第520話 ど女修道士さんと蘇生魔法

【前回のあらすじ】


 魔女ペペロペにより粉みじんにされてしまった男戦士。

 そんな彼を救うために、女修道士シスターは蘇生魔法を使うことを決意する。


 果たして彼女が放った渾身の魔法は――。


「神の御業!! 神聖魔法【愛・胸破天V拳ラブラブ・アへ顔ダブル・ピース】!!」


 発禁術であった。


◇ ◇ ◇ ◇


【神聖魔法 愛・胸破天V拳ラブラブ・アへ顔ダブル・ピース: そうそれこそは神の御業。いや、仏の御手。人が倒れたらまず最初にしなくてはいけないのは応急処置。気道の確保と脈の確認、そして心臓マッサージだ。そしてこの愛・胸破天V拳ラブラブ・アへ顔ダブル・ピースは、そんな応急処置を極めきった神の手を招来する神聖魔法である。すなわちゴッドハンド。二つの手を神に委ねる代わりに、神の手を招来させるのである。あぁ、すばらしきかな教会の秘術。すばらしきかなGガン〇ム。そう東方が赤く燃える心臓マッサージ。それが、愛・胸破天V拳ラブラブ・アへ顔・ダブルピースなのである!!】


 晴れ渡った青い空から神々しい黄金の腕が地に伸びる。


 胸を破る前に天を破いて出現したのは黄金色の手。

 ところどころ、黒いインク染みができたその手は、にょろりと男戦士の身体へと延びると、その斬り裂かれた頭もろとも包み込んでまばゆいばかりの光を発した。


 優しくその手に包み込まれる男戦士。

 これはと驚く女エルフたち。

 まるで砂場で子供のために砂を掬う母のような、そんな慈愛に満ちた手つきで光る手に包まれた男戦士の身体。完全に光る手により見えなくなったそれを、女エルフはじっと凝視した。


 果たして奇跡は起こるのか。

 差し伸べられたのは本当に神の手なのか。

 それはそれとして、あれは海母神マーチの手なのか。

 だとしたら、自分にウワキツい格好をさせた諸悪の根源ではないのか。

 そんな神にみすみす助けて貰ってそれはそれで問題ないのか。


 なにせ、女修道士が、全力で白目を剥いてダブルピースをかましながらの神聖魔法である。こんな状況で、シリアスに徹しろというのが無茶なものである。


 女エルフは湧き立つ雑念に頭の中をすっかりと占拠されて、どういう顔をしていいのか分からない、そんな感じにしばしその光景に魅入った。


「だぞ!! 見るんだぞ!! 空から伸びた神の手が!!」


「ティトの身体を揉みこんでいる!!」


「おい、大丈夫なのか!! あれでは、ティトの身体が手によってすりつぶされてしまうんじゃないのか!!」


「……ティト!!」


「げにぃ!! ティト殿、ここが正念場でおじゃりまする!! 魂気が魂気がと、死期ばかり気にして焦ってもいとをかし!! 魂活を成功させるにはまずはどっしりと構えて流れに身をゆだねること!!」


 いつの間にやら【漢祭】を終えて神の用意した舞台から降りた隊長たちが男騎士を見つめている。空から舞い降りた黄金色の手により揉みこまれた男騎士を、その場にいる全員が見守っていた。


 ぐにぐにと、まるで粘土をこねるように揉みこんでいく神の手。

 それがひときわまばゆく黄金色に光ったかと思うと、次の瞬間にはその手の内から、ぽろりと人の身体が零れ落ちていた。


 間違いない。

 見間違える訳がない。


 風の褌を身に纏ったその男はこの世界の平和の担い手。

 暗黒大陸からやってきた魔族たちを、益荒男の力によりはじき返した当世の大英雄。そして、復活した中央大陸の守護者。


 リーナス自由騎士団の騎士――ティトであった。


 彼はパンツ一丁、ごろりと地面に転がると、うぅんと寝ぼけた声をあげた。

 生きている。そう実感させる反応に、一同に感嘆のどよめきが満ちる。すぐさま、女エルフとワンコ教授は彼に駆け寄ってその意識を確認した。


「ティト!! ティト、大丈夫!!」


「だぞ!! ティト!! しっかりするんだぞ、これはいったい何本に見える!?」


 そう言ってワンコ教授が指を二本突き立てて男騎士の前にかざす。男騎士は胡乱な目でそれを見つめると、うぅんと呻いてそれから、囀る様な声を絞り出した。


「……だ」


「だ?」


「ダブル、ぴ、ピース……」


 勢い余って二つ手を出していたワンコ教授。

 何本も何も、これでは二本と答えても、四本と答えても正解になってしまう。男戦士の言ったように、ダブルピースと答えるのが、一番実態に近い構え方だ。


 しかしながら、こんな時までボケる必要はあるだろうか。

 だぞと少し不満げに、ワンコ教授が眉を顰める。

 それより深く女エルフもまた眉を顰める。


 いつもの大顰蹙。

 しっかりしなさいよと糾弾する視線を向ける女エルフを前にして男騎士は、なんだか安心したような笑顔を爽やかに浮かべるのだった。


 そんな笑顔に、二人の眉間から皺が消える。

 どうやら男騎士の蘇生は無事に成功したらしい。


 しかし――。

 ふと、そんな彼の表情が、一瞬にして翳る。


「そういえば、コーネリアさん、は?」


 その問いに、思い出したように女エルフの顔に青みが差す。

 いわんや神聖魔法はこの通り大成功。男騎士は首を繋げて、再びこの世界に舞い戻った。しかし、彼の魂を呼び戻したその張本人はどうなったのか。


 振り返り、蘇生魔法を行使した女修道士シスターを確認する。


 青色の魔法陣その中に彼女は――。


「コーネリア!!」


 血の気のなくなった白い顔をして横臥している。

 そのたわわに実った胸も、煌びやかな光を湛えたしいたけ瞳も、今はもう、動かない。


 女修道士は絶命していた。

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