第509話 ど男騎士と大英雄

【前回のあらすじ】


 前回の小説を読んでください。

 王道展開に、もはやあらすじなど無粋でしかないでしょう。


◇ ◇ ◇ ◇


 中央連邦大陸首都リィンカーン。

 その外周をぐるりと囲む塀の上。

 そこに、一つのひょろひょろとした影が現れる。


 なんとも頼りない襤褸を纏ったその人影は、いやはやどうも申し訳ないと、そんな態度を滲ませて、頭を掻いて――女軍師と壁の魔法騎士に迫った。


「いやぁー、まさかまさかだよ。逃し屋の俺が逃されることになるとは思わなかった。それでも、別の物を逃すことになったのには違いないんだけれどね」


「……嘘でしょ」


「……まったく。お前という奴は、どこまでも捉えどころのない男だな」


「まぁ、敵を欺くにはまずなんとやら。バルサの爺さんからして、そうして欺いていたんだから仕方ないというか。いや、まぁ、心配かけちゃったなとは反省してますよ。そりゃもちろん、反省していますって。けれどもまぁ――」


 ただいま。

 そう言って、無精ひげを掻きながら青空を見上げたのは他でもない。

 リーナス自由騎士団の勇。男騎士が薫陶を授けた紅一点ならぬ黒一点。


 逃し屋カロッヂであった。


 どこか気恥ずかし気にはにかむ男に、なんで早く連絡しないのよと毒づく女軍師。対して、まったく仕方がないなと呆れた感じのため息を吐く壁の魔法使い。


「あんた!! こっちの気も知らないで!!」


「悪い悪いカツラギ!! けどな、今回の件については俺が向こう側に入り込まないとどうにもならなかったんだよ。心配かけたと反省してるが、ティト指導者マスターの命をこうして救うことになったんだ、大目にみてくれ」


「そういう意味で怒っているんじゃないわよ!! この唐変木!!」


 どういう意味だよと聞き返す逃し屋に、知らないわとそっぽを向く女軍師。

 そんな彼らに、仲がいいのは結構だがと間に入ったのは魔脳使い。

 奪還された魔剣の前に立つ褌一丁の男騎士を彼らは見下ろした――。


 そう。

 逃し屋の失踪はこの時のため。

 彼はゴブリンそしてそのゴブリンと内通していた老騎士と凶騎士の手引きによって、魔女ペペロペの手中に落ちた魔剣の奪還を任されていたのだ。


 逃し屋が胸ポケットから小ぶりの葉巻を取り出して口に咥える。

 その先端をマッチであぶって火をつけると、彼はようやく一息付けたぜという感じで口の端を緩めるのだった。


「流石ですよティト指導者マスター、さすがです。俺も、かつての大英雄も、そして、アンタの相棒の魔剣も、みんなアンタがやってくれると賭けたんだ――。アンタは見事に、やってのけた。やっぱりひとかどの人だよ――俺たちの師匠マスターは!!」


◇ ◇ ◇ ◇


 黄金色に光り輝くその男。

 精悍な顔立ち――ではない。むさっくるしいおっさん面。

 逞しい肉体――ではああるが、いささか筋肉が付きすぎて絵面が悪い。

 そして丸出しの――については、そういう魔法だから仕方ない。


 しかしてそんな格好でも、大英雄の威容は衰えない。

 その覇気は衰えない。

 その威厳は曇らない。


 復活の大英雄スコティ。

 そのひと睨みにより、魔女ペペロペはこれまで見たことのない、ぐしゃぐしゃの表情をして絶叫を上げた。それをげたげたと、大英雄は汚らしく笑い飛ばす。


「何故だ!! 何故生きている!! またお前は私の邪魔をするというのか!!」


「おう、何度だって邪魔してやらぁ!! このクソ巫女が!! 毎度毎度ふざけやがって腹が立つ!! しかも今回は、よりにもよってセレヴィの肉体を乗っ取りやがって!! こいつがどれだけ面倒くさい女か知っててやりやがったのか!! 自分の迂闊でこんなことになったと知ったら、この女、絶対に面倒くさいこと言い出すぞ!! 死ぬとか、責任を取るとか、しちめんどくせいことを言い出すに決まってるんだぞ!! 勘弁してくれ俺様はよぉ、そいつの涙には弱いんだから!!」


「まさか、そのためだけに、こんなことを」


 下品な笑いを止めて、その魂が宿っていた剣を手に取る大英雄。

 正眼に構えればもうその構えだけで、魔女ペペロペの動きが止まった。

 その間も、大英雄の口は忙しく動き続ける。


 その声色はまさしく、魔剣エロスが発していたもの。

 下品で、スケベで、いかにも好色なその声だが、立ち昇る剣気もまた本物。久しぶりに、彼との出会いを思い出して、男騎士と女エルフは息を呑んだ。


 そんな彼らに聞こえるように、声を張り上げ大英雄が叫ぶ。


「当たり前だろ!! 惚れた弱みだ!! 女のために命は張るもんだ!! 大英雄だなんだと言って関係ねえ!! 俺は徹頭徹尾いつだって、愛したセレヴィが望むから剣を取った!! セレヴィを救うために怨霊になってまでこの世にしがみついた!! 感謝するぜティト、そしてモーラ!! お前らのおかげで、全て丸っと巧く行ってくれたぜ!! もっとも、あのクソ神どもの根回しもあったがよう!!」


 ふっと踏み出せば既に魔女の背後に大英雄は立っている。

 引きちぎれるような音と共に、大魔女ペペロペ――彼女が身に纏っている衣服がはじけ飛んだ。


「ぐっ、ぐぁあああっ!!」


「さぁてお仕置きの時間だぜ魔女ペペロペ!! 今度は、この世にその残留思念のひと絞りも残さずに切り刻んでやる!! 大英雄の剣を舐めるなよこの野郎!!」

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