謀術数渦巻く組織の長だった者だけあって、勘というべきか本能といういべきか、彼女は手を打つのが早かった。
何を言っているのよと眉根を寄せる女エルフ。
完全に男騎士を信頼しきっている彼女には、その言葉の真意を汲み取ることはできなかった。しかし、何かにつけて疑ってかかる節のある学者――ワンコ教授はその言葉に何かを感じ取った。
だぞと彼女は男騎士の顔を見上げる。
流石に仲間の三人が、疑念の視線を向ければ女エルフも不安になる。そこに追い打ちをかけるように第二王女ローラまでもが冷めた視線を向けた。
「騎士ティト。貴方もたいがいなくわせものね。今回はまぁ上手くいったからよかったものの、我が妹たちを使ってこのようなこと――あまり気持ちのいいものではないわ」
「しかし、こうしなければ貴方はいつまでたってもエリィの即位を認めなかっただろう。白百合女王国の永遠の第二王女よ」
「……ちょっと待って。どういうことなのティト」
どうもこうもないだろうという沈黙が場を覆う。
あまりにすんなりと運んだ第一王女即位という話運びに、場に居る皆がその話の筋道を誰かが引いていたのではないかと疑っていた。
そして、その疑いの視線は、この状況に至る決定打を作り出した――つまりゲリラ戦を展開させ、遅れて攻めてくる第一王女を支援するというもっともらしい理由により、彼女に武勲を立てさせた、男騎士へと寄せられることになった。
加えて、何かを知っている第二王女。
その言葉に応じる男騎士の台詞。
ここに女エルフ陣営は元より、第一王女の旗下の義勇兵、そして僅かに残った梁山パークの兵たちも黙り込んだ。
男戦士の次の言葉を待つ彼女たち。
もったいぶるような長い沈黙をようやく破ると男騎士は――。
「そう、全ては俺が段取りをしたことだ。老いたオババに白百合女王国を導くことはもはや不可能。エリィに速やかに王権を委譲するために、必要な措置を取らせて貰った。梁山パークの鎮圧という武功と戦術眼。それを見せつければ、誰もが彼女を白百合女王国の新たな女王として認め――」
「うん〇ー!!」
いきなり話の良い所で、老いた白百合女王国女王に話を遮られるのだった。
うん〇とは。
このうえなくストレートかつ場の空気をかき乱すシリアスとは無縁の言葉。
男子小学生でなくってもいきなりそんな言葉を発されれば、思わず吹き出してしまう。そんな台詞を笑顔でのたまって、かつての女傑はりきみだした。
さっと男騎士の顔が藍色になる。
そんな彼の前で、ちょっとカミーラと第二王女が、ボケた女傑の叫びに恥ずかしそうに顔を赤らめる。
残りは全員白けた視線を彼女に向ける。
「うん〇ー!! うん〇ー!! でるー!!」
「もう!! カミーラ!! だからお昼ご飯はそこそこにしておきなさいって言ったじゃないの!!」
「トイレー!! エリィートイレー!!」
「私はトイレでもないし、エリィでもないわ。もう、どうしましょう。おむつをしているとはいえ、できればお手洗いでさせてあげたいし。けれども、この戦闘でお手洗いが無事に残っているかは」
「……ふぅ」
「ちょっと!! カミーラ!!」
なんかすっきりした顔をして、また慈悲深い微笑みを見せるかつての女傑。
そこにかつての苛烈な女王の姿はない。
家族やヘルパーさんの手を借りないといけない、いたいけなボケ老婆。
それ以外のなにものでもなかった。
そう、悲しいかなもはや女傑カミーラはこの世に居ない。
「この通りだ。この状態のカミーラに、国をまとめられる器量はない。エリィが即位し、この国を導くのが最も適切な方法だと俺は判断した。そして、カミーラ先女王には、速やかに老人ホームに入って――」
「ヘルパーさんやぁ。おむつ、換えてくれんかのう」
またしても間抜けな言葉が男騎士の言葉を遮る。
そして男騎士の顔色がますます青くなる。
もはや藍を通り越して青。
青は藍より出でて藍より青し。
真っ青な男騎士の肩が小刻みに震える。それは武者震いでも、貧乏ゆすりでも、苛立ちでもない。完全な恐怖から来るものだった。
そう。
女傑カーミラの助けを求める視線は、まっすぐに男騎士を射抜いていた。
「ヘルパーさんやぁ」
「……騎士ティト」
「……ティト、あんたまさか」
「違う!! 断じて違う!! オババの世話を見たくないからと言って、強引にエリィを即位させようとか、そういうのではない!! 総合的に白百合女王国の未来を考えた時に、これは必要なことだと思って!!」
「ヘルパーのティトさんやぁ!! はようしてくれんかのぉ!! おまたがむれてかなわん!!」
その時、男騎士の胸の中で黄色く何かが光った。
それこそはまさしく――
白百合女王国女王の介護委任状であった。
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