第358話 ど戦士さんとあいかわらず

【前回のあらすじ】


 白百合女王国壊滅。

 リーナス自由騎士団【逃がし屋】カロッヂから伝えられたその情報は、女エルフたちを震撼させた。

 暗黒剣により、暗黒大陸の悪霊を従えることが出来る暗黒騎士。つまるところ彼の存在は、暗黒大陸側は地理的な制約を排除して、どこからでも中央大陸を切り崩せるということだった。


 暗黒大陸のある西からではなく、その反対の東側から。

 しかも一度侵略した白百合女王国から攻略にかかった暗黒大陸勢。

 完全に虚を突かれ女エルフが息を呑む。胸の中でむせび泣く彼女の義姉妹スールを抱き留めることしか、女エルフにはできなかった。


 しかし――暗黒大陸はなぜ、白百合女王国を襲ったのか。


「うへへ、お姉さまの匂い。エルフ成分がじんわりしみ込んでくるみたいじゃぁ」


「……エリィ、意外と余裕あるわねあんた」


 という所で、今週もどエルフさん開幕です。

 物語のターニングポイントですので、今週はギャグ薄めかな?


◇ ◇ ◇ ◇


「カロッヂ!! 来てくれたのか!!」


 浅黒い外套を身に纏った逃がし屋。彼が円卓の間に現れると、すかさず男戦士が立ち上がった。その表情には喜びが満ちている。

 そんな男戦士の表情に苦笑いと共に逃がし屋は手をあげた。


「やっ。ティト指導者マスター、お元気そうでなによりです。カツラギも」


「……あんた、自分の師匠に対してその挨拶はなんなのよ」


「堅苦しいことはやめとこうぜ。俺たちの仲じゃないか。それに現役時代、態度に問題があったのはお前の方だろカツラギ」


「……あんたのそういうとこ、本当に腹が立つわ」


「なんにしても元気そうで俺は嬉しいぞ、カロッヂ」


「逃げ癖だけは治りませんでしたがね。ついた仇名コードネームが【逃がし屋】だ。いやはや、リーナス騎士団でも伝説クラスの指導者マスターに指導してもらったっていうのに申し訳ない限りだ」


「元気でいてくれればいい。それに、それも逃げ口上だろう」


 バレたかと後頭部を掻き毟りながらカロッヂが笑う。

 彼はまったく遠慮する素振りもなく、ごく自然に女軍師の隣に座った。


 突然の訪問者に騒然とする連邦騎士団の面々。

 口々に呟いたのは訪問者を誰何する言葉ではない。誰もがその名をはっきりと口にしていた。


 伝説の男――【逃がし屋】カロッヂ、と。


「どのような危機的状況下や制約下でも、依頼された人物を速やかに脱出させる、その身を完全に保護する、伝説の逃走請負人」


「隠密行動から撤退戦まで。ありとあらゆる負け戦を処理する敗戦処理の達人エキスパート


 そんな評を口にしたのは老騎士と凶騎士だ。

 第三騎士団の団長は口元を隠して黙り込んでいた。

 女騎士については、何を思ったのかくっころしている。従士もまた、男戦士に向けるのと同じような尊敬の眼差しを、逃がし屋へと向けていた。


 どうやらこの軽薄な男、見かけと軽い言動に反して相当な実力者のようである。

 実際、暗黒大陸の猛攻の最中、白百合女王国の第一王女を無事に逃がしたところから見てもそれは明らかだろう。


「……騎士としての技量はともかく、随分名が通っているんだな」


「んー、まぁ、それも作戦の内っていうかね。こうして名を知られていることが、時に思いがけない隘路を開いてくれる時があるんですよ」


「なるほど」


「逃走ってのは相手を翻弄するところからはじまりますから。なんといってもハッタリが大切ですよ。って、指導者マスターに言っても、釈迦に説法って奴ですがね」


 男戦士の問いにけらけらと笑っていうカロッヂ。

 周りの評価に対して随分と軽いその反応に、しばし騎士たちが戸惑った。


 しかし彼をよく知る男戦士は、そんな彼の堂々とした姿に満足気に頷いた。


 よくぞここまで育ってくれた。

 そう言わんばかりの満足気な表情だ。


 その一方で――。


「それでも戦は勝ってなんぼよ。カロッヂ、負け戦ばっかりじゃ、リーナス騎士団の名に泥を塗ることになるわ。その辺りちゃんと分かってるんでしょうね?」


「分かってる、分かってるって」


 どうやら女軍師は逃がし屋のことを認めていないらしい。

 一人食って掛かった彼女に、たじたじとする逃がし屋。後頭部を擦り切れんばかりに掻き毟る彼に、女軍師は遠慮なしに顔を近づける。


「絶対に分かっていないでしょう。そうやって空返事をして。アンタの尻拭いで、私と団長、バトフィルドがどれだけ苦労していると思ってんのよ」


「あーあー、聞こえない、聞こえない。指導者マスター、どうして女ってのはこう口うるさいんですかね。嫌になりません?」


「ちょっと、ティト指導者マスターに同意を求めて話を逸らさないの!! だいたいアンタは昔からそうやって、都合が悪くなったらすぐ……」


 会議の場だというのにやんややんやと罵り合う大陸最強クラスの騎士二人。

 どうしていいかという感じに、連邦騎士団の団長たちが顔を見合わせた時――おほんと、男戦士が珍しく咳ばらいをしてその場を収めた。


「カツラギ、カロッヂ。痴話喧嘩は後にしろ。今は会議の最中だ」


「……痴話喧嘩」


「ちょっと指導者マスター。それはあんまりだ。嫁に貰うなら、俺はもっと大人しい女がいい。こんな手のかかるあばずれ女なんて面倒みきれないぜ」


「カーローヂッ!! どういうこと、どういう意味、どういうつもりよ!!」


 やれやれ、火に油を注ぐだけだったかと、男戦士がかぶりをふった。


 果たして再び混乱に湧き立つ円卓の間。

 大陸最強、伝説の騎士団の二大巨頭。

 そんな男女のしょうもないやり取りは、暗黒大陸襲来という緊急事態にも関わらずしばし続いた。


 ただ、そんな切迫した状況にも関わらず、男戦士の表情から少しばかりではあるが緊張の色が失せた。

 本当に、頼もしい助っ人が来てくれたとばかりに――。


「やれやれ、この融通の利かない頑固さは、いったい誰に似たのかね」


「アンタのその人をおちょくった態度は誰譲りよ。毎度毎度、顔を合わすたびに人が気にしてることをずけずけと」


「あーもう、いい加減にしないかお前たち。仲良くしなさい。いい歳なんだから」

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