第445話 壁の魔法騎士と開戦

【前回のあらすじ】


 きゃるーん。

 私、魔法少女モーラ。

 三百歳のいき遅れ女エルフ。

 普段は冒険者をしている夢見がちな魔法使いなの。


 けどけど、仲間のピンチには、魔法のステッキと呪文で変身。

 ウワキツ魔法少女アラスリモーラに変身して頑張っちゃうわ。


 今回も、身の程を知らない小娘を、とっちめてあげるために頑張っちゃう。魔法少女の力を肉体言語で叩き込んであげるんだから。


 さぁ、唱えて変身の呪文。


 リリカルマジカルシバイタル♪


「うぉい!! 地の文!! 地の文うぉい!! 勝手に変なモノローグ入れるな!!」


 という感じで、モーラさん再び魔法少女になることにしたようです。

 女装したり、魔法少女になったり、最近なんかこんなんばっかりですね。


「お前がやらせておるんだろうがーい!!」


 それはさておき、今週末も壁の魔法騎士のターン。

 隔絶意識会議レーゼを経て、彼らはいったいどんな判断を下したのか。刻々と、暗黒大陸との開戦が近づく中、壁の魔法騎士はどう動くのか。


 いろいろ引っ張り気味なこの週末のお話ですが、いよいよ、本格的な暗黒大陸との激突へと話は入っていきます。


◇ ◇ ◇ ◇


 中央連邦大陸首都リィンカーン。

 その南方に広がる平原に、今、暗黒大陸の兵がずらりと並んでいた。


 オーク。ゴブリン。ダークエルフ。ワイト。ミノタウロス。オーガ。そして正気を失った人間たち。どれも重武装に身を固めて、彼らは群れを成してこちらを睨んでいる。


 練度はあまり高くない。烏合の衆、ろくに連携して戦うということを知らない、そのような者たちに見えた。しかしながら、士気は――見ているこちらが思わずえづくほどに強かった。むせかえるような気炎を上げて、彼らはそこに群れていた。

 陣頭に立つのは敵の大将――黒い鎧を身に纏う騎士である。


「……暗黒騎士シュラト」


 壁の魔法騎士は男戦士から聞いたその男の名を呟いた。

 黒く長い髪を中央大陸に吹く風に揺らす美しくも冷徹な顔をした騎士。彼は、魔女ペペロペが告げた開戦の刻限を前にして、暗黒大陸の軍勢と共に姿を現した。


 数は、おそらく一万余。

 連邦大陸の兵は全て集めて五千もいかないだろう。

 戦力差は二倍だが防衛線である。地形の利は、連邦騎士団とリーナス自由騎士団の方にあった。


 ただし、裏切り者という内患を抱え、将の数に劣り、決定的な戦力である男戦士が不在という、劣勢の状況ではあったが――。


「ゼクスタント団長!!」


 壁の魔法騎士の背後に立ったのは女軍師だ。

 これまで、連邦騎士団の各部隊を回り、作戦の指示を行っていた彼女は、その役目を終えて本来の上司の下へと戻って来た。首尾は上々というその顔を見てから、壁の魔法騎士は再び眼下に広がる敵の姿を眺めた。


 その顔色は変わらない。

 彼の鉄面皮の底にあるものがなんなのか――恐怖か、狂気か、それとも自信か――は分からない。だが、ここ開戦の場に臨んで、彼は一切取り乱していない。


 そして、彼は静かに口を開いた。


「敵将は粒揃いだな。暗黒騎士シュラト、魔女ペペロペ、ゴブリン外交僧ゴブリンティウス、赤い狂星エドワルド、虚構魔法のアリエス、殺人メイドキサラ」


「……よくお調べになりましたね」


「暗黒大陸の情勢については俺も把握している。まさか、こちらに渡ってくることはないだろうとタカを括って、騎士団内で情報を共有することを怠った。これは俺の判断ミスだ。すまないな、カツラギ」


 元は諜報を生業としていた壁の魔法騎士だ。

 彼は暗黒大陸の情勢について、独自に状況を把握していた。暗黒騎士シュラトの手により、暗黒大陸が平定され、今や一つの国家の体をなしているということ。

 彼の下に集った多くの将たちが、どれも歴史に名を残すような凄まじい実力を持っているということ。


 そして、暗黒騎士が手にする剣こそ、この戦いの趨勢を握っているということ。


 空。

 天上に太陽が昇りきる。

 その時、軍勢を切り裂いて二つの影が現れた。


 一つは妖艶な衣装に身を包んだ艶嬢。

 とてもそんな姿で外を出歩くことなど憚られるという、露出度の激しい――まるで下着のような服に――口枷と目隠しをした女。

 金色の装飾が施されたロッドを手にした彼女こそは、かつて、この世界に災禍を呼び込んだ大魔女の再来。そして、その大魔女をかつて倒した大英雄。


 魔女ペペロペ。


 そしてそれに付き従うように出てきたのは、背骨の曲がったメイジゴブリン。卑屈な笑みを浮かべた彼は、隣の大魔女が持つものとは違う、木の枝を折って作ったようなロッドで地面を突きながら、ひょっこひょっこと歩いている。

 皺深いその顔には濁った白い眼が揺れていた。


 暗黒騎士が後ろに下がる。

 暗黒大陸を平定したのは彼の騎士だが、立場としてはかつての災厄、魔女ペペロペの方が上なのだろう。魔女に向かって一礼するのが、壁の魔法騎士には見えた。


「さて、答えを聞こうか、中央大陸連邦の民たちよ」


 ゴブリン外交僧のしわがれた声が晴天に響いた。それはおそらく、彼かあるいは大魔女ペペロペの魔法により、この街に居る者たち全員に問いかけられていた。

 連邦騎士団や、リーナス自由騎士団の者たちだけに問うならば、その答えは決まっているだろう。


 しかし、街の人間全員に問うとは。


「開戦の前から心理戦とは。やはり、恐ろしいな、あのゴブリンは」


「何者なのでしょう。ゴブリンであれほどの知恵者。私も初めて見る気がします」


「……分からん。分からんが、今はそれで構わない」


 壁の魔法騎士が腰に佩いた剣を抜刀する。音声拡大の魔法を展開し、彼は――連邦騎士団及びリーナス自由騎士団を代表して、ゴブリン外交僧の問いに答えた。

 気迫と、矜持と、勇気と、意地をその声に滲ませて。


「我らは降伏などせぬ!! いざ、尋常に勝負!! 暗黒大陸の悪鬼どもよ!!」


「……よろしい!!」


 かかれ、そう、ゴブリンティウスが杖を前に振る。

 それに合わせて、暗黒大陸の荒くれたちが、一斉に動き始める。まるで一つの動物のように、首都リィンカーンへと押し寄せてくる兵たちの群れ。


 それを眺めながら壁の魔法騎士は。


 ――不敵に、口元を隠さずに笑った。


「壁の魔法騎士の二つ名を侮るな!! 無謀な突撃を試みた、その愚かさを嘆くがいい!! 所詮は走狗!! 見よ――これが戦略級の魔法というものだ!!」


 壁の魔法使いの腕に緑の光が走る。稲妻のようにきらめいたそれは、首都リィンカーンの城壁を走って、南方の平原へと波状に広がると――その地面を激しく震わせた。

 何が起こるのだと、暗黒大陸の走狗たちが考えるよりも早く――彼らを寄せ付けない壁が、突如としてその最前線に展開された。


 厚く、高く、硬く、そして――黒い壁。


 そう、これこそが、壁の魔法騎士がそう呼ばれる所以。


「戦略魔法!! 万里の長城グレート・ウォール!! さぁ、走狗たちよ!! 壁に当たって自ら死ね!!」

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