第392話 ど男戦士さんと風のパンツ

【前回のあらすじ】


 ブドウ糖を体の穴という穴から噴出して、風の精霊王は悶絶した。

 ついに男戦士たちは、風の精霊王の試練に打ち勝ったのだ。


「やっ……」


「……たぁっ!!」


◇ ◇ ◇ ◇


 体中からブドウ糖が噴き出すのが一段落して落ち着いた風の精霊王。

 彼は砂糖まみれになった顔と体を自分の体の周りに浮いていた布で拭った。そして、ふぅとすっきりしたため息を吐き出したのだった。


 ラブコメしないと出られない部屋はいつの間にやら姿をすっかりと変えていた。

 東の島国のタターミが敷き詰められた部屋の中に座り、男戦士と女エルフは風の精霊王を見つめる。

 人心地ついた緑の鬼は、あらためて真面目な表情を彼らに向けた。


「うむ、先ほど言った通り、ラブコメ試験は合格じゃ。お主らのラブコメ力しかと見せつけさせてもらった」


「……ということは」


「力を貸してくれるのね!! 風の精霊王、カイゲン!!」


「あのようなモノを見せられてしまっては仕方あるまい。この風の精霊王カイゲン!! 精霊王として二言はない!! お主らの力となろう!!」


 ラブコメ試験への合格。そして、精霊王として、正式な協力を約束したカイゲン。

 彼は少し男戦士たちに背を向けると、タターミの部屋の隅に置かれた箪笥に手をかけた。そして金と黒のストライプをしたズボンを取り出すと、男戦士と女エルフを見比べてから、それを男戦士へと渡したのだった。


 それがいったいどういう意味か――。


 火の精霊王イフゥリート。

 氷の精霊王ウェンディ。

 土の精霊王サッチー。


 様々な精霊王と契約をしてきた彼らにはすぐに理解できた。男戦士は、風の精霊王に選ばれたのだと。


「これは?」


「風のパンツじゃ。ワシの力が込められておる、装備しておくとよい。微力ながらお主の力を底上げしてくれるだろう」


「なるほど」


【アイテム 風のパンツ: 精霊王の気合と情熱と加齢臭がこもったパンツ。装備すると、すばやさが5UPする代わりに股間がスース―するようになる】


 さっそく装備しようとした男戦士を女エルフが止める。

 後にしなさいよと怒鳴ると、しぶしぶ男戦士は風のパンツを背嚢にしまった。


 そう、アイテムはアイテムである。

 今、問題なのは風の精霊王の力がどれほどかということ。


 最強の精霊王とキングエルフは彼のことを呼んだ。

 その力についてであった。


 契約した男戦士を差し置いてという形になるが、弁が立つ女エルフが風の精霊王の前へと膝を着きながら前に出た。


「風の精霊王カイゲン。貴方の力を借りることができるのは助かるわ。そして、早速だけれども頼りたいの」


「うむ」


「私たちは西の王国に行きたいの。けれども、ここは得体の知れないエルフの森。ここから西の王国へと向かうのに貴方の力と知恵を貸してくれないかしら」


「お安い御用じゃて。なぁに、ワシの風の力を使えば、西の王国までひとっ飛び、ビューンと空を移動してしまいという奴じゃわ」


 任せなさいとばかりに胸をたたく緑の鬼。

 ひとっ飛びとは言うが、どうするのかは分からない。今一つ、信じていいのか、安心していいのか、不安げに女エルフは顔を歪めた。


 そんな彼女の肩に手をかける男戦士。

 彼は女エルフを見て、風の精霊王を信じようと静かに言った。


 男戦士の顔を見て、そうねと女エルフが納得しかける。

 その時だった――。


「きゃぁあああああっ!!!!」


「なに!? この叫び声は!?」


「……この声。コーネリアさん、ケティではないぞ!?」


 洞窟の中へと木霊する女性の叫び声。

 女修道士シスター、そして、ワンコ教授でないならば――。


 残る女性パーティはただ一人。


 なんとしても暗黒大陸の魔の手から守らなければならない女性。

 第一王女だ。


「エリィ!!」


「すぐに駆け付けなくては!!」


 そう言いながら、男戦士は――おもむろにズボンを脱ぎ散らかした。

 あまりに唐突な出来事に女エルフがきょとんとした顔をする。


 ちょっと、何をやっているのよ。

 そう言う前に彼の自前の魔剣エロスがこんにちはした。

 こんなサービスシーンはあるのに、女性のサービスシーンはないとか。


 ほんと、流石だなどエルフさん、さすがだ。


「ちょっ……ちょっとぉっ!! なにやってるのよ、ティト!!」


「なにって!! いち早く洞窟を出なければならないから、少しでもすばやさを上げようと、風のパンツを装備しようとしたんじゃないか!!」


「……え、あっ、そうなの!? けど、今じゃなくてよくない!?」


「いや、一刻を争う!! すぐに装備しなくては!!」


 なんとなく女エルフには予想がついた。

 あ、この男、はやくこの風のパンツを装備したいだけなのだなと。


 それくらい、言葉にしなくても即座にわかる。

 そういう間柄だった。


 とりあえずまじまじと男戦士の股間を凝視するわけにもいかない。

 女エルフがそっぽを向くと、男戦士は先ほどパンツを詰め込んだ背嚢に手を突っ込んだ。そしてその中から――。


「これだ!! 風のパンツ!!」


 パンツを間違いなく引き抜くと、それを腰に通す。


 カッ、と、男戦士の目が見開かれる。

 風の力が男戦士の中を――いや、股間を吹き抜けた。


 そう吹き抜けるのだ。

 股間を、風の力が。


「あぁんあぁああぁん、スース―スルぅー!!!!」


「先行ってるから!!」


 妹分のピンチになにをやっているのかこのアホは。そんな怒りを言葉の節々に込めつつ、女エルフは洞窟の外へと駆け出したのだった。


「……無事でいてね、エリィ!!」


◇ ◇ ◇ ◇


「ゲロッゲロゲロ……まさか、こんな所で白百合女王国の王女と遭遇するとは」


「ケロッケロォ……西の王国の陽動に回されて、手柄はあきらめてましたけど、瓢箪から駒DEATH」


「グェッグェッ……この好機!! 逃す手はない!!」


「コワッコワッ……我らの力を示す時が来たという訳だ」


「ギョッギョッギョッ……我らケロン特選部隊。暗黒大陸のただの諜報部隊ではないということ、思い知っていただこうではないか」


「「「「「ゲロッゲロゲロゲロゲロ……」」」」」

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