第五章 水よりも痴が濃ゆい義妹たち

第570話 どエルフさんとTOSHIO

【前回のあらすじ】


 第二王女との連携が絶望的となった女エルフたち。

 正統なる女王国の後継者である第一王女。

 彼女に王位を継がせようと画策する女エルフたち。

 だが第二王女との合流は前途多難であった。


 では、他の王女ならばどうなのか。

 第二王女以外の王女たちを引き合いに出し、彼女たちではどうだろうかと問答を繰り広げる女エルフとワンコ教授、そして法王。


 他国から兵を借りれば、必ず女王国の将来に禍根を残すことになる。

 かといって、疲弊しきった女王国の力だけでは平和を維持することは難しい。


 どうすればいいのか。

 どの王女に接触すればいいのか。


 その問答の末に――。


「一つ、良い案を考え付きました。それも、王女たちの力を借りて実現できる、いたってシンプルな作戦が」


 法王はなにやら策を思いついたようであった。


「……いや、タイトル」


 はたして法王が思いついた策とはいったいなんなのか。


「いや!! だから!! タイトル!!」


 白百合女王国を救う会心の一手とは。

 今、女エルフたちの力が試される。


「こんな展開見えてる出オチかましておいて、このあらすじはないでしょう!! もうっ!!」


◇ ◇ ◇ ◇


 教会。

 青白い光の像を前にして女エルフたちが並んでいる。


 それは教会の秘法の一つ。

 儀式による転移魔法の原理を応用し、遠隔地にいるものと連絡をとりあうための手段。立体映像による相互会話。


 いま、女エルフたちは、白百合女王国に居ながら、遠く島国の教会に駆け付けてくれた、タフな漁師系アイドルたちと面会していた。


「なんやて? ワシらに白百合女王国を救うためにひと肌脱いで欲しいやって?」


「ちょっとちょっと、いきなりなに言ってんすか」


「俺ら、島国で農業やってるご当地アイドルだぜ」


「荷が勝ちすぎじゃねえか。とりあえず、そこらへんに捨ててあった大根から千枚漬け造ったから食べて落ち着きなよ」


「いいえ、貴方たちの力がどうしても必要なんです。法王リーケットの名において、どうか力を貸していただけませんか――TOSHIOのみなさん」


 漁師服に身を包んだ四人の男たち。


 ご当地アイドルと名乗った割には出来上がった肉体。

 マッシブな弾けんばかりの筋肉をした四人。

 彼らは冒険者も青ざめるような屈強さを身に纏っている。


 ぶるりとワンコ教授の身体が震える。

 第一王女が息を呑む。

 そして――。


「……あかん。権利関係がまたややこしくなるネタぶっこんできよった」


 青ざめる女エルフ。


 彼女は戦慄していた。

 男騎士と同じくらいのタフネスさを持ちながら、島国のアイドルなんてものをやっている男たちに戦慄していた。

 どうしてその冒険者としての素質を使わないのか。

 アイドルなんてやっているのか。

 そんなことを思って困惑していた。


 まさしく、乱世ならば一騎当千の英雄である。

 そして太平の世ならば民を導き仁政を行う君主の器である。

 アイドルだけあってカリスマ性も迸っている。


 槍を持って戦うもよし。

 鍬を持って森を拓くもよし。

 まさしく傑物。豪傑。大英雄。


 それが四人も揃って自分たちの前に座っている。

 はたしてこれは現実なのだろうか。女エルフは目を何度も何度もしばたたかせた。そして信じたくないという感じに目を閉じたまま、彼らから顔を逸らした。


 そう、こんな自分たちより優れた――冒険者よりも冒険者らしいアイドルが、この世界に居てもいいのかという感じに目を背けた。


 しかし、現実なのだ。

 目の前に居る男たちは本当にアイドルなのだ。

 その事実から逃げてはいけないのだ。


「……どうしてこんなことに。いや、ネタとして第五王女の話が出た時から、こうなることは既定路線。迂闊だった。伏線、気づいたその時に潰しておくべきだった」


 唐突に現れた自分たちのライバル。

 自分たちの競合相手となりうる存在にいち早く感づき、それに牽制を仕掛けるのもまた冒険者として必須のスキル。

 時には残酷に、その進路を潰すことさえしなくてはならない。


 冒険稼業も所詮は仕事なのだ。


 人は生きるために、時として人を蹴落とさなければならない時がある。


 しかし、彼らはアイドル。

 冒険者とは違う道を選んでいる。

 自分たちとは決して交わることのない、人々の希望となる生き方を選んだ者たちだ。何を恐れることがあろうか。


 いや、違う。


 それ故の畏敬。

 それ故の恐怖。

 それ故の動揺。


 冒険者となってまだ日の浅いワンコ教授たちには分からない。

 冒険者としてやれるにも関わらず、あえて違う生き方を選んだ。そんな人間としての器の大きさ。女エルフはそれを彼らの中に感じて、ただ黙り込むことしかできなくなってしまったのだった。


 くっと、その桃色をした唇が噛み締められる。


「けれどもよかったネズミがどうとかはなくって。あっちにまで手を伸ばし始めたら、もう本当にパロディとかそういうので済まなくなるところだったわ」


「いきなりアポなしに仕事を振られても困るっちゅうねん。なぁ、タイツィー?」


「リーダーの言う通り。法王だかなんだかしらないけど、今日の明日で国を救えなんて、そんな急な話をするのはどうかと思うなぁ。どう思う、ナッガスェ?」


「いやけど、法王さんも困ってて俺らに助けを求めにきてる訳じゃん。そういうのを無碍に断っちゃうのって人としてどうなのってのも思わなくはないかな」


「ナッガスェの気持ちすげーよく分かるよ。リーダー。困ってる人を見捨てるのが、俺たちアイドルのやるべきことなのか。俺は違うと思うな。アイドルってのはさ、もっとこう皆に希望を与える仕事じゃん」


「マッツォカ。せやかてネズミーアイランドの開拓も大切な時期やないか」


「そんなの関係あるかよ。俺らは頼られてるんだぜ。男らしくねえよリーダー」


「そうだぜリーダー。なに日和ってんだよ。俺ら、畑がないなら作る、家がないならつくる、森があるなら切り開く、海岸があるなら水路を引く――サバイバル系アイドルだろ」


「老けてんのは顔だけにしてくれよリーダー」


「うん、この数行で一気にまた色んな権利関係がヤバくなったわ。やめて頂戴、そんなあなた達のプライベートについて私たちは詳らかに聞きたくないの」


 お願いだからと懇願するような瞳を女エルフはTOSHIOに向けていた。

 むくつけき漁師服の男たちは腕を組んで唸っている。


 その中で、とりわけ老け込んでいて、小柄で、カリスマ性に乏しく、なんだかそこいらにいるおっちゃんのような感じがしないでもないが、それにしたって妙な味わい深さがありそこがかえって人間的魅力を感じさせる、リーダーと呼ばれた男が小気味よく膝を叩いた。


「よっしゃ!! 弱気になった俺があかんかった!! 協力するで法王さん!!」


「本当ですか、キャッスルアイランドさん!!」


「男に二言はあらへん!! 白百合女王国の再建に、どう役に立つか分からへんけど、俺らでよければ協力させていただきますわ!!」


 がっちりと手を取り合って――幻像だが――協力を感謝する法王。


 かくして、女エルフたちはむくつけき島国の男たち――ガテン系アイドルTOSHIOを仲間に引き込むことに成功した。


 はたして、これが法王のどのような思惑によるものなのかは分からない。


 しかし――。


「おしまいよォ。もう、こんな取り返しのつかないネタまでやり出して、どうなるのよこのファンタジー小説。どう落とし前つけるのよぉ」


 一つだけ確かなことがある。


 女エルフの精神状況は、かなり限界いっぱいいっぱいの所まで来ていた。

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