第388話 精霊王とオリジナリティ

【前回のあらすじ】


「ただのエルフに興味はありません。この中に、宇宙エルフ、超能力エルフ、未来エルフがいたら、俺のパーティに来なさい」


「違う!! そんなパロディ一度もなかった!! なんでウソ吐くの!!」


「涼宮ティトヒの憂鬱……!!」


「モョン!! 行くわよ!!」


「どう発音するのそれ!?」


「……やれやれ。まったく困った奴だなティトヒは」


「なに普通に順応してるの君ら!! ほんと仲いいよね!? その仲の良さをもうちょっとちゃんとラブコメに還元して!!」


 やれやれ。風の精霊王も忙しい奴だな。


「ほんで地の文!! お前もちょっとそれっぽく誤魔化すな!!」


 書籍化しないからってやりたい放題であった。


◇ ◇ ◇ ◇


「ちょっと君たち、一回落ち着きなさい」


 青い顔したり、赤い顔したり、忙しい緑の鬼――こと風の精霊王。

 彼は憤怒に顔を真っ赤に染め上げて、男戦士と女エルフの前に立っていた。


 二人はその場に正座して視線を地面に向けている。


 だって、と、呟く女エルフ。

 それを咎めるように、風の精霊王は足を踏み鳴らした。

 ラブコメしないと出れない部屋に、鐘楼を突いたような音が響く――。


 しかし、男戦士たちの顔は依然として変わらなかった。

 憮然として納得のいかないという感じであった。


 それもそうだろう。


「なんなんだ!! 100点取らないと出られないとか厳しすぎだろう!!」


「それでなくてもオリジナリティがどうとか、レディコミの読みすぎとか、エロ漫画の読みすぎとか――いちいち注文が細かいのよ!!」


「そうだそうだ!!」


「こっちは自分の性癖さらけ出して赤っ恥覚悟でやってるのよ!! それなのに、それを厳しく採点するその神経が分からないわ!!」


「お前は編集者か!! 小説講座の講師か!!」


「私たちは吟遊詩人じゃないし、物書きじゃないの――オリジナリティとか求められても困るのよ!! ただのラブコメ好き!! 自分たちの好きなものから、引っ張ってくるしかないじゃない!!」


「全面的にモーラさんの言うとおりだ!! ただのラブコメ好きに、多くのモノを求めすぎなんだよ!! もうちょっとこっちの事情も汲んでくれ!!」


 男戦士たちは、この繰り返されるリテイクに納得していなかった。

 風の精霊王の出す理不尽な要求に承服しかねていた。


 彼らが言葉にした通りである。

 風の精霊王が彼らに求めているラブコメの要求。それはいささか、普通のラブコメ好きの身に余るものであった。


 もちろん、それを承知で試練を受けることを選んだのは彼らだ。

 しかしながら――こうも徹底的に没を喰らえば、文句の一つも言わずにはいられなかったし、やさぐれるのも無理はなかった。


 所詮、彼らは冒険者である。

 荒っぽいことを生業としている奴らである。

 知力で解決するより、腕力で解決することを由とする彼らに、依頼人クライアントのしつこいリテイクに耐える能力などあるはずもなかった。


 というか、どう考えても風の精霊王の要求は度が過ぎていた。

 あきらかにクレイマー気質であった。


 自分でモノを作ったことがない人間、あるいは、現状の地位にそこそこ満足して努力することを忘れた人間が、高い位置に居ると錯覚して他者に厳しくあたる。

 そんな感じの思い上がりから来るものであった。


 地位や立場など簡単に揺らいでしまう。事実、退職した会社役員や職業人が、周辺地域に馴染むことができずに孤立してしまい、さらに家族とも上手く行かずに居場所を失うことなど――もはや二十年前から言われていることである。

 それを真に理解していれば、このような関係性を無視した辛辣な言葉は、決して口から出て来ないだろう。


 仕事だから。

 プロ意識が足りない。

 そんな言葉に頼って、自己を正当化していませんか。

 そうやって、砂の城を築いていったい貴方はどうしようというのですか。


 人生とは浜辺のようなもの。いつ、どのような波が来るかわからない。貴方が築き上げた砂の城は、一瞬にして波にさらわれて崩れさる日が来ることでしょう。

 そんな時、本当に大切なのは、その砂の城を共に手を取って築いてくれる仲間。

 人生において大切なことは、そんな風に周りの人間を見れるか、接していけるかどうかではないか――そう私は思うのです。


「安易にパロるな、小僧こぞうども!!」


 しかし、それとこれとは関係なかった。


 パロディはよくない。それはWEB小説だろうが、書籍化小説だろうが、新人賞の小説だろうが、文学賞受賞作品だろうが、何にしたって言えることだった。


 そう、風の精霊王が怒っているのは、そういうことではなかった。


「別に拙くってもいいんじゃ!! ちょっと特殊でも構わないんじゃ!! ワシはお主らの偽らざる、普段のラブコメが見たいんじゃよ!!」


「……風の精霊王」


「……私たちの普段のラブコメ」


 大粒の涙。

 まさに号泣である。


 男泣きに泣く風の精霊王。

 花粉にはきっと免疫がないのだろう、ずびずびりと鼻をならして、おうんおうんと嗚咽を漏らしながら、精霊王は情けなくひとしきり泣いた。


 それから、赤く腫れあがった目元を男戦士たちに向けると、彼はそのコミカルな造りの顔で、せいいっぱい真面目な顔をしてみせた。


「そんなに卑屈になることないじゃないの!! なんか、普通にこれまでのやり取りを見ているだけで、二人が仲良いのは伝わってくるんじゃよ!! 後はそれを、恥ずかしがらずに形にできるか!! それだけなんじゃよ!!」


「……恥ずかしがらずに」


「……形にできるか」


「パロディや特殊なシチュエーションで誤魔化すのはそういうことじゃろう」


 男戦士と女エルフが黙りこくる。

 それはまさしく彼らの心境をずばりと言い当てていた。

 正鵠を射た言葉だった。


 だからこそ、黙った彼らに向かって続ける。

 風の精霊王はまくしたてるように続ける。


「他の誰でもない!! お主たちのラブコメを、ワシは見たいんじゃ!! 手垢の付いたシチュエーションでもよい!! パロディ多用でも問題ない!! お主らが普段どうラブラブコメコメしておるのか!! それがワシは見たいんじゃ!!」


 それを見せて欲しいんじゃ。


 風の精霊王の熱い言葉がラブコメしないと出れない部屋に響く。

 そして――。


「……分かった、風の精霊王よ」


「……確かに貴方の言う通り。私たち、らしくなかったわ」


 ようやく、男戦士と女エルフ。

 二人の瞳に炎が宿った。


 本気のラブコメを見せてやるという強い覚悟が瞳の奥に燃えていた。

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