第377話 ど逃がし屋さんと個別面談
【前回のあらすじ】
儀式魔法【漢祭】を実施するため、男戦士たちを送り出した連邦騎士団とリーナス自由騎士団、そして法王とオカマ僧侶たち。
そんな中、リーナス自由騎士団の一人にして男戦士の弟子――逃がし屋カロッヂは、男戦士が転移する間際に、味方の中に裏切り者がいるのを指摘した。
はたして、男戦士たちが最高のラブコメ見せたるわーいとハードルを上げている中、残された彼はどうしているのか。
今回から、そんな感じでちょいちょい並行視点で話を進めて行こうと思います。
「なんだか普通のファンタジー小説みたいになってきたわね」
まぁ、モーラさんが大人しくしていてくれればこんなもんですよ。
「まるで人がこの作品を卑猥にしてるみたいに言うな!!」
◇ ◇ ◇ ◇
連邦共和国首都リィンカーン。
その首都は大きな城壁によりぐるりと円状に守られている。北側には峻険なる山を備えており、そこと円状の城壁が交わる場所には、番所が設けられていた。
騎士団及び政府機関は北側山脈の斜面に設けられている。比較的、高い位置にあるそこからは、城壁を越えて首都周辺の平原をよくよく見渡すことができた。
城壁沿いに設けられた番所は、先に説明した山との接地面の二つに加えて三つ。
南正面にある正門に設けられた検問所兼駐留所。
都の南東、南西に設置された番所である。
それぞれの番所は城壁上部と内部に設けられた通路により繋がっており、相互に移動することが出来る。
また。城壁は厚く、人が横に手を繋いで五人は並べるようになっている。
籠城戦を想定して、銃撃を行う窓がついている他、弾薬などの備蓄も充分である。番所のある場所は城壁の円周上から突出しており、その天井には武威を示すように砲台が設置されていた。
各番所にはそれぞれ騎士団の部隊が駐留している。
第一部隊、バルサ・ミッコス団長が鎮座するのは、北部の本営である。
第一部隊は主戦力よりも連邦騎士団全体の軍事的な統率を主目的としており、軽装な伝令兵や平時には軍の政務を執り行う内務兵が多い。
しかしながら、バルサ肝煎りの突撃部隊という精兵集団も存在しており、状況に応じては自ら出撃することも厭わない、バランスの取れた部隊であった。
まさしく、連邦騎士団の要と言っていいだろう。
次いで、南東の番所に詰めているのは、第二部隊――カーネギッシュ団長率いる部隊である。彼らは全員が全員、重武装歩兵である。
主に槍による集団戦闘と、剣による白兵戦闘を得意としており、悉くが息絶えるまで戦う戦闘狂だ。リィンカーンの南東部には、広大な平野が展開されており、主にここに敵が主力を置くことが多い。それを尽く跳ね除けることを目的とする彼らは、騎士団内でも精強な者たち――騎士団最強であると言われている。
実際、彼らはパイクにより騎兵の突撃を尽く跳ね除け、矢の雨を厚い鎧で全て弾き、悪鬼の如き勇猛さで敵陣の中で剣を振るう。
守ってよし、攻めてよし。連邦騎士団の要が第一部隊ならば、剣と盾は第二部隊と言っていいだろう。
第三部隊が展開しているのは北東の番所である。これを率いるのはロイドの上司である第三部隊団長ヴァイスだ。
正面からのバランスを考えれば、首都正門にある南部の番所、南西にある番所に詰めるのが良いのだが、あえてここに部隊を置いたのは訳がある。というのも、彼らは機動力を最大の武器とする、騎兵部隊及び斥候兵であるからだ。
主に連邦騎士団の情報網を掌握している第三部隊は、本営に近く、また、騎士団の最大兵力である第二部隊との連携が取りやすい位置に居た方が好都合であった。また、緩やかな北西部の丘陵から、騎兵部隊を平原に展開する敵にぶつけることにより、大きな打撃を与えることができる。
さしずめ連邦騎士団の目と言っていいだろう。
「とまぁ、以上三部隊が、連邦騎士団の現在の主力部隊ですね。他、南西の砦には歩兵が主となる第四部隊。北西には川沿いに接して水軍を要する第五部隊。遊撃を主として砦全体に展開する第六部隊。特にこれといった仕事を受け持っておらず、遊撃するでもなく、正面を守るでもなく、ぶらぶらしている第七部隊が南部の番所を守っています」
「……ふむ、ご苦労」
そう言って顎先の髭を撫でたのは――リーナス自由騎士団団長ゼクスタント。
壁の魔法騎士は、同じく無精ひげを顎先に蓄えた部下、逃がし屋の報告に満足気でもなく、かといって不満げでもなく淡々と応じた。
何を考えているのか、余人からうかがい知ることは出来ない。
彼の表情はいささか人とは思えぬほどに硬く、カロッヂの報告を受けながら、一度も動くことはなかった。
さて。
ここはそんな連邦騎士団の番所からは離れた場所。
教会が保持している密会所であった。
ここを、
懸案は他でもない。
逃がし屋が、男戦士との別れ際に話したこと。
つまり、騎士団内に居る裏切り者についてである――。
「おそらくですが、裏切っているのは、上記三部隊のどれかでしょう」
「……根拠を聞こう」
「連邦騎士団における影響力の強さですね。騎士団の団長個人の戦闘能力についてはさほどの差はないですが、この三部隊はそれぞれ、戦略・戦闘・情報という軍を構成する上での根幹となる機能を担っています」
「この三部隊が一枚岩であることが、暗黒大陸側にしてみれば驚異であると?」
「他の部隊なら代替できますが、この三つの部隊のうちいずれかがが死ねば、連邦騎士団はほぼ機能不全に陥ると言っていい。とまぁ、俺はそう読みました――いかがでしょうかゼクスタント団長」
逃がし屋の言葉に対して、壁の魔法騎士は初めてその相好を崩した。
笑っている――とはにわかに分かりづらい邪悪な微笑みがその顔を覆う。
思わず逃がし屋の額を汗が走り、苦笑いが漏れていた。
「……間違いのない読みだ。私も、元々諜報・謀略を担っていた人間だ。分かる」
「でしょうね。お人が悪い」
「助かったカロッヂ。お前のおかげで状況整理はできた。あとは、どうやって
勝算はあるのかと再び壁の魔法騎士の怜悧な視線が逃がし屋を貫く。
少し黙り込んだ彼は、先ほど笑顔を向けられた時の苦笑いを更に深めるようにして、さぁどうでしょうと煮え切らない返事をした。
どうにも頼りない返事だ。
だが、壁の騎士は特にそれに怒るようなことはない。
彼のこういう素振りはそう珍しくないことなのだろう。
というより――。
「確証もないのにまだ何も言えませんよ。団長、貴方、もし俺がうっかりと誰かが怪しいと言えば、即処理にかかるでしょう?」
「……だろうな」
「暗黒大陸との戦闘を前に、味方を疑心暗鬼に追い込むのはよくないです」
「既に私とお前は疑心暗鬼にあると言っていいが」
「詭弁ですな」
「それに、団長の首が一つすげ変わったくらいで問題はない。もとよりこの戦、連邦騎士団の兵力なぞアテにはしていない」
そう言って壁の魔法騎士は利き手である右手の手袋の袖を引く。
無表情だが、その所作には並々ならない自信が満ちている。
リーナス自由騎士団独力でこの戦いを終えてみせる。そんな自負が感じられる仕草だ。驕りでもなければ、自惚れでもない、ただ強い覚悟があるのみ。
その覚悟の凄絶さが――部下の逃がし屋を震えさせた。
やれやれ、と、耐えかねたように逃がし屋が頭を掻いた。
「……ご苦労。引き続き、
「分かってますよ。団長」
「……怖いか、カロッヂ」
「なんの話ですか?」
変わらず無表情であるが、妙な言葉が壁の魔法騎士から飛び出した。
目を丸くして、彼を見つめる逃がし屋から、逃げるように背中を向ける。黒色のスーツが、天井の窓から差し込む光に照らされて揺れていた。
「……私より、ティトの方が団長の方に向いている」
「そうお考えなのですか?」
「冬将軍はそう言っていた。私もそう思う。きっと彼女も……」
「俺は団長が上でやりやすく思ってますがね」
ちょっと怖いとは思いますけど、と、おどけて付け足しながらも、逃がし屋は壁の魔法騎士へと信頼の視線を向けた。
その視線を背中で感じながらリーナス自由騎士団の団長は静かに瞳を綴じる。
「団長は女子供を不必要に巻き込みません」
「……それはティトも同じだろう」
「でしょうか。カツラギ、バトフィルド辺りには、事情を話していると思いますよ」
「……かもしれない」
「俺は生まれついての女ったらしなので、団長みたいに女に甘い上司の方が肌に馴染みますね。汚れ仕事は男の仕事です」
でしょう。
そう問いかけた逃がし屋に、壁の魔法騎士は返事をすることはなかった。
しかしながら彼の背中――同じくリーナス自由騎士団の汚れ仕事を長らく背負って来た男のシルエットには、その答えが書いてあった。
だからこそ、逃がし屋は彼を信頼している。
そして――。
「……ゲトには、歩ませたくない道だがな」
「心配しなくてもゲトくんは団長と違って顔が良いですから。御輿として担いだ方がいいですよ。適材適所という奴です」
「……親バカと思ってくれて構わない」
「なら俺はスケコマシだ。お互い、思っているのならおあいこにしましょう」
「……あぁ」
表情や格好からはうかがい知れない、不器用なまでの人の好さが彼には分かる。
同じ汚れ役という難しい立場を務めていた彼には。
だからこそ。
逃がし屋カロッヂはリーナス騎士団団長ゼクスタントを深く信頼していた。
「……頼むぞカロッヂ」
「任せてください。裏切られるまでには必ず炙り出してみせますよ。
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