第519話 ど女修道士さんと決意

【前回のあらすじ】


 男戦士の捨て身の献身により、魔女ペペロペはついに倒された。

 しかし、首を跳ね飛ばされ、頭を粉砕された彼は、ついにその身に宿っている呪いでも再生できない状態になってしまった。


 あまりにも大きい犠牲。

 そして、女エルフには酷な展開。

 涙に暮れる女エルフ。しかしそんな彼女の肩に、女修道士シスターが優しく手をかけた。


 そう、彼女には策があった。

 死んでしまった男戦士を復活させるだけの策が。


「本気も何もありません。さぁ、許可を。法王ポープリーケット――奇跡の許可を」


◇ ◇ ◇ ◇


 奇跡の許可とは。

 人間の営みから遠い女エルフには、女修道士シスター法王ポープに求めているものがいったいなんなのか理解できなかった。ただ、彼女の愛する男を救うことができるかもしれないという、その情報に瞳を輝かせた。


 その可能性に賭けたい。

 なんとしても、男騎士を復活させたい。

 それが贅沢な望みであることは彼女も理解していた。今、養母を魔女ペペロペの呪いから救ったばかりである。だというのに、その犠牲となった男戦士さえも、人間の理を捻じ曲げてまで救いたいなどと、そんな想いを胸の内に抱いていた。


 戦いに疲れ果てた心が導き出した本能的な渇望。

 それを笑うことは誰にもできない。


 そして、そんなことはやめてという理性すらも、女エルフの中からは消え失せていた。男戦士を失ったその押し寄せるような哀しみの感情に負けて、彼女はただ女修道士シスターの言うままに、それを受け入れていた。


 そんな彼女に代わって声を上げたのはワンコ教授だ。


「だぞ!! コーネリア!! ダメなんだぞ!! そんな、幾らティトのためだからと言って、そのやり方はよくないんだぞ!!」


 ワンコ教授。

 女修道士シスターと最も長く行動を共にして、このパーティの中で一番深い関係を気づいていた彼女は、男戦士の死以上に彼女のその申し出に涙を流しているようだった。


 その感情がいったいなんなのか、女エルフには分からない。

 ただ、彼女がそうして女修道士シスターを止めるからには、意味があるのは間違いない。


「……どういうことなの」


 少しだけ、女エルフが落ち着きを取り戻して女修道士シスターを見る。

 落ち着き晴らした女修道士シスターは、そんな彼女の視線に物おじもせずに淡々と法王ポープである妹に、その術式の許可を求める。姉の全てを覚悟したような視線に、音を上げるように法王ポープが俯く。


「昔から、コーネリア姉さまは、一度言い出したら頑なですからね」


「神への信仰は貫くことに意味があります。リーケット。教会内での階位や役職、事績になんの意味がありましょう。大切なのは、ただ己の信仰を誇り、それに殉じる真摯な心なのです」


「敬服します姉さま。私は、貴方のような人を姉に持ったことを誇りに思う」


「ありがとう、リーケット。そして、どうかティトさんたちをよろしく」


 何故そのような後を託すような言葉を紡ぐのか。

 何故その言葉に止めるんだぞとワンコ教授が叫んだのか。


 理解できない。

 女エルフには、その理由が少しも理解できない。


 理解できないが、今、女修道士シスターが、何かとてつもない覚悟と決意をもって、ティトの蘇生に挑もうとしている、その事実だけははっきりと伝わった。


「コーネリア!! 貴方!!」


「モーラさん。安心してください。きっと大丈夫です」


ってなに!? 貴方、いったい何をしようとしているのよ!!」


 奇跡の行使。

 呟いたのは彼女の妹であるコーネリアだ。これからしようとする内容について頑なに語らない女修道士シスターに代わって、彼女がそれを説明することを選んだようだった。 


 しかしその表情は暗い。

 法王としての役割を放棄して、彼女はただ一人の女修道士シスターの身内としてその言葉を紡いでいた。


 法王が杖を女修道士に渡す。

 代わりに、数々の愛を人やモンスターに注いできた、女修道士の杖が法王へと投げられる。そんな中、視線を浴びた法王が女エルフに向き合った。


「教会は、奇跡を行使し、人に神の偉大さを説くことによって信仰の力を束ねます。しかしながら、奇跡の行使というのは本来、みだりにあってはならないものなのです。ですから我々は奇跡について、その行使を厳しく戒律で諫めています」


「どういうこと?」


「奇跡にも使ってはならない禁術があるということですよ。そして、それは何も効果が絶大なだけではない。神もまた、なんの見返りやリスクもなしに、我々に力を差し出すほどにお人よしではないのです。分かりますか、言っていることが」


 禁止された奇跡。


 禁術。


 そしてそれに伴うリスク。


 不穏な単語に女エルフの顔が青ざめる。

 まさか、そんなと女エルフが慌てて女修道士を見る。

 しかし、彼女はまるで何でもないように軽やかな笑顔を女エルフに向かって投げかけたのだった。


「心配しなくても大丈夫ですよモーラさん。私を誰だと思っているんですか」


「けれどコーネリア!! 貴方が今からやろうとしていることって、それはもしかして、貴方の命まで危険に晒すものではないの!?」


「だから信頼してください。ちょっと、ほんの少しばかり、危険なだけです」


「危険って――」


 男騎士を今、彼らは失った。

 それを助けるべく、女修道士は教会の禁術を使おうとしている。


 誰かの命が助かるために、誰かの命を犠牲にする。

 それはまた、等価交換という理にかなった法則であるようにも思える。しかしながら、女修道士も女エルフにとってはかけがえのない旅の仲間である。


 男戦士と彼女を両天秤にかけて、どちらが大切だなどと比べることなどできはしない。女エルフは今更ながら、女修道士のやろうとしていることに待ってと声を上げた。

 だが――。


「もう遅いですよモーラさん。魔法は既に完成していますから」


 女修道士の足元には光り輝く青色の光の紋章。

 円の中に描かれた幾何学模様を、青白い光が走って駆け巡り、神々しく女修道士の顔を照らしている。

 慈愛に満ちたその顔を女エルフに向けて彼女は言った。


「モーラさん、ケティさん。もし、私の身に何かがあったら、どうぞ構わないでください。これも私が掲げる信仰に従ったまでのできごとです。そして、もし、そうなったら、ティトさんに伝えてください。貴方たちとの旅は、孤独な神への愛を示すだけの私の人生において、もっとも輝いた時間だったと」


「コーネリア!! やめて!! お願いだから!!」


「――神の御業!! 神聖魔法【愛・胸破天V拳ラブラブ・アへ顔ダブル・ピース】!!」


 シリアスな展開を無視して、女修道士はアへ顔ダブルピースを決めた。


 それが教会の最終奥義。

 禁術であった。


 そう――発禁術であった。

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